第152話 お嬢様の高貴さは黄金に輝く

 その光景を見たある者は、神の御許みもとより遣わされた救世主が現れたと言った。またある者は、神そのものが降臨したとさえ言った。


とかく、その膨大な魔力の奔流は凡人たる我々では感知しえぬ程に強大で、思わず神の御名みなを用いて例えたとしても無理はないことだったと伝わる。


 そのあまりにも強大過ぎる力は、一撃で空を裂き、海を割り、山を消滅させるほどの威力があったとも、時間を自由に操る能力を持っていたとも伝わるが、現実的に考えて眉唾まゆつばの類であろう。いつの時代も話には尾ひれがつくものだ。


 今の世を生きる我々には少なくともこれだけは言える。庇護者たる勇者か畏怖すべき強者かの違いはあれど、〈グレートブレイズホーク〉の名はレイナ・レンドーンの輝かしき伝説の一端として敬意をもって語り継がれているということだ。


 深紅に輝くボディ、そしてひるがえした漆黒の翼こそがその偉大なる勇者の姿だった。



 エリオット・エプラー著、「紅蓮の公爵令嬢レイナ・レンドーンの伝記」より引用――。



 ☆☆☆☆☆



「合体完了〈グレートブレイズホーク〉!」


 や、ややややややってしまった―――――――――――――――!!!!!

 一時のテンションで機体名を叫ぶなんてロボット物チックな事を!!!!!

 何か……、何か乙女の大切なモノを失った気分だ……。


「レイナ様……?」


 後ろに座ったアリシアから声がかかる。操縦席も合体してタンデムシートみたいになっている。前が私で後ろがアリシアだ。


 そうだ、今は一時のテンションに身を任せてもやらなければいけないことがある。あわあわ慌てている暇なんて私にはない。


「大丈夫よ、アリシア。合体しました! 公爵家部隊の皆さん大丈夫ですか!?」

『な……、なんとか無事です』


 ざっと見渡すと、マッチョな隊長さんを始めとしたレンドーン公爵家部隊の皆さんは、全員満身創痍ながらも撃墜はされてないみたいだ。良かった……。


「皆さんは負傷者を連れて撤退を。後は私たちに任せて」

『了解しました。ご武運を、お嬢様方』


 よし、これで一安心。一方〈カーオスシメーレ〉はと言うと、こちらの出方を窺うように不気味な沈黙を保っている。


「アリシア、やるわよ」

「はい、レイナ様! 補助操作はお任せください」


 私は左右のグリップをしっかりと握りなおす。すごい、魔導コアの脈打つ鼓動を感じるわ。まるで魔力があふれ出すみたい。それは炎の様に熱く、そして優しい。みんなの力が合わさって私に力を注ぎ込む。


『レイ、ナ……レン……、ドーン!』

「――来る!」


 それまでこちらを窺っていた〈カーオスシメーレ〉が、唸り声をあげながら突進してくる。デタラメに生えた手足をまるで鞭のようにしならせて、さながら竜巻のような勢いだ。


「まずは手足を落とすわよ! 《火球》!」


 私は六機の〈バーズユニット〉と共に《火球》を放つ。合体前はまるで効かなかったけれど、今度は効くという確信が私にはあった。


「すごいですレイナ様! 効いています!」


 アリシアが喜ぶように、私の確信どおり魔法は効き目ばつぐんだった。七筋の《火球》は見事に敵の手足のいくつかを粉砕し、突進を止めた。


「なんて威力……、すごいわ」


 思わず口に出る。実際放った《火球》は見た目的には今までと一緒だったけれど、撃った私にはわかる。合体前のざっと五倍……、いいえそれ以上の魔力の密度よ。元々おとぼけ女神からもらった魔力はデタラメな威力の魔法を実現していたけれど、この機体でフルパワーの魔法を撃つときっとここら一帯吹き飛んでしまうわ。


「レイナ様、敵が来ます!」

「ええ! 迎え撃つわよ!」


 〈カーオスシメーレ〉はあの手足の奥に隠し持っていたのか、一本の大斧を手に向かってくる。ルシアが〈シャッテンパンター〉に乗っていた時に愛用していたあのハルバードだ。


 私は腰から〈フレイムピアース〉を抜き放ち、迫りくる一撃受け止める。〈フレイムピアース〉自体も〈ミラージュレイヴン〉のパーツが装着され、強化されているみたいだ。


『レイナ……、レンドーン……! キサマノセイデ、オトウサマハシンダ!』

「はあ!? あんたのお父様が死ぬことになったのは反乱したからでしょう? 自業自得、因果応報、急がば回れ……は違うか。とにかく身から出たさびで私には関係ありませんわ!」

『キサマサエイナケレバ……!』

「いい加減あんたは、あの悪趣味な変質者のハインリッヒに乗せられているって自覚なさいな! それができなきゃいつまでも安っぽい女よ!」


 理性なく振るわれる大斧を払いのける。今のルシアは怨念だけで動くただの獣だ。


「今のあんたに高貴さはまったく、これっぽちの欠片も感じない! 誇りも、栄誉も、優雅さも! 今のあんたは悪役令嬢でも何でもない。ただのみじめな負け犬よ!」

『ウ、ウガアアアア―――――――!!!』

「怒った? 怒っちゃったかしら? オーホッホッホ、語るに落ちたわねルシア! 怒るということは内心あんたも自分をそう思っているってことよ。安い男に騙された安い女だってね!」


 ルシアはもはや怒り狂って、乱雑に辺りを破壊散らかす。私はその隙をついて少し距離をとった。


「レイナ様、何故あのような挑発を?」

「いいこと、みなさいアリシア。ルシアは怒り狂っているわ」

「それは……、あのように仰れば怒ると思いますが……」

「いいえ。もしルシアが完全に憎悪だけのマシーンになっているなら、ここまで怒りはしなかったでしょう。そうなっていたら貴族の誇りなんて欠片もないはずでしょうしね」

「では怒ったということは?」

ってことよ。憎悪に憑りつかれたマシーンではなく、ルシア・ルーノウとしてあの場にいるわ」

「……お助けになるのですか?」

「助けるのとは違うわ、手を下さないだけよ。要は博愛の精神じゃなくて自己満足。後は野垂のたれ死のうが処刑されようが知ったことじゃないわ」

「レイナ様がそこまでされる理由は一体……?」


 私はアリシアの質問に一瞬瞳を瞑る。

 永遠に思える時間が流れる。けれど今は戦闘中、実際の所三秒かそこらでしょうね。


 私がそうする理由。考えるまでもなかったかもしれない。それは悪役令嬢の役割を背負ってこの世界に転生した私の存在意義。進み続けるためにしなければいけない事。


「――運命に抗うのよ!」

「……運命」

「オーホッホッホ! アリシア、出来立て熱々のお料理を振舞うわよ!」

「《闇の加護》よ! レイナ様、下ごしらえは万端です!」


 アリシアが魔法を放ち、闇の空間に〈カーオスシメーレ〉は捕らえられ、ゆったりとスローモーションのようになる。


「フルパワーで行くわ。炎をまとえ、〈フレイムピアース〉! 超級魔法《火竜豪炎かりゅうごうえん》!」


 《火竜豪炎》は上級を超える超級魔法。魔力により発生した炎の竜が〈フレイムピアース〉に纏い、長大な炎の剣を形成する。それと同時に〈グレートブレイズホーク〉がフル稼働。全身に流れる魔力が機体を包み込み、〈グレートブレイズホーク〉は黄金に輝く。


「味わいなさい私の高貴さ優雅さ麗しさ! そしてアリシアの可憐さものせた《スーパーヒロインり》! さあ、召し上がりなさい!」


 〈グレートブレイズホーク〉はビルよりも長大な炎の大剣を構えて跳躍し、大上段から振り下ろす。振り下ろされた剣は〈カーオスシメーレ〉を両断する。


 これでいい。この世界で魔法を使うのに杖は必要ない。長い詠唱も必要ない。必要なのはイメージだけよ。私は今、ルシアの憎悪だけを切り裂くイメージをしている。魔法はそれに答えてくれるはずだ。それが必然の奇跡を起こす。


「オーホッホッホ! お嬢様は勝つ!」

「はい、レイナ様!」


 ――大爆発。


 だが周囲には広がらない。天をもがす閃光の柱が立ち上る。光が治まった時、ルシアを乗せているだろうコックピットブロックだけがそこにあった。

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