第149話 ドキドキおデート《後編》

「これがこの街自慢のショコラですよ」


 戦火にあってもたくましく営業を続けているカフェテラス。平時は各地の貴族もこぞって訪れるという洒落たお店だ。


 私はそのカフェでも最も風景を楽しめる席に座り、穏やかな運河を眺めながら名物だというチョコレートを口に運ぶ。さっと広がるまろやかな甘み。


「……うん! とって美味しいですわ。連れて来てくださってありがとうございます、エリク様」

「それは良かった。レイナ様に気に入っていただき僕も嬉しいです」


 エリクは私の向かい側に座り穏やかに微笑む。穏やかに過ぎる午後のひと時。私が信じる乙女ゲームの世界がここにあった――。



 ☆☆☆☆☆



 それから私は彼に連れられて、フォルナンの街を色々と案内してもらった。運河が通り、可愛らしい建物が並ぶ街並みは、まるで絵画から取り出したように鮮やかで見ていて飽きない。私の手を取って歩くエリクも、常ににこやかに微笑みながら私にあれこれと説明してくれる。


「見ての通り運河と共に生きてきた街ですから、魚料理が有名なんですよ。取れたての魚を使ったムニエルなんかは特におすすめです」

「まあ、美味しそうですわね。それに私もお料理をするのが好きですから、一度味わって自分でも作ってみたいと思います」

「そうなんですか? 僕なんかは料理なんて一度も作ったことはなくて……」


 うーん、まあ商家のお坊ちゃんだから当然と言えば当然よね。もしここにいるのがルークだったら、どの魚をどんな調理方法でいくかで大論争だったでしょうけれど。



 ☆☆☆☆☆



「レイナ様、これがこの街出身の著名な芸術家によるオブジェです」

「へー、これが……」


 エリクが示したのは何とも奇妙な形の石造りのオブジェだ。


「こちらの部分は流れる運河を、この部分は賑やかな市場の様子を示していて、このフォルナンの様子を表しているんですよ」

「この曲線、アスレス出身のかの有名な芸術家、アルベールの影響を受けているのかしら?」

「ア、アルベール? え、ええ、おそらくそうだと思います……」

「石材はこの街周辺で採れたもので?」

「え、ええ。たぶん……」


 しりすぼみに声が小さくなっていくエリク。もしここにいるのがライナスなら嬉々としてアルベールの諸作品について語り、この材質がいかなる特性を持つ石か語りつくすでしょうね。



 ☆☆☆☆☆



「この地の人々の気質は――」


 もしここにいるのがディランなら――、


「剣を振るって戦った騎士シャルルは――」


 もしここにいるのがパトリックなら――、


 ぬわあああああ!!!

 もしかして私の男性に求めるハードル激上がりしてない!?


 エリクは良い人だ。女性の扱いがそれなりに上手く、それなりに教養もある。それなりに気配りができて、それなりに知識がある。


 ――ただ全部なのだ。


 いえ、高水準なのは間違いないのよ。だけど転生して十八年。幼い日から乙女ゲームのハイスペックな能力を持ったヒーロー達に囲まれた私にとっては、それなりに感じてしまうだけなのだ。まったくドキドキしなかったと言えば嘘になるわ。けれどこう……、今一歩なのよね……。


「レイナ様?」

「え? ああ、何でもありませんわエリク様」

「いえ、少しお疲れのようですね。少しお茶をして、それから僕のとっておきの場所にご案内します」

「……とっておきの場所?」



 ☆☆☆☆☆



「もう少し歩くんですの?」

「すみません。もう少しだけ先です」


 軽くお茶をして休憩した私は、エリクに手を引かれて街の裏手にある山の方へと向かっていた。


「どんどん人気のない所に向かっている気がするんですけれど……?」

「とっておきの場所なので。そこからだと美しいフォルナンの街が一望できるんですよ。僕の秘密の場所ですが、レイナ様には共有していただきたいのです」


 道はそれほど険しくはない。日頃それなりに運動している私にとっては余裕だ。それに素敵な男性に手を引かれ、あなただけに秘密を共有したいと言われてクラっとこない女はいないだろう。


 ……もっとも、私は当てはまらないごく少数はの女なのかもしれないけれど。


「さあ、着きましたよレイナ様」

「……ここは?」


 着いた場所はフォルナンの街を一望……なんてできない。むしろ山の陰になっていて、街がまったく見えない位置だ。


「ククク、無警戒なものだねレイナ・レンドーン!」

「……エリク様?」


 エリクは先ほどまでの穏やかな微笑みと打って変わって、邪悪な笑みを浮かべている。まるで獲物が罠にかかったことを喜ぶような……!


「おや、まだ気がつかないのかい? 僕は君を誘拐するためにここに誘導したのさ」

「――! じゃああんたは!?」

「ククク、お察しの通りドルドゲルスの人間だよ。君にはハインリッヒ様――皇帝陛下がえらくご執心でね。汚名返上の手土産になってもらうよ。大丈夫、大人しくしていれば手荒な真似はしないさ。もっとも、しびれ薬がまわってそろそろ動けないと思うけどね」

「――痺れ薬!?」

「そうさ、さっきのお茶に仕込ませてもらったよ……ん? なんでまだ立っていられる?」

解毒げどくしましたから。火属性の魔法にはそういうものもありましてよ」

「解毒!? まさか気がついていたのか!?」

「ええ、あなたの正体なんて最初からお見通しでしたわ!」


 嘘だ。正直食べ過ぎたのでお腹の調子を整えようと魔法を使ったに過ぎないわ。以前ルーク謹製のアイスを食べ過ぎてお腹を壊して以来、私は熱を利用した整腸せいちょう魔法を使用している。食中毒を防ぐのは知っていたけれど、まさか毒も解呪してくれるとは。


「くっ……! 流石はレイナ・レンドーン、の事を見破っていたか!」

「……拙者?」

「かくなる上は実力行使で!」

「……ござる?」


 エリクはそう言うと、ささっと後ろの茂みに飛び込んだ。次に聞こえたのは機械的な唸りの音だ。


「これは……魔導機の起動音!?」

「左様。いかに“紅蓮の公爵令嬢”とは言え、生身で魔導機には勝てまい。このドルドゲルス十六人衆が一人、“忍ばざる”デニス・プレトリウスと〈フレーダーマウス〉のお縄につくがいいでござる!」


 出てきたのは成金趣味染みた金ピカの魔導機。そしてこの口調、この名前は――、


「――あんた、もしかしなくてもこの前のエセ忍者!?」

「エセじゃないでござる! 拙者は正式なドルドン忍者でござるよ!」

「くっ……あんなに巧みに変装するなんて!」

「変装じゃないでござる。これは拙者の素顔でござるよ!」


 バカな!? あんなお坊ちゃま感ある少年が、このエセ忍者の正体ですって!? 詐欺じゃないの。私のときめきを返しなさいよ!


「その事実に今日一番ドキドキしたわ! 何よそのギャップ!」

「そう言われてもこれが素顔なのでどうしようもないでござる……。まあいいでござる。ここはちょうど山の影、助けはこないでござるよ?」


 エセ忍者のいう通りだ。どうする? 昔みたいに《火球》で場所を知らせる? でもきっと救援が来る前にコイツにさらわれるわね。あー、もうなんなのよこのNINJA!?


「さあ大人しくお縄に――」

「レイナ様――――!!」

「〈ミラージュレイヴン〉!? アリシアなの!? どうしてここが?」


 間一髪のところで助けに入ってくれたのは、アリシアの駆る〈ミラージュレイヴン〉だ。上空から急降下した機体は、私と忍者の魔導機の間に割って入った。


「訓練の休憩中に、見知らぬ男性とレイナ様が歩いていると聞いたので。気になって闇属性の追跡魔法で途中からつけちゃいました。その後周囲に魔導機の反応があったので気になって」

「そうなのね! ありがとう、助かったわアリシア!」


 追跡魔法……。やっぱりアリシアも年頃の女の子、人の恋愛が気になっちゃうのね~。


「くっ……、こうなったらその新型機もろとも手土産にしてくれるでござる! ドルドン忍法《影分身》!」

「分身! 気をつけてアリシア、あいつの分身は――」

「大丈夫ですレイナ様。闇魔法に関してなら私は負けません。深さが違います!」


 果たしてそれは本当だった。マギキンのヒロインアリシアは、世界観にそぐわないエセ忍者を瞬く間に倒してしまった。深さが違うの意味は分からないけれど……。理解の深さかしら?



 ☆☆☆☆☆



「あの敵を取り逃がしてしまってごめんなさいレイナ様」

「いいのよアリシア。アリシアが来てくれたおかげで無事だったことだし」


 帰還する〈ミラージュレイヴン〉の操縦席の中。ちょうどタンデムの様な感じで座席に腰掛ける私はアリシアを慰める。密着した彼女は非常に良い匂いだ。


 あのNINJAは小癪こしゃくにもアリシアの猛攻から逃れ、逃亡していた。それにしても世界観合わせて出直せとは言ったけれど、まさかあんな感じで仕掛けてくるとは……。もう少しで変態皇帝ハインリッヒに献上されちゃうところだったわ。


「さあ、到着です。皆さん心配していると思いますよ」

「そうね、心配かけたわ。知らない人にはついていかない。それが鉄則ね」


 〈ミラージュレイヴン〉が陣地に到着すると、ディラン達が集まって来ていた。あらためて見るとみんな本当にカッコいいわね。


 アリシアが最終的に四人の中から誰を選ぶのかはわからない。けれど今はもう少しだけ彼らの親しい友人という立場で、前世から憧れた彼らと時を一緒に過ごす幸福を味合わせてもらうのも良いわよね?

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