第153話 私が彼らに恋した理由
私たちが〈カーオスシメーレ〉を撃破してすぐに、残りの敵機は撤退したらしい。ディランが言うには敵が撤退するまでこちらが押されていたというから、〈カーオスシメーレ〉が撃破されたことで戦場のバランスが崩れるのを悟ったのかしら? いずれにせよ機を見るに敏と言うやつね。油断ならない相手だわ。
「それじゃあ、開けますわ」
戦闘終結した今、私たちが行おうとしているのは開封作業だ。……別にタイムカプセルを開けようってわけじゃないわ。多分ルシアが乗っているだろう操縦席よ。
というか本当に生きているのよね? だって私勢いに任せてぶった切っちゃったし。直感的に魔法さんがなんとかしてくれるから大丈夫とか思ったけれど確証はないし。
本当に大丈夫? 開けたらミンチより酷くてマギキンスプラッタ編とか始まんないわよね!?
「最小出力で、《炎の刃》」
威力を絞った《炎の刃》を手にもつ剣に展開させる。そう、作業にあたっているのは私だ。だって生身だと私が攻撃力も防御力も最強だからね。
ある時はロボット乗り、ある時は土木作業をさせられ、ある時は危険物処理班。かくしてその実態は……私って王国でも有数のお嬢様のはずですわよね? おかしい……。良い感じに便利屋として酷使されている気がしますわ。これも前世から培った社畜精神がなす
「開きました」
慎重にハッチを取り外す。中にいるだろうルシアが、グロテスクな化け物となって襲ってくるのは勘弁。
「……眠っている?」
果たして中にいたのは、眠っているよう横たわるルシアだった。私はさっと呼吸を確認。うん、生きているわね。
「酷いな……、身体の中の魔力の流れがズタボロだ」
脈をとるようにルシアの手を持っていたルークが言う。まあ見た目が無事でも中身はそうはいかないわよね。〈シャッテンパンター〉の頃から無理に魔力を引き出していたみたいだし、さっき戦った時なんて尋常じゃない能力をしていた。
「ルシア嬢には尋ねなければならないことがいくつかあります。まずは本国に送り、治療に専念していただくことになると思います。謀反人とは言え、一度は机を並べ共に学んだ旧知の間柄。せめてこれ以上はいたずらに苦しまないでほしいものです……」
「ディラン……」
ルシアはディランに恋をしていた。ルシアがマギキンで言うところのレイナのポジションなら、その恋は決して実るものではなかっただろう。むしろレイナと同じような行動をとっていたと仮定するなら、ディランからは疎まれるべき対象だったはずだ。
けれど例えそんな相手にでも情をかける。
ディラン・グッドウィンとはそういう男だ。
実際マギキンのバッドエンドだと、逆上したルシアの剣だけを弾こうとしたディランは、誤ってレイナまで切りつけてしまい命を奪ってしまう。そのことを気に病んだディランは身分を捨てて
「……ディラン、あなたが悩むことではありませんわ」
「ありがとうレイナ。今の僕にはやらなければいけないことが山のようにあります。思い悩む暇なんてありませんよ」
私が前世でマギキンをプレイした時、ディランルートを最初にプレイした。オーソドックスな王子様キャラで、とりあえず基本ルートっぽいからいっとくかみたいな適当な理由だ。
けれど私は、そんなオーソドックスな王子様キャラであるディランが人間臭く思い悩む姿を通して、マギキンの世界がどんどん好きになっていった。彼や彼らと恋をしながら駆け巡る世界を大切にしたいと思った。
転生してから慌ただしくてじっくり考えることなんてなかったけれど、なんとなく思い出した。私が彼らに恋した理由、私がこの世界観に恋した理由。
「ルシアの為にも……とは言いません。彼女は許されざる事をしましたから。けれどディラン、多くの不幸がこの世界を包まないようにがんばりましょう」
それまで思いつめるような顔をしていたディランは、私の言葉に同意を示すようにようやくにっこりと頷いた。
☆☆☆☆☆
「僕は反対です! 方針の再考を求めます!」
激しく抗議しているのはパトリックだ。そしてそのパトリックの抗議を静かに聞いているのは、パトリックの父であり軍団長でもあるアデル侯爵。
――話しは少し前に遡るわ。
戦いが終わり、ルシアの救出も終えた私たちは、今後の方針を決めるべく会議を開いた。ブルーノ・トゥオマイネンら五人の襲撃を受けて結構な被害を被った中、このままドルドゲルス本国に突入するか否かといった話よ。
果たして、集まった一同を前にアデル侯爵は進軍を宣言した。
これに対して息子であるパトリックを始めとした多くの者から疑義が申し立てられた。曰く、戦力に不安がある。曰く、本国からの増援を待つべきであると。
当然の反論だと思う。実際私の率いるレンドーン公爵家部隊も、合体するまでの時間を稼いでもらうために奮闘してもらったから現在の魔導機稼働率は修繕と整備を考えても五割ちょっと。つまり約半数だ。なら他の味方と合流しようと思っても、そう易々といかない。
グッドウィン王国が大陸に派遣しているのは全部で六軍団。第一軍はトランサナ海峡の露と消えた。第二軍は〈リーゼ〉との戦闘で半壊して第三軍に吸収。その第三軍は今再び半壊。第四軍はブルーノらによって壊滅。第五軍は無事のまま旧ディエドルス王国の解放を。そして第六軍はアスレスで掃討作戦を行っている。
つまり現在派遣されている軍団を全てかき集めても、戦力を維持している第五、第六軍と、半壊した私たち第三軍、そして第四軍の敗残兵だけだ。
なおかつ侵攻を急ぐとしたら、戦力を維持している第六軍との合流すら間に合わない。つまりほぼ一軍団プラス増強程度で敵の本国へと殴り込みをすることになるわ。
「父上、いえ軍団長閣下! 本国からの増援を待つべきです!」
「アデル卿、
魔導機部隊を管理するシリウス先生もパトリックに賛同する。敵は思っていた以上に強大だ。十分とは言えない戦力で挑むには無謀よね。
それまで静かに反論を聞いていたアデル侯爵は、その熊の様な巨躯でドカッと椅子に座りなおして口を開いた。
「本国からの援軍は待つことができん! 我らは第五軍と合流し、即座にドルドゲルス本国へ進軍する!」
「何故ですか父上!?」
「我らには時間がないからだ……、のうレイナ嬢?」
「え!? え、うぇ!?」
突然話を振られてビックリして挙動不審になる。えーっと、時間がない? ――ああ、ハインリッヒの事!
「そう聞いていますわ」
動揺を隠し、努めて優雅に短くそう答えた。
あら、これはポイント高いと思うわ。レイナポイント百点!
「ドルドゲルス皇帝――簒奪者ハインリッヒがレイナ嬢に語ったところによると、“神をも殺す”という恐ろしい魔法を放つ準備がもう間近だという。これをワシは真実だと思う。レイナ嬢はどうか?」
「私もそう思いますわ。あの自己顕示欲の強い男がそこで嘘を申すとは思いませんの」
「ふむ、ならば進むしかあるまい。遅々とした進軍で間に合いませんでした、では済まぬ問題なのだ。よいか?」
この場合の「よいか?」は「いいですか?」ではない。問われた一同はまだどこかに不満がありそうだ。まあ無理な進軍の根拠が、私が皇帝から直接聞いたとかいう眉唾物の話だし当然よね。
「同意しかねるところはあります。ですが進軍を決めた以上、我ら一同粉骨砕身で任に当たります」
騎兵隊を預かる古株の武闘派貴族が一歩前に出て宣言する。パトリックを含めた一同はその発言に同意して
「わっはっは、一同よろしく頼むぞ! それにワシは死にに行けとは言わん。心配するな、ちゃんと
アデル侯爵は一同の答えに満足したのか、熊のように豪快に笑うとそんな事を言った。四方敵だらけの敵国で増援ということ?
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