第154話 魔法の手鏡

「レイナ・レンドーン一番乗りぃ!」


 前略、お父様お母様。私は今日も今日とて国盗りに励んでいます。


 ドルドゲルス帝国本土に乗り込んでからというもの、今日は要塞攻略、明日は都市攻略と連戦につぐ連戦で、最近では消耗を抑えるためにいろいろな武器を使用しています。


「オーホッホッホ! この城塞はレンドーン公爵家が占拠いたしましたわ。さあ、旗を掲げなさい!」


 今振り回している鎖付き鉄球もその一つです。私が元気に鉄球を振りまわしている姿なんて、お父様達の知るおしとやかな私からは想像もつかないでしょう? これが環境への適応と言うことでしょうか。


『お嬢様、敵巨大魔導機が来ます! 〈リーゼ〉です!』

「わかったわ。アリシア、合体して一気に蹴散らしますわよ!」

「了解ですレイナ様!」


 アリシアとのコンビネーションもますます良くなってきました。最近では連携をより高める為と言っては、アリシアは四六時中私にベッタリです。私的には彼女の恋愛事情が気になる所ですが、友情を大切にしてくれる良い子なのはありがたいことです。


「「《超ヒロイン斬り》!」」


 ディラン殿下たちともより仲良くなれた気がします。一緒に戦場を駆け巡り、泥にまみれ、私の思い描いていたロマンスの欠片もないことが難点ですが。よくいろいろな事に誘われますが、彼らとの友情を大事にして勘違い女にならない様に気をつけています。


 お父様やお母様は旦那様候補には困らないとか仰っていましたが、彼らの狙いはアリシアです。そこはお心得違いの無いようお願いします。


「さあ、次のお相手はどなたかしら?」


 それではお父様お母様、お身体にお気をつけのこと。

 遠い異国からあなた達を愛する娘のレイナより。草々。



 ☆☆☆☆☆



「あー、さっぱりしたわ」


 今回私たちが接収した建物には、中々立派なお風呂が備え付けられていた。そしてお風呂上り。日々の疲れが吹き飛ぶわ~、前世日本人の記憶がある私にはお風呂って大事な心の洗濯の場なのよ。


「気持ち良かったですね、レイナ様」

「ええ本当に。フルーツ牛乳が飲みたくなるわね」

「ふるーつぎゅうにゅう……?」

「オホホ、なんでもないわよアリシア」


 何故もう既にお風呂から上がった後かと言うと、私の裸はそう安くはないのよ。もちろんアリシアも。マギキンはR18じゃないですからね。肌色面積は原作から少なめですわ。


「レイナにアリシア、風呂上がりか?」

「あらライナス。あなた達は今から? みんな揃ってなんて仲良しね~」


 ちょうど向かい側からライナスたち四人が歩いて来た。そう言えば私たちが上がったら男女切り替えだったから、たぶん今からお風呂に行くのでしょうね。


「一緒なのはたまたまだ。それにオレはどちらかというと一人の方が良い」

「ウヒヒ、照れなくてもいいのに」

「そうだよライナス。さあ、親睦しんぼくを深めようか!」

「おいやめろパトリック! 引っつくな気持ち悪い!」

「はははっ、良いじゃないか。それじゃあ二人とも、また後で」

「ええ、ごゆっくり」



 ☆☆☆☆☆



「あら? あの荷物の山は何かしら?」


 アリシアともいったん分かれて、割り当てられた妙に立派なベッドのある自室に戻ろうとすると、ちょうど窓から見える庭先にさながらフリーマーケットの様に色々な物が並べられていた。


「何をしているんですの?」

「え? こ、これはレンドーン様! 接収した魔道具を整理しているところです!」

「魔道具……例えばこれもそうなの? ただの手鏡に見えるけれど」

「はい! 目録によれば、それは魔力を込めると望んだものを映す手鏡だとか。でも自分が魔力を込めてみても何も映さなくて……。よくあるんですよね、ただのガラクタが紛れていることが……」


 なるほどね。察するにこれは元々この地を統治していた貴族の魔道具コレクションの一つ。それを何かの役立てないかとこの男の人は検品していると。知識の無い貴族がインチキ魔道具を売りつけられるのは定番ですしね。


「気に入られたのなら持って行っても大丈夫ですよ」

「いいんですの?」

「どうぞどうぞ、どうせただの手鏡でしょうから」

「なら貰っておきますわ。アンティークとして見たら中々品が良いですし」

「ええ、ここの貴族は好色こうしょくだけど調度品のセンスが良いことで有名だったそうですから」


 ……好色。その情報はいらなかったわ。



 ☆☆☆☆☆



 部屋に帰った私は妙に立派なベッドにゴロンと横になって、さっき貰った手鏡を眺めていた。


「しかし望んだものを映す手鏡ね~」


 たしか魔力を込めると発動するんだっけ? 整理している人はガラクタだと言っていたけれど、試しに魔力を込めてみようかしら。えいっと。


「……? これは……人?」


 魔力を流し込んでみたら、手鏡に人の様な影が映った。


「ちゃんと使えるじゃない。望んだものって言っていたし、尋ね人とかかしら? 心当たりがないわねえ……ん? これってよく見ると?」


 よくよく見てみると映る人影はライナスだ。けれどただのライナスじゃない。インドアだったけれど魔導機に乗るように乗って鍛え始めた細身の身体、繊細な指先はまるでシルクの様になめらか、こうして見るとライナスってお肌が綺麗ですわよね~。


 ――そう、がそこに映っていた。


「ウヒヒ、これはまた……じゃなーい! 何なのよこれは!?」


 ライナスは今お風呂にいるはず。これはそれを映している? つまり盗撮じゃないの!? 待って、これは望んだものを映す手鏡だって言っていたわよね? あわあわあわ、ということは私が望んでいるのは……ライナスの裸!?


 い、いえそれはないわ。私はそんなはしたない女じゃないはずよ!? これは……そう、好色貴族が持っていたのぞき道具ね! だからお風呂が映るのよ。ええきっとそうですわ!


「き、危険な魔道具じゃないかチェックが必要だわ。そう、やましい思いではなくこれはチェック。チェックでございますですことよ!? もう少しだけ見てみましょう。ん? 別の人に変わった……パトリック!?」


 次に映し出されたのはパトリックだ。鍛え上げられた肉体はまるで芸術品の様。その褐色のかいないだかれて、甘くささやかれたい乙女は数知れず。いつもはヘラヘラとお気楽な感じだけれど、お風呂に入って物憂ものうげにしている姿もこれはこれで中々。この裸体を見れた乙女は幸運だ。だってそれは彼と愛を分かち合えたということだから。


「ウヒヒ……ってちがーう! ダメよレイナ。これじゃあ少年漫画の悪しき伝統、女湯のぞきと一緒じゃない!? のぞきは犯罪です! ……今度はルーク!?」


 この世界でのルークは私にとって悪友といった感じで、普段美少年を感じることは少ない。けれどいま鏡に映るルークは違う。魔法主体の彼だけど、身体は良く鍛えられ引き締まっている。水に濡れた黒髪がルークの怜悧な美貌を引き立て、青い瞳に吸い込まれそうなくらいだ。前世のマギキンファンが夢見た、”氷の貴公子”の裸体がそこにあった。


「ウヒヒ、こんなしっとりとしたルークを見ていたら私は、私は……はっ!? トリップしていましたわ……。えーっと、順番で行くと最後は……」


 私は四度よたび手鏡を見る。恥じらいなんてとうに捨てた。小さな鏡を食い入るように覗き込む。国王陛下譲りの陽光に照らされて輝くブロンドの髪。王妃様譲りの憂いを含んだ碧眼。まさに絵本から飛び出したような白馬の王子様。ディラン・グッドウィン殿下がそこにおられた。


 バランスよく来た抜かれた肉体美は、パトリックとはまた違った魅力がある。何度も私の手をとってくれた手は、普段剣や手綱たづなを握る分でこぼこしているけれど、それがまた男らしさを感じてキュンとしてしまう。普段は爽やかにしているので華奢に見えるが、ひとたび脱いでしまえばその下に隠されているのは抱きしめてほしい胸板だ。


「ウヒヒ、これはボーナス! そう、戦いに疲れた私に心の洗濯をしろというボーナスアイテムなのよ……!」

「失礼しますレイナ様。いらっしゃいますか?」


 私がこの世の春を謳歌おうかしていた瞬間、トントンと扉をノックする音が聞こえた。


「ア……、アリシア!? どうしたの!?」

「仕事が終わったので来ちゃいました。……何かされていたんですか?」

「オホホ、何もしていないわよ。暇だったわ」

「……それならいいですけれど」


 もらった手鏡は、整理係が言ったようにただのアンティークの手鏡だった。うん。何か聞かれたらそう答えて、この魔道具は私が大事に使いましょうか。それでよし! ――私はとっさに枕の下へと魔道具を隠して、そんないいわけを思い浮かべた。

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