第150話 混沌の名を冠する凶獣

「魔導機隊進軍の後に騎馬隊突撃! 弓兵隊も統率を乱すな!」


 戦場にアデル侯爵の大音声だいおんじょうが響き渡る。


 第三軍と合流して、アデル侯爵軍となった私たちは破竹の勢いで進撃。他の軍団や再建したアスレス王国の軍と共に、旧アスレス王国領の全土奪還に成功した。


 その勢いを持って、アスレス以前にドルドゲルスに併呑された三ヵ国――すなわちディエドルス王国、ゴルディー大公国、そしてアスレスの強い影響下にあったジアント王国へと進軍を果たしていた。


 私たちのあまりの快進撃っぷりに焦ったのか、親ドルドゲルス的な態度を見せていた大陸南部のランゲル王国やマネリア王国は手のひらを反すようにすり寄ってきた。これで大陸の情勢は、一気に我らがグッドウィン王国率いる反ドルドゲルス連合軍に有利になったというわけよ。


『魔導機隊は飛翔して敵魔導機を撃破せよ。ディランの隊は西側から敵本陣を圧迫。俺の隊は東側から歩兵部隊の援護をしつつ進軍!』

「了解!」


 いまだにクーデターによる政治的混乱が収まっていないのか、この旧小三ヵ国の戦線にドルドゲルス本国からの増援部隊は確認されていない。


 つまり相手をするのは、戦力の乏しい駐屯部隊にアスレス王国領から敗走してきた兵だ。最新型の〈ブリッツシュラーク〉の数も少なく、傑作機と言われるけど旧型の〈ブリッツ〉の姿も目立つわ。充実した戦力の私たちにしてみれば鎧袖一触がいしゅういっしょくの相手よ。現に今も最後の小三国であるジアント王国王都を奪還寸前だ。


「レンドーン公爵家部隊は、現在位置から前方二時方向に魔導砲撃!」

『了解しましたお嬢様!』


 ここを制圧すればいよいよドルドゲルス本国に侵攻だ。自分がこの世で一番偉いと思い違いをしているハインリッヒを早く止めないと。


「オーホッホッホ! ドルドゲルス恐るるに足らずというやつでしてよ!」

『レイナお嬢様、あまり調子に乗りなされぬよう』

「わかっているわよクラリス。景気づけよ、け・い・き・づ・け!」


 実際強がりの一つでも言わないと、戦い戦いの連続で心も体も疲れているのだ。それは配下の皆さんだって同じこと。だから強気の発言の一つでもして景気づけをしてやる必要があるわ。それがレイナ・レンドーンという存在に求められる役割ロールだから。



 ☆☆☆☆☆



「我らの勝利に!」

「「「我らの勝利に!」」」

「国王陛下に!」

「「「国王陛下に!」」」


 想定通りジアント王国王都は大した苦戦もせずに奪還することができた。奪還を記念して祝勝会が開かれ、そこかしこで乾杯の声が聞こえてくる。


 私はというと、酒宴しゅえん用にお料理を何品か作って振舞ったものの、ちょっと騒ぐ気にはなれずに彼方に広がる平原を見ながら黄昏ている。戦闘中はああ言ったけれど、いつまで続くかわからない戦いに私自身が一番疲れているのかもしれない。


「この先がドルドゲルスなのね……」

「そうです。このオレイクル平原を超えて川を挟んだ向こう、そこは旧セルダルプであり今でいう大ドルドゲルス帝国の本領です」


 私のつぶやきを、隣に立つディランが補足してくれる。

 私は一人で黄昏ていたはずなんだけれど、いつの間にかディラン達四人にアリシア、シリウス先生にクラリスまで周りに集まっていた。


「セルダルプ……。確かドルドゲルスが帝国を名乗り始めた時期に併呑された国ですっけ?」

「正解だレイナ。同じドルドン系のセルダルプと、ドルドン系ではないが縁故ある土地と主張するアノジーラを併呑したドルドゲルスは、大いなるドルドン人の国として大ドルドゲルス帝国を名乗るようになった」

「やった! 正解ならこれって授業の点数に加算されますか、シリウス先生?」

「されるか馬鹿者。テストをちゃんと頑張れ」


 あら残念。講義に出られない分ここでポイントを稼ぎたかったのに。私はまだ学年首席を諦めてはいませんわよ、ディラン?


「当時はそれほど注目されなかった魔導機が今では戦場の花形だ。ほんと、時代ってのはよく分かんねえな」


 ルークが感慨深かんがいぶかげにつぶやく。

 まあそうよねえ。前世の記憶が戻った八年前はまだ高価なおもちゃみたいな扱いだったし。


「レイナ様、お疲れのようでしたらお早めにお休みになったらいかがでしょうか?」

「大丈夫よクラリス、少し感慨深くなっただけ。少し前……ううん、八年前にはこうなるとは少しも思っていなかったもの」


 八年前、前世の記憶が戻ったころはまだちょっとした異物混入事件くらいにしか思っていなかったわ。それが大乱戦のロボットバトルをして宇宙まで行ってオマケに忍者。マギキン製作スタッフも、まさかこんなとんでも展開になっているとは思わないでしょうよ。


「さて、私も少しは酒宴に混じろう――」


 最後まで言えなかった。なぜなら陣地で激しい爆発が起きたからだ。


「なになに!? 何の爆発!?」


 見渡してみると、集積していた物資の山の一つが燃えていた。失火? いえ、火薬もないんだしあんな爆発は……。


『あー、あー、聞こえますか?』


 混乱する陣地に聞きなれない声が響く。この響き方は拡声魔法?


「あっ、あそこです! あの崖の上!」


 夜目の効くアリシアが王都にほど近い崖のあたりを指さした。よく見てみるとそこには、数人の男女が立っていた。


『お坊ちゃま方にお嬢様方、はるばるグッドウィン王国からお越しいただき誠にありがとうございます。俺は……この私はドルドゲルス十六人衆が一人、“慎重なる”ブルーノ・トゥオマイネンと言うんだが……言うのですが』


 ブルーノと名乗ったその男は丁寧な言葉遣いに慣れないのか、たびたび訂正しながら話を進める。


『あっ、隣にいるのは同僚の“麗しき”アルマ・ポシュナーに“美しき”イルマ・ポシュナー姉妹……自分で“麗しき”とか“美しき”とか名乗るセンスはどうかと思うんだが――いてっ!? その隣が“冷徹れいてつなる”カスパル・イェーガー……“冷徹なる”なんて言っても本当は気の良いやつなんだ――いてっ!? あともう一人スペシャルゲストがいるんだが、ここにはいねえ』


 ブルーノの間の抜けたスピーチを私たちはぼーっと聞いていた。いまいち現実感がない。


『で、俺達……いえ私たちは、親愛なる皇帝陛下から君たちへの嫌がらせを命じられたわけです。殺害じゃねえよ? そうだったら最初の一撃はもっと効果的にやっていたぜ。だがまあ、死ぬ気で向かって来ねえと死ぬと思うけどな? 実際ここに来る前によったゴルディー大公国にいたお前らの第四軍? ラミレス公爵とか言うやつが率いる軍はそうなった』


 陣地がざわめく。ブルーノの声にはもう最初感じた軽薄さは感じない。それが獲物は私たちで狩人はあいつらだと宣言しているようだ。


『それじゃあ、パーティーの始まりだ!』


 言い終わると同時に陣地内で次々に爆発が起こった。陣地の周囲に魔導機の気配を感じる。ブルーノのマヌケなスピーチの間に接近していたんだわ! 混乱する中、シリウス先生が叫んだ。


「魔導機隊全機出撃! 迎撃に出るぞ!」



 ☆☆☆☆☆



「敵はどこに……!?」


 なんとか魔導機までたどり着いた私たちは、上空へと上がっていた。


「――見つけた! 《獄炎火球》!」


 闇の中に一機の魔導機を見つけて魔法を放つ。けれど外してしまった。


『その機体、あんたが“紅蓮の公爵令嬢”か?』

「その声……さっきのブルーノとか言う男ね? いかにも、私が“紅蓮の公爵令嬢”ですわ。だったら何? 命乞いでもされるのかしら?」

『いいや、今はしないね。それにあんたの相手は俺じゃない。いよいよスペシャルゲストの登場だ。ほーら、あそこさ』


 その瞬間、私の背筋はぞくっとして、ぶわわーっと嫌な予感が脳裏をよぎった。ブルーノが指し示した先には、異形と言うしかない一機の魔導機がいた。


 いえ、魔導機なのかすらわからない。手も足も滅茶苦茶にいっぱい生えているし、尻尾みたいなのも翼みたいなのもある。


『〈混沌の合成魔獣カーオスシメーレ〉って言うらしいぜ? ほんじゃごゆっくり』


 最後まで軽薄な口調のブルーノがどこかへ飛び去り、私と異形の魔導機が取り残された。


「直感だけどこいつ……ヤバい気がしますわね……!」


 他に言いようがないからスピリチュアルな表現になるけれど、なんというか負のオーラが凄い。そしてまるで制御の効かない獣のような獰猛さも感じる。


「――来る!?」


 〈カーオスシメーレ〉が一気に間を詰めてきた。すぐ目の前に迫る異形の機体。振り下ろされる幾本もの腕。防御魔法は間に合わず、激しい衝撃を受ける。


 ――こいつは……、この敵は――!


 あるひとつの考えに思い至った瞬間、機体に受けた激しい衝撃で私の意識はブラックアウトした。

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