第148話 ドキドキおデート《前編》
噴飯ものと言えるハインリッヒの皇帝即位の報からしばらく。私たちは政治的に混乱したドルドゲルスの
あの変質者に地位ある者の義務がどういうことなのかわかっているとは思えないけれど、この動きは不気味ね。計画はじきに最終段階と言っていた、奴の言葉と符合する流れだと思うわ。
私の直感は
「知っていたかいレイナ? このフォルナンの街は、
「そうなんですね! 教えていただきありがとうございますパトリック」
なるほど、観光地か。観光地と言えば美味しい物。これは食べ歩きがはかどりそうね。幸い私には
「どうだいレイナ、僕とこの街を巡ろうじゃないか」
「まあ! 喜んでお受けしますわ」
「君をエスコートできるなんて光栄だよ。じゃあ早速――」
「おい待てパトリック」
私の手を引いて陣を出ようとしたパトリックの首根っこをライナスが掴んだ。
「……どうして邪魔をするんだいライナス?」
「どうしてもこうしてもあるか、お前には仕事が残っているだろう。ほら、お前の父上からだ」
「うぐっ……!」
「そういうわけだから、レイナを案内するのはオレが変わろう。ついてくるがいい」
「そういうことでしたらライナス、よろしくお願いしますね」
ライナスから書類の束を押し付けられたパトリックは意気消沈。彼に代わって、今度はライナスが私の手を引いて歩きだそうとする――、
「いや、お前も地質の調査だかをやれと言われていただろう」
「ルーク!? そ、そう言えば言われていたような……」
「あら残念。じゃあルーク、私の食べ歩きにご一緒していただけますか?」
「ああ、別にいいぜ。俺は特に用事無いしな」
軽い感じに承諾したルークに反して、一人称がボクに戻るほど落ち込んでいるライナス。きっと気分転換がしたかったのね。お土産を買ってきましょうか。
ルークが「ほら行くぞ」と陣幕を出ようとすると――、
「待ってくださいルーク!」
切羽詰まったような声で誰かが呼び止めた。またなのね。このパターンで行くと……、
「ディラン? どうしたんだ息を切らせて?」
「ルーク、君は整備班に協力して魔導機の出力テストを行うと言っていませんでしたか?」
「言っていたが、あれは別に今日の話しじゃないぞ? どこか時間のある時にって……」
「いいえ、なるべく早くした方が良いです! 現に戦闘は激化の一途をたどっています。一日も早く新しい情報を集めなければなりませんから!」
「それは……、まあそうかもな……」
「でしょう? 整備班は僕が声をかけて既に集めてあります。すぐに向かって大丈夫ですよ」
「そうか、わざわざ悪いな。というわけでレイナ、悪いが急用だ」
「え、ええ、私は構いませんよ」
なんだろう。少し違うんだけれど、前世で言う押し売りや怪しい宗教勧誘の現場を見ているみたい。何がそんなにディランを駆り立てるのかしら?
ちなみにこんな感じでディランがルークを言いくるめているところを、私は幼いころからたびたび目撃している。ルークは頭が良いはずなのだけど、どうも押しに弱い。たしかマギキンでもアリシアに言いくるめられていたわね。
「というわけで、さあ行きま――」
「どこに行くんだ、ディラン」
響いたのはシリウス先生の良いお声。傍らにはアリシアもいる。
「な、なんでしょうかシリウス隊長?」
「ディラン――いえ殿下。今日はこれから、フォルナン町長を始めとした街の有力者への挨拶周りのはずですよ?」
「それは明日でも――」
「いいわけないでしょう。さあ、行きますよ」
がっくししたディランは、観念したのかシリウス先生に引きずられていく。あの状態で挨拶回りが務まるのかしら?
「ちょうど良かったわアリシア、一緒にお出かけしましょう」
「ごめんなさいレイナ様。私はこれから魔導機の訓練なんです……」
良い子な彼女は私のお誘いを断るのが申し訳ないのか、「あうあうあー」といった具合に涙目のアリシア。つまりみんな忙しいのね。私みたいに押し付け――他の方にお仕事をお任せする不埒者はいないと。ま……まあ、それは前世のブラック社畜生活を反面教師にしているわけですし。よし、正当化完了。
「いいのよ、気にしないでちょうだい。訓練がんばってね!」
☆☆☆☆☆
というわけでお一人様での街巡り。 せっかくの観光地だと言うのに、ボッチで回ることになるとは思いませんでしたわ。
「まあでもたまにはいいかしら?」
たまには一人旅というのも乙なものかもしれないわね。流石は観光地というだけあって、戦闘の被害を免れた部分は綺麗だし観光しがいがある。
「えーっと、美味しいお店はっと……」
持ってきた地図をぐるぐる回して見てみる。別に方向音痴じゃないけれど、初めて来た町、そして外国語で書かれた地図は苦戦するわ。
「あの、もしかしてレイナ・レンドーン様ですか?」
私が地図と格闘していると、一人の少年が声を掛けてきた。
年は私と同じくらい。くるりんとした金髪にエメラルドブルーの瞳。所作は丁寧。少し高級そうな服に身を包んでいるし、いいとこのお坊ちゃんでしょうね。少女漫画の柔らかいタッチを思い出す、儚げな美少年だ。
「ええ、いかにも私がレイナ・レンドーンですわ」
「良かった! お会いできて光栄です。申し遅れました、僕はエリク・リヴィエール。当地に根を張るリヴィエール商会会頭の次男です」
エリクと名乗るその少年は、
「レンドーン様のお噂はお伺いしております」
「あ、あまりいい噂は流れていなさそうですわね……」
どうせビックリ火力人間的な扱いか、うかつに名乗ってしまった神の使徒関係でしょうね……。
「いえ、レンドーン様はお美しく聡明であられると。お見かけしてすぐにわかりました! 貴女はこの街で見たことないほど洗練されていてお美しい」
「ウヒヒ、照れてしまいますわ」
何よこの子、めちゃくちゃ良い子じゃない!
そんな可愛らしいお顔で微笑まれると、クラっときちゃうわ。
「地図をご覧になられていたようですが、何かお探しですか?」
「ええ。時間があるので観光をしようと思ったのですけれど、お恥ずかしながら道に迷ってしまって……」
「でしたら、僕に案内をさせていただけませんか?」
「私としてはとても助かるのですが、リヴィエール様はよろしいのですか?」
「何を仰ります。あなたのようなお美しい女性をエスコートできるなんて、我が人生の誉れです」
ウヒヒ、まあお上手。というかこれってナンパ? ナンパなのかしら?
なんかちゃらちゃらした奴からされた不快なだけなのはともかく、昔から知っているディランたち以外からこんな丁寧な感じにお誘いを受けたのは初めてな気がする。
「レイナ・レンドーン様、貴女をエスコートするという幸運を僕に……」
エリクはそう言って片膝をつき、手を差しだしてくる。
「喜んでお願いいたしますわリヴィエール様。それから私のことはレイナとお呼びください」
「でしたら僕のこともエリクと」
「わかりましたわエリク様。ではエスコートよろしくお願いしますね」
私はエリクの差し出した手を握り返し、風光明媚なフォルナンの街を歩き始めた。
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