第151話

「――様!」


 誰かが私の名前を必死に呼んでいる。この声は……クラリスだ。早く起きないとまた怒られるわ。今日は朝からダンスのお稽古だったかしら?


「レイナ様!」

「あ、おはようクラリス」

「ご無事ですかレイナ様!? 意識は?」


 私が寝ているのは柔らかいベッドの上じゃない、硬い地面の上だ。頭だけがクラリスの膝に乗っていて柔らかさを感じる。いわゆる膝枕ひざまくらね。


 側にあるのは無様にも地に伏した〈ブレイズホーク〉。それにしても全身が痛い。頭がガンガンする。機体もボロボロ、そして私もボロボロだ。


「クラリス……、そうよ私は戦っていて……気を失ってしまったの?」

「そうです。頭を強く打たれて、出血も酷く。操縦席から引っ張り出せたのは幸運でした」

「戦況はどうなっているの?」

「お味方は苦戦しています。敵の魔導機、そのどれもが手ごわい相手のようです」

「〈カーオスシメーレ〉……私が戦っていた魔導機は?」


 あの機体は強力だわ。私がこうして戦線を離脱している今、自惚れでもなく味方が全滅していてもおかしくない。


「現在レンドーン家の部隊とアリシア様が必死に抑えています。けれど長くはもちません。今のうちに撤退しましょう」

「そういうわけにはいかないわ」

「お嬢様は立派に戦われました。それにお怪我もされています。退いたところで臆病者のそしりは受けないでしょう」

「そうじゃないの。あの魔導機にはルシアが乗っているのよ」

「ルシア……というと前ルーノウ家公爵令嬢のですか? 連れ去られたとか言う」

「そう、そのルシアよ。あの子を止めるのは私の中でのけじめだわ」


 別にヒロイックな博愛の精神を抱いたわけではない。あの子はあるかもしれなかった私の姿。もし運命なんてものが存在するのなら、私はルシアを止めて運命を変えることができる事を証明しないといけない。


 クラリスはジッと私の瞳を見つめて、それから決心したように口を開いた。


「お一人で魔導機に乗れますか?」

「いいえ、全身が痛いしきっと無理だわ。手伝って」

「しょうがありませんね。まったくお嬢様は私がいないとダメなんですから」

「そうね、本当にその通り。一人の人間なんて無力なもの。ルシアもハインリッヒもそれがわかっていないのよ。きっとそれが本当のというものだわ」



 ☆☆☆☆☆



 〈カーオスシメーレ〉は、そのデタラメに生えたような手足をウネウネと動かして辺りを破壊しつくしている。おそらく一本一本が限界まで強化魔法によって強化されたそれは、暴風のように強烈だ。


「《火球》! アリシア、みんな、無事!?」

「レイナ様!? ええ、私は。レイナ様こそお怪我は?」

「この通りピンピンしているわよ。さあ、ワガママなルシアを止めましょう!」

「ルシア……、この相手はルシア・ルーノウだと言うのですか?」

「直感だけどね。ねえ、あんたルシアでしょ?」

『レイ、ナ……レン、ドーン……、キサマサヘイナケレバ……!』


 通信機越しに呪いを込めたような声が響く。前世で聞いた電子音のようなそれは、かすれかすれだけど確かに私の名前を呼んだ。


 あーあ、嫌な直感ばかり当たるわよね~。テンプレ染みた狂戦士になっちゃって……。これも運命ってやつかしら? どうせならもっとロマンチックな運命が良かったんだけどね。


「レンドーン公爵家隊全機、火力を集中させます。アリシアは援護を」

「わかりました。《闇の怨念》よ!」

「今よ、全機一斉射! 《火球》十二連射!」


 アリシアの《闇の怨念》により脆くなったであろう敵に、魔法の一斉射を叩き込む。私も〈バーズユニット〉を利用した十二本の熱線を叩き込む。


「まるで効いていない!?」


 通常の魔導機なら跡形も残らないほどの魔法攻撃を受けた〈カーオスシメーレ〉は、まるで何事もなかったように無傷だ。不規則に生えた手足の一本すら落ちていない。


「そんな!? 私の《闇の怨念》は確かに効いているはず……!」

「それほど強化されているってことよ。こうなったら接近戦で片を付けるわ!」


 私は腰から〈フレイムピアース〉を抜き放って構え、〈カーオスシメーレ〉目掛けて突っ込む。迫りくる手足を回避して、敵の本体を袈裟懸けに切りつける――、


「――ッ! 刃が通らない!?」

『レン……ドーン……! コロ……ス!』

「――クッ!」


 まさしく恨みのこもった一撃から、なんとか致命傷を避けて急速離脱。大丈夫、エイミー謹製の〈ブレイズホーク〉はまだ戦えるわ。


「クラリス! ディラン殿下たちは!?」

『皆様交戦中です。押されており、援軍は期待できないかと』


 援軍は期待できないか。乙女ゲームのヒーローキャラを劣勢に追い込むなんて、ハインリッヒの奴はとんでもない連中を雇っているわね……。


「他に打てる手は……」


 アリシアのデバフは試した。魔導機隊の一斉射も無傷。接近して本体を攻撃しても効かなかった。時間稼ぎをして増援を待つことも考えたけれど、私たち以外も苦戦していて増援の見込みは薄い。


 限りなく手詰まりに近い気がするわね。後はせいぜい限界を超えて活動しているだろうルシアの自滅を待つ……、というのは私の方針に反する。


「アリシア、何か試せそうなことはある?」

「ひとつだけ……」

「あるのね!? 言ってみてちょうだい」

「はい、実はエイミーから切り札を預かっています」


 エイミーから!? さすが王国一の魔導機専門家! ここでマンガみたいにご都合主義の必殺武器でも出てきたら最高なんだけど。


「切り札……!? それは何? 自爆とかじゃないわよね?」

「自爆じゃありません。合体がったいです」

「合体!? 何と何が……?」

「私の〈ミラージュレイヴン〉とレイナ様の〈ブレイズホーク〉がです。〈ミラージュレイヴン〉は〈ブレイズホーク〉の強化パーツを兼ねているそうです」


 合体。そして二機の名前を挙げられれば、ロボットアニメに疎い私でも嫌でも思い至る。どういうわけか知らないけれど、この二機が合体して強化されるということだ。……エイミーったらとんでもない物を準備してくれたわね。


「合体すると大幅に出力が増すそうです。けれど私たちは合体の練習をまったくしていません。ぶっつけ本番でできるかどうか……」

「他に方法がないわ。やってみましょう、アリシアなら大丈夫よ!」


 可能性が低くてもこれにかけるしかない。そしてアリシアの主人公補正ならきっと上手くいくはず……!


「もう一つ問題が。合体中の私たちは完全に無防備になります」

「六十三秒間……」


 一番簡単なのは、六十三秒間レンドーン公爵家の部隊に頑張ってもらうことだ。けれど敵は強大。正直、私たち抜きだとその六十三秒間も難しいと思う……。


「どうすれば……」


 六十三秒間の時間を稼げと命令するのは死ねと言うようなもの。レンドーン家はホワイト企業のつもりだったのに、ブラック企業どころの話しじゃないわ。思い悩む私に、マッチョな隊長さんから通信が入った。


『お嬢様、聞かせてもらいました。その六十三秒間、我らの命に代えましても稼がせてもらいます』

「正気!? あなた達は雇われているだけなの! 命まで賭けなくていいのよ!」

『雇われているだけではありません。私たちもクラリス殿と同様、個人的に忠誠心を抱いているのです。レイナお嬢様、貴女に』

「だったらなおさら言えないわ」

『いいえ、公爵令嬢としてお命じください。私たちに時間を稼げと。それが貴女の高貴たる者の義務です』

「……わかりました。けれど命は賭けないで、危なくなったら退避してちょうだい。レンドーン家公爵部隊全機、なんとしても六十三秒間を稼ぐのよ! 作戦は命を大事に!」

『了解! 聞いたかみんな!? お優しい我らのお嬢様の為に時間を稼ぐぞ!』


 そう言ってマッチョな隊長さんを始めとする部隊は、次々と暴風のように荒れ狂う〈カーオスシメーレ〉に向かって行く。


「アリシア、私たちも!」

「はいレイナ様、《闇の加護》よ! 合体開始!」


 アリシアの《闇の加護》によって空間が形成されていく。それと同時に、まるでほどけるように〈ミラージュレイヴン〉がバラバラに分解した。しかし地に墜ちることはない。《闇の加護》によって形成されたフィールドをぐるぐると周回する。


「レイナ様、魔力を込めてパーツを引き寄せてください!」

「わかったわ! 魔力全開!」


 〈ブレイズホーク〉自体も一部変形し、元は〈ミラージュレイヴン〉だったパーツが渦を描くように飛び、各部へと装着されていく。足には下駄のように引っ付いて等身を上げ、腕はよりマッシヴに。胸部はより高貴な意匠となり、最後に漆黒の翼がマントの様に背中に装着される。


 ――生まれたこの子に、名前を付けてあげないといけない。


 いかにおとぼけ女神から貰ったチートがあったとしても、私一人でできる事はたかが知れているわ。だからみんなの力が合わさったこの子は偉大だ。そうこの子の名前は――、


「合体完了! 〈グレートブレイズホーク〉!」



 紅蓮の公爵令嬢 第151話

 

 『超ヒロイン合体グレートブレイズホーク』



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