第147話 異世界転移した男が俺TUEEEしてついには皇帝になった件

前書き

今回はハインリッヒ視点です

―――――――――――――――――――――――


「ご主人様、準備は万事整っております。奥様方の警護も万全です」

「ありがとうヴェロニカ。君は本当によく働いてくれている」

「ご主人様にお仕えするのは私の至上の喜びでございます」


 そう言いながらヴェロニカは頬を染める。奴隷同然の身分から救ってやった私――ハインリッヒ・フュルスト・フォン・フォーダーフェルト――の事を、彼女は絶対に裏切らない。絶対服従だ。仮に私がグッドウィン王ジェラルドを暗殺して来いと言えば、彼女は自らの生命を顧みず実行しようとするだろう。


 そのような忠誠は彼女だけではなく、私の三十人の妻やヴェロニカのように庇護下ひごかに置いた者たち全員がもっている。なのにあのレイナ・レンドーンときたら、同郷のよしみで優しくしたら付け上がる。身の程をわきまえないバカな女だ。


「さあ、行こうか」


 まあいい、もうじき世界の全てが私の手中に収められる。この魔法が存在する世界――レイナ曰く乙女ゲームに酷似した世界だと言う――に来て早十数年、私こそがこの世界に住む蒙昧な未開人たちを教導し、魔力という資源を有効活用する真の指導者として君臨するのだ。



 ☆☆☆☆☆



 さて、私は現在ハインリッヒと名乗っているわけだが、はそうではなかった。


 令和の日本に生を受けた時の名前は前田まえだ・ヘンリー・慶太けいただった。父はアメリカ人、母は日本人のいわゆるハーフだ。車関係の開発者だった父の仕事の関係から、小学生までをアメリカで、中学生からは日本で過ごした。


 ハーフでいわゆる帰国子女でもあった私は、日本の学校に上手く馴染めることはなかった。物珍しさから表面上の付き合いをすることもあったが、文化や慣習の違いがそれを拒んだ。


 そんな当時の私の孤独を救ったのがロボットアニメだ。派手に動く鋼鉄の塊たち、夢のある空想科学。父親の仕事の影響で技術的な事に興味を持っていたこともあり、私の心は強烈に引きつけられた。


 そんな私は大学院までの課程を無事に優秀な成績で卒業し、父と同じように技術者としての道を歩むこととなった。途方もないことだが、当時の夢はいつかロボット兵器の開発を実現する事だった――。



 ☆☆☆☆☆



 生来の気質からか人間関係は上手くいっていなかったが、仕事はまあそれなりに順調だった。その日も隣県の工場の視察を済ませた帰り道だった。


 私は職場での人間関係に頭を悩ませながら、高速道路をバイクで走行していた。

 まったくあの陰険な上司め、よほど私の才能に嫉妬していると見える。もしくは人種的偏見に基づく差別だ。でなければ新しいプロジェクトのリーダーは私で間違いないはずだ。


 そんな職場でのあれこれや、贔屓のプロ野球チーム低迷へのいら立ち。怒りを発散するように交通量の少ない夜の高速道路を私は飛ばしていた――いや、飛ばしていたはずだった。


 気がつくと、私の走らせるバイクは不整地な森の中を走行していた。


「どこだここは……!? 私は高速を飛ばしていて……、森の中?」


 実際、同じ状況に遭遇すれば誰もが自分の頭の正常さを疑うだろう。かく言う私もそうだった。しかし幸いなことに私にはいくつかの科学的な知識があった。


「植生がおかしい。少なくともここは日本ではないな……。ヨーロッパ北部あたりが近いか? そして見慣れぬ天体の配置。これは――」


 知識による裏付けと、マンガやアニメで見てきた直感が私にそう言っている。昔で言うところの神隠しか。そして今で言うところの――、


「――これは……、異世界転移だ……!」



 ☆☆☆☆☆



「wlf@wgjrs!?」


 異世界でも当然のように言葉が通じると考えた自分が愚かだった。野山を彷徨ってようやくたどり着いた人里で、私は聞いたことの無い言語を叫ぶ村人たちに追い回された。


 こちらはなるべく敵意をあたえないように接触したつもりだが、何が彼らの怒りに触れたのかわからない。とにかく村人総出で農具などを武器に、異質な存在である私を追い回している。捕まったら間違いなく殺される。


「《grh#tdy》!」


 追手の一人が叫んだ。おそらくそれが呪文だったのだろう。叫んだ男の手から火の玉が飛んで、私の横の木に直撃し破裂した。


 ――この世界には魔法があるのか!


 懸命に逃亡しながらも私は、何か言い知れぬ高揚感に包まれていた。未知のものを解明したいという科学者の本能か、それともアニメに親しんできたゆえの喜びか、あるいはそのどちらもか。今となっては覚えていないが、幼き日の夢を実現する可能性を見たのかもしれない。



 ☆☆☆☆☆



 野山を這いずり回るように逃亡した私は、無事に村人の追跡を振り切ることができた。未開の野蛮人め、今思い出しても腹立たしい。


 村人たちから追い回されたことに強い恐怖心を抱いた私は、人との接触を避けて野山に潜み、注意深くこの世界の人々を観察することにした。


 野山に潜むことは文明社会に慣れ親しんだ私からしたら苦痛極まりないことであるし、水や食事も体に合わないのか最初の内はひどく腹をくだした。だが一月もする頃には水にも慣れて、この世界の言語や社会情勢、文化もいくらかはわかってきた。


 この世界は異世界物にありがちな中世ヨーロッパ風世界だ。科学技術が未発展で貴族がいる封建社会で、おおよそ私の元の世界での常識と知識が通用しそうだ。言語に関してだが、これは私の知るいくつかの言語と似通っていたところがあったためなんとか習得することができた。


 そして元の世界と決定的に違う点。

 それはこの世界になるものが存在するということ。


 魔法という未知の存在を利用すれば、あるいは私の元の世界からの夢だったロボット兵器の作成も可能かもしれないとこの時確信に似たものを感じた。



 ☆☆☆☆☆



 文化の習得を済ませた私は人里に混じるようになった。そして科学的知識を活かして、錬金術師としてある田舎貴族に取り入った。


 このころになると私は本名のヘンリーをこの国――ドルドゲルス――風に直して、ハインリッヒと名乗っていた。


「その方法だとバレない。そうだな、ハインリッヒ?」

「はい、確かでございますアンドレアス様。このしゅの毒はまず間違いなく気がつかれません。心臓発作による突然死として処理されるでしょう」


 私が取り入ったのは王家の傍系の傍系。ギリギリ王家の縁戚を名乗れるレベルの三男だった。


 無能を擬人化した様な男で、さらに品もなく本当に貴族か疑わしい人間だがこの家名は使える。無能なくせに功名心だけはやたらあるその男を、私は利用することにした。


 私の科学的知識を用いた毒薬は、この世界の未開な人間達では毒と判別できない。そして私には元の世界における歴史という人類の積み重ねた叡智えいちがある。


 いくつもの謀略を重ね、多くの人物を死に追いやり、愚かな民衆を扇動し、ついにはその無能な貴族をこの国の王に押し上げることに成功した。そして私はそれを支えた功績により、転移して最初にやってきた土地を含む大領を預かる貴族となった。


 その領地は前世での私の姓をドルドゲルス風に改め、フォーダーフェルト侯爵領となった。そこで私の最初に行った政策は、あの日私を追いかけた村の村人を全員処刑することだった。



 ☆☆☆☆☆



 地位を得た私は元の世界での知識を活かして多くの活動を行った。


 土壌の改良、治水の改善による農業の発展。科学と魔法をハイブリットさせた冶金やきん技術の向上。元の世界での歴史を鑑みた支配体制の確立。どれもこのドルドゲルスを発展させた。


 そして何より私が心血を注いだのは魔導機だ。


 私の知識にこの世界の魔法が組み合わさることによって、ついに夢にまでみたロボット兵器の誕生にたどり着いた。現代で言うところの世界初の魔導機、MZエムツェット01オーアイン〈ヴィント〉の誕生である。


「フフフ……、アハハッ! ハーハッハッハ!」


 その時の感動ときたら言葉では言い表せない。幼き日から思い描いた誰からも馬鹿にされた空想科学の産物が、今まさに自分の前に立っているのだ。


 残念ながら私に魔力がないため自分で動かせないのが最大の難点だったが、この趣味と実益を兼ねた発明によってドルドゲルスはさらなる発展を遂げ、世界に名だたる一大帝国を築き上げた。



 ☆☆☆☆☆



「ハインリッヒ貴様……! 裏切ったのか!?」


 話は現在へと戻る――。


 私はヴェロニカや他の部下を連れて皇帝の間へとやってきていた。うろたえているのは、今ではすっかり皇帝という称号で呼ばれることに慣れ切った元無能な田舎貴族。地に伏し、鮮やかな鮮血で絨毯じゅうたんを汚しているのはその皇帝の護衛たち。


「裏切り者は陛下でしょう? 勝手に和議を進めようとするなんて。いけませんねえ……、計画に支障が出てしまう」

「アスレスはもう落ちた。ここらで十分だろう……!」

「十分ではありません。遠大な計画の為には……ね?」

「計画……?」

「陛下――いや、アンドレアス。貴様は知らなくていい話さ。それに無能な貴様を帝位に上らせてやったのは私だろう? だからこれは正統なる返却要求。ただ帝位を返してもらうだけさ」

「くっ……、誰か! 誰か皇帝の危機を救おうという者はおらんのか!?」


 無駄だ。親皇帝派はグッドウィン王国侵攻などで大量に消費させてもらった。十六人衆のベルツ伯爵なんかは生きていたら厄介だっただろう。”紅蓮の公爵令嬢”殿に感謝だな。


「トゥオマイネン! 貴様まで裏切るのか!?」


 皇帝は、私のすぐ後ろに控える十六人衆のブルーノ・トゥオマイネンに向かって問う。ブルーノは軽薄けいはくだが実力ある歴戦の男。魔導機だけではなく白兵戦も得意だ。


「悪いな陛下、俺は元からドルドゲルスの人間じゃないのでね。金を貰えるほうにつくのよ」

「ば、馬鹿な……!」

「もういいでしょう陛下。それではサヨウナラ」

「ま、待ってく――」

「無駄だよ《獄炎火球》。あらら、見事に消し炭だな。ギロチンの方が良かったか?」


 消し炭となったを見て独り言ちる。あっけない。人とは実にあっけないものだ。だから私は神を消し、人を超える――。


「皇帝御即位おめでとうございます。で、良いかな大将?」

「ああ、ありがとうブルーノ。悪いが早速仕事だ。シュタインドルフ一門の反発が予想される。鎮圧にむかってくれたまえ」

「はいはいっと」


 さて、計画を進めようか。私にはこの蒙昧な世界を導く使命がある。役立たずな創造主に代わって、この私が神となって導いてやるのだ。

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