第155話 お嬢様は決死の覚悟

『前方から新しい魔導機部隊来ます! 数は六!』

「わかったわクラリス! レンドーン公爵家隊は全機迎撃用意!」


 大ドルドゲルス帝国西部の中核都市、マルツ市の攻略を開始してすでに一週間以上が経過していた。


 敵の将“冷徹なる”カスパル・イェーガーの用兵術は正確無比の一言で、攻めていたはずの私たちは次第に分断され、敵の包囲網は日に日に狭まっていく。攻め込もうとしたら誘い込まれていたのだ。そうとしか言いようがない。


『父上――いえアデル将軍。私に突撃をお命じください。我が〈ブライトスワロー〉の神速をもって、この命に代えて突破口を開いて見せます』

『ならん!』


 パトリックの申し入れをアデル侯爵は一蹴する。このやりとりももう何度目かだ。


 敵の防衛戦に穴をあけることができるほどの速度を期待できるのは、パトリックの〈ブライトスワロー〉、ディランの〈ストームロビン〉、そして私の〈ブレイズホーク〉の三機。パトリックは私やディランを危ない目に遭わせないように自分から申し出ている。


『勝算はある。もうしばらく耐えよ!』


 この「もうしばらく」も何度目かわからない。アデル侯爵の事だから決して虚ではないと思うし、パトリックを止めるのも我が子可愛さだけじゃないでしょう。けれどこのままでは本当にすりつぶされるように全滅だ。何か突破の糸口をつかまないといけない。


 もう〈グレートブレイズホーク〉への合体は使った。無尽蔵に魔力が湧いてくる私はともかく、アリシアの消耗は大きいし、魔導機への負担も考えたらそう何度も連続して使用することはできないわ。


「《獄炎火球》! ――くっ!」


 それならと大火力の魔法で敵の魔導機ごと防衛線を吹き飛ばそうとするけれど、巧みな用兵と防御魔法の組み合わせで防がれてしまう。


『お嬢様、新たなドルドゲルスの魔導機を確認! 数は……軍団規模です!』

「軍団規模!?」


 悲鳴を上げるようなクラリスの叫びがこだまする。ここにきて敵に軍団規模の増援!? まずいなんてもんじゃないわ。そんなものまともに相手をしていたらこっちはすぐに全滅よ!


「アリシア、みんな、逃げて!」

『レイナ様!?』

殿しんがりは私が務めるわ。だからそのうちに撤退して!」


 考える前に叫んでいた。このままじゃ疲弊しきった私たちは全滅だ。


『あれだけの数を……一人では無茶ですレイナ!』

「ディラン……、いいえ、私一人で十分ですわ。な、なんて言ったって私には規格外の魔力がありますから」

『声が震えてるじゃねーか!』


 私の虚勢を見破ったルークのツッコミが入る。


 怖い。滅茶苦茶怖い。一回死んだからって死ぬのに慣れるわけなんてない、滅茶苦茶怖いわ。けれどそれ以上に、愛するマギキンの主要キャラたちが一斉デッドエンドなんて耐えられない。それならどうせ元は死する運命だった私がみんなの盾になる!


『レイナ嬢! 待たれよレイナ嬢!』

「心配しないでくださいアデル侯爵、みなさんの撤退の時間は必ず稼ぎますわ。早く撤退の指示を!」

『そうではない、撤退なぞしなくてよい。あれは味方だ!』

「……味方?」


 だって近づいてくるのは〈シュトルム〉、〈ブリッツシュラーク〉、〈パンター〉のドルドゲルスイツメン魔導機三点セットだ。何機か量産型じゃないっぽいやつが混じっているけれど、あれはいつもの変人十六人衆でしょう。きっと今度も変なやつが乗っているはずよ。


 そんな感じで疑っていると、集団の一機からこちら側に通信が入った。


『グッドウィン王国の方々聞こえますか? こちらはドルドゲルス反偽帝同盟軍です。僕の名前はヴィム・シュタインドルフ。これよりみなさんを援護します!』


 ――嘘! 本当に味方なの!?

 現れた魔導機の集団はその言葉を証明するように、次々に敵に攻撃を浴びせていく。


『全軍、増援とともに総攻撃をしかけろ! 一気に片を付けるぞ!』



 ☆☆☆☆☆



「パトリック殿、助太刀いたします!」

「その声……まさかヴィム・シュタインドルフ君か?」

「はい、お久しぶりです!」


 戦闘の最中さなか、突然かけられた声に僕――パトリック・アデルは驚く。声の主のヴィム・シュタインドルフと言えば、帝国鎮護の十六人衆に数えられるドルドゲルス指折りの魔導機乗りのはずだ。実際、彼の情熱的な太刀筋には、本土防衛戦の際随分と苦戦させられた。


「機会があったらまた会おうとは言ったが、まさか肩を並べて戦うことになるとは。ドルドゲルスにもいろいろあるのかな?」

「ええ、まあそんなところです。少なくとも偽帝ハインリッヒを討つのには協力させていただきます」


 ヴィムは忠義に厚い人物と感じる。その彼が裏切るとは。前皇帝もそこまで人望に厚い人物ではなかったようだが、クーデターにより簒奪した現皇帝はそれに輪をかけて不人気らしい。


「アデル侯爵のご助力で旧セルダルプやアノジーラの勢力とも渡りをつけています。東方からはバルシアの侵攻も。おかげで偽帝の配下は西に東に大忙しですよ」

「なるほど。重要拠点のわりに十六人衆が一人しか配されていないのは妙だと思ったが、そういうことか」

「まあ元々僕たちは性格を度外視した実力者の集まり。連携が難しくて単独行動が多いのもありますが。おっと、噂をすれば……!」


 現れたのは一体の大柄の魔導機だ。〈アイスベーア白熊〉とうらしいその機体を駆るのは、十六人衆が一人“冷徹なる”カスパル・イェーガーと聞く。氷魔法の使い手の彼が現れるにつれ、発する冷気からか周囲にもやが立ち込め始めた。


「……裏切ったのか」


 響く声は低く、地の底から唸り声をあげるような声だ。巧妙に殺意を隠しながら、ヴィムの真意を推し量ろうとしている。冷静さと獰猛さを兼ね備えた野生の獣のような感じを抱く。


「裏切ったのはハインリッヒ・フォーダーフェルトの方ですよ。奴が何を企んでいるかある程度は知っているでしょう?」

「……関係ない」

「できればカスパル殿には降伏していただきたいのですが」

「……断る」


 拒否の言葉と魔法が飛んでくるのはほぼ同時だった。

 二人して機体を横っとびさせて回避する。続いて前だけではなくあらゆる角度から氷魔法の《氷柱針つららばり》が撃ち込まれる。一寸先まで立っていた場所は、文字通り針山となった。


 あらゆる方向から攻撃が飛んできて、たまらずこちらが接近すると霧のように消える。〈アイスベーア〉という機体は、その巨躯に似合わずテクニカルな相手だ。以前ジアント王国で相対した時も苦しめられた。


「どうしますパトリック殿、僕もカスパル殿のカラクリは知りませんよ」

「大丈夫だよヴィム君。こちらには“氷の貴公子”と言われる氷魔法のプロがいるからね。バッチリ対策も聞いてあるさ。ここら一帯の気温をあげることはできるかい?」

「やってみます。炎よ地を走れ! 《双炎蛇そうえんじゃ》!」


 ヴィムの魔法により発生した二匹の炎の蛇が地を這いまわる。暖められた大地が熱を発し、気温が上がって靄が晴れる。――狙い通りだ!


「さあ、タネ明かしだよ!」

「これは……何体もの〈アイスベーア〉。いや、アイスゴーレムか!?」

「その通り!」


 周囲を囲んでいたのは魔法で製作されたのだろう何体ものアイスゴーレム。その形は敵機〈アイスベーア〉そのものだ。精巧に造られたこれらが魔法を放ち、敵に接近されると溶かすことで次の身代わりを用意。それがこの敵、カスパルの戦法だ。


「そして真の本体は……そこだ《光子剣》!」

「……見破られたか」


 僕は見つけた本体を切りつける。偽物じゃないので当然消えることがなく、受け止めてくる。


「タネがわかれば後は緩慢な動きの魔導機一機! 《光子大剣》!」

「……《氷壁》」


 カスパルは巨大な《氷壁》を造り出してこちらの剣撃を受け止める。さすがは重装型の〈アイスベーア〉と言うべきか。そうする間にも周囲のアイスゴーレムは包囲を狭めにじり寄ってくる。


「ヴィム君!」

「心得ています! 必殺《大炎熱斬》!」


 ヴィムの情熱が具現化したかのような炎の太刀が周囲を切り裂いた。アイスゴーレムは熱によって機能不全に陥り、溶けて消え去る。


 ヴィム君の憂国の情熱はカスパルの冷徹さを打ち破った。ならば僕も。心の内に秘めた想いはこんなものではない――!


「《光子大剣》最大出力! 海断ち斬りぃぃぃッ!!!」

「……見事」


 強固な《氷壁》を打ち砕き、最後に聞いたのはこちらを称える一流の武人の声だった。戦略でも戦術でもさんざん僕たちを苦しめた“冷徹なる”カスパル・イェーガーと愛機〈アイスベーア〉は、その巨躯を四つに分断されて崩れ落ちた。


 この日、ドルドゲルス西の要衝マルツ市は陥落した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る