第146話 美味しいお茶と不味い急報
「ウヒヒ、アリシアの焼いたパンは本当に美味しいわ。やっぱり最高ね!」
「えへへ、ありがとうございますレイナ様。町のパン屋さんの窯を使わせていただけて幸運でした」
口の中に広がる美味しさにお礼を言うと、アリシアは満面のヒロインスマイルで返してくれる。ウヒヒ、こうやって平穏に過ごしているとマギキンの世界にいる実感が湧くわ!
ハインリッヒの挑発的な宣言、そして巨大な魔導機〈リーゼ〉との激闘から数日が経っていた。
アリシアという援軍によって最悪の事態は
そこで私たちの第二軍は、アデル侯爵が率いる後続の第三軍と合流することとなった。というわけで第三軍が到着するまでの数日間、シリウス先生なんかは魔導機部隊の再編成に忙しいみたいだけれど、私は連れてきた直属のレンドーン公爵家の部隊のケアも済ませて余暇を堪能していた。
ハインリッヒが言っていた「計画は最終段階に入った」という言葉が非常に気になる。けれどさすがに一人で帝都にカチコミしたらただじゃすまないわ。タイムリミットがどのくらいあるかはわからないけれど、一先ず冷静に構えましょうか。
先日ハインリッヒが接触してきた事は転移云々の事はボカシてお父様にお伝えしてあるし、何か動きがあったらきっと知らせてくれるでしょう。もしかしたら王国の優秀な密偵が、ハインリッヒの弱点の一つでも暴いてくれるかもしれない。
「クラリスさん、お茶美味しいです。ありがとうございます!」
「アリシア様、以前も言いましたが私に“さん”をつけなくてよろしいのですよ」
「いいえ、私は個人的にクラリスさんを尊敬していますから! お茶を入れるのもお上手だし、何よりレイナ様をとても良く支えてらっしゃるので」
「そ、それは……恐縮です。ありがとうございます」
「ウヒヒ、クラリスったら赤くなってるー!」
「私とて褒められると悪い気はしません。アリシアさん、そういうことでしたら今度お茶の入れ方をお教えしましょうか? お嬢様お気に入りのお茶を教えて差し上げます」
「――レイナ様の! いいんですか!? よろしくお願いします!」
アリシアの食への探求心はすごいわね~。私も負けていられないわ。新たなお料理の開発でもしようかしら?
「それはそうと、本当にビックリしちゃった。まさかアリシアが来るとは思わなかったもの。でも本当に助かったわ。ありがとう」
戦闘の後、おおよそのいきさつは聞いていた。エイミーが自分用に開発していた魔導機〈ミラージュレイヴン〉。彼女はそれをアリシアに託した。自分の魔導機の操縦技術では、激化する戦闘についていけないと感じたからだ。
確かにアリシアの実技の成績は女神から強化してもらった私を除けば、ルークやディランに僅差のほぼトップと言って良いわ。けれどこんなに純朴な子が戦場に出るなんて。そして何より、あなたまでSFめいたロボットバトルに参加したら、マギキンがいよいよ「元からロボット物でしたー」みたいな空気になるじゃない。
いえ待って、アリシアも来たということはマギキンの主要キャラがこの部隊にそろうわ。
「驚かせようと思って、事前にお伝えしていませんでした。でも少しでもレイナ様を助けることができたのなら良かったです」
「まあそれは良いんだけれど、最後の一体に突っ込んじゃってびっくりしましたわ。通信も切れていたし……」
アリシアの魔法によって弱体化した〈リーゼ〉を私たちが次々と撃破していた時、残った一体にアリシアが突っ込んでいったのだ。幸いアリシアは無事だったけれど、なぜか通信も切れていたしだいぶ心配したわ。
「あの時は初めての実戦で動転していて……。あの敵が皆さんを攻撃しようとしていたのが見えたので、無我夢中で突っ込んじゃいました。通信もその時に何か当たって切れちゃったんだと思います……」
そうよね。本来は戦闘なんて言葉とは無縁のはずの優しい女の子なのに、とつぜんあんな修羅場を経験したら混乱するわよね。
「まったく心配だわ。無理しないで遠慮なく私やみんなを頼ってね。でも頼りにしているわよ、アリシア」
「はい、レイナ様!」
アリシアは花の咲いたような笑顔でほほ笑んだ。私の愛するマギキンの世界で、アリシアがこの微笑みを自分の愛する人に向けることができるように、私もひと頑張りしないとね。
☆☆☆☆☆
「……レンドーンよ、それは確かな情報なのか?」
「はい国王陛下。信頼できる諜報員からの急報です」
私――レスター・レンドーンはさる急報をジェラルド・グッドウィン陛下にお知らせしていた。報告を聞いた陛下の瞳は
無理もない。私もこの報告を最初に聞いた時、思わず嘘だと言いたくなったくらいだ。だが付随する各種情報、もしくは帝国の部隊配置がそれを事実だと裏付けている。
かくしてその急報とは――、
「――ドルドゲルス帝国にて変事。皇帝が討たれ、
そう、その急報とはドルドゲルス帝国で
「この事を知っているのは……?」
「諜報部員を除くと私とラステラ伯、魔法的に真偽を確かめるために相談したトラウト公爵、そして陛下と陛下のお隣に居るウィンフィールド殿です」
突然の事態に陛下は唸る。私だって頭を抱えたい。そしてその変事の首謀者は――、
「――クーデターの首謀者は、フォーダーフェルト侯爵ハインリッヒ。その後権力を掌握し、帝国内の混乱は沈静化しつつあるようです」
あの男だ。怪しいと思っていたあの男がしでかした。そうなると、先日我が愛しの娘レイナに接触して語った言葉が気になる。レイナによると、どうやらあの男は非道な手段で随分大掛かりな魔法を使用する気らしい。
「このクーデター、どう見るか?」
戦時における政変の後、その国がたどる道は大きく分けて二つある。そしてそれはクーデターの理由と密接に結びつく。
ひとつは、疲弊した国を顧みず戦争を続ける指導者を止めるために起こしたクーデター。この場合、新政権樹立後は和平と相成る。
ふたつめに、和平を望む指導者を排する戦争続行強硬派のクーデター。この場合、戦争はさらに激化していくことになる。
そして今回の場合、あの自己顕示欲の強いハインリッヒの性格と、レイナから伝え聞いた情報を勘案すると……、
「我々にとっては望まぬ選択肢。不味い結果でしょう」
「やはりそうか……」
つまり後者だ。一応可能性には賭けてみるが、大方アスレスの失陥に日和った皇帝を排したという筋書きだろう。既に帝国内がまとまりつつあるということは、賛同者も多いという事。内紛による自滅は期待できないようだ。
「早急に対策をまとめます。前線のアデル侯らの意見を踏まえて考えなければなりません」
「そうだな。よろしく頼む」
私はいろいろと懸案事項が頭をめぐる中、ハインリッヒがレイナに語ったとする内容の歯抜け具合が気になっていた。レイナからの報告書を読む限り、ハインリッヒと遭遇したのは間違いない。それは父としてではなく、官僚としての冷静な判断によるものだ。そしてそこで得た情報は、今回の一件と重ね合わせる限り真だろう。しかしその報告は、どうも内容が抜け落ちている様な気がする。レイナは何かを隠している? いやまさか――。
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