第145話 如法闇夜ミラージュレイヴン

前書き

今回はアリシア視点です

―――――――――――――――――――――


 エイミーから託された魔導機、〈ミラージュレイヴン〉の慣熟訓練と実戦を想定しての立ち回りを頭に叩き込むこと一月。ようやく大陸行きの許可が出た私――アリシア・アップトンは、学友たちに別れを告げて後発こうはつの遠征部隊に合流していた。


「アリシアちゃん、明後日には第二軍に合流できるよ」

「教えてくれてありがとうございます。少し早いけれど、私は自分の陣幕に戻りますね」

「ああ、ゆっくり休みな。今日の飯も上手かったよ」


 相乗りしたのが後発の輸送部隊ということもあり、私はいまだ戦闘には参加していない。エイミーによってでっち上げられた、新型魔導機の運用評価任務担当官という役職の私は雑用にも参加する義務はないけれど、食事の準備の手伝いをかってでていた。


 何か働いている方が戦いに出ているという不安がまぎれるからだ。もっとも、おかげで部隊の人々から信頼を勝ち得て、何も問題なく過ごせたのは大きな副産物だった。


 陣地の片隅に駐機してある〈ミラージュレイヴン〉は、他の魔導機の騎士の様なフォルムと異なり大きな腕部に角ばった脚部の異形とも言えるフォルムだ。私はその漆黒のボディを見上げながら、ふと思いにふける。


『それではアリシア、レイナ様を頼みます』

『ああ、お嬢の事をよろしく頼むよ。あれで結構ぬけたところがあるから』

『わかったわエイミー、リオ。レイナ様の事は私にまかせてください』


 今この瞬間もレイナ様は激戦に身を投じられているかもしれない。想いを同じくする友から受け取ったこの機体で、早くレイナ様をお助けしないと。


「おっ、おい! あれは何だ!?」

「空が燃えている……。戦闘の光か!?」


 兵士たちの驚愕の声で私の意識は記憶の底から戻る。見れば東の空が赤く燃えていた。あの方向はレイナ様がいらっしゃる第二軍が逗留とうりゅうしている町があるはず……!


『アリシアのことだから大丈夫だと思うけれど、無事に帰ってきなさいよ』

『心配してくれてありがとう、サリアちゃん』

『私はあんたが暴走しないかも心配だけどね……。とにかく、あんたは平民なんだからいざとなったら逃げなさい』


 戦いが起きているという事実に身体が震え、力が入らなくなる。けれど、友達の言葉と私のやりたいことを思い出してなんとか立ち上がる。ありがとうサリアちゃん。けれど私は行くわ。それが今私のやりたい事でやるべき事だから!


「〈ミラージュレイヴン〉の準備を! 私は救援に行きます!」



 ☆☆☆☆☆



『アリシア!? アリシアなの!?』


 通信機から私がもっとも聞きたかった人物の声が聞こえてくる。その声を聴いた時、私は全身をピリピリと支配していた緊張感がほぐれたのを感じた。


「はい! レイナ様、アリシアです! お助けに参りました!」

『その機体は何ですの?』

「エイミーから預かりました。名前は〈ミラージュレイヴン〉です!」

『〈ミラージュレイヴン〉……。おおむね事情はわかったわ。駆けつけてくれて嬉しい。けれどこの相手は強敵よ。悪いことは言わないから後方に待機していなさい』

「――! 申し訳ありませんが、レイナ様の仰る事と言えどもそれは聞けません。私はレイナ様たちをお助けに来たのです!」

『アリシア……!』


 レイナ様が私を心配してくれている。そのお声を聴くだけで何とも言えない高揚感が私の身体を支配する。それだけで何でもできそうな万能感を得られる。


『アリシア・アップトン、やれるのか?』

「……シリウス先生! はい、訓練は十分に積んできました。足手まといにはならないと思います」

『そうか。こちらは現在ある程度の火力は用意できるが今一歩突破できない状態にある。敵機体〈リーゼ〉の行動を阻害、もしくは弱体化は可能か?』

「わかりました。状況は理解できました、やってみます」


 私は覚悟を決めて月夜をかける。眼下に六体の大型魔導機〈リーゼ〉の姿が見えた。まるで地獄の底からやって来た、世界に破滅を告げる邪悪な巨人ですね。


「闇の女神ルノワ様、どうかお力をお貸しください……」


 闇の神は陰謀や破滅を司ると言われ忌み嫌う人間も多いけれど、実際は月の女神として夜闇を照らし優しく包み込む慈愛の神といった側面もある。


 ――だから満月に祈る。これから大切な人を護れるように。


「行きます! 《影の沼》よ!」


 まずは移動を封じる。巨人たちの足元に《影の沼》が現れ、為すすべなく沈み込んでいく。レイナ様の操る《泥沼》の魔法も広範囲だけれど、夜という条件下だと私の《影の沼》の方が勝る。


 巨人たちはすぐに原因が私であることに気がついたのか、魔法を放って私を狙ってくる。


「当たりませんよ、《闇の加護》よ!」


 パトリック様の使う光の魔法が自己強化なら、私の使う闇の魔法は他者弱体化だ。《闇の加護》は使用者を中心とした一定の範囲の物体や魔法の速度を低下させる。


「次! 《影よ縛れ》!」


 次の一手で敵の両手を封じる。地面から延びた鎖とも触手ともつかない影が巨人たちの手を拘束した。


「うふふ、かたーい装甲は可愛らしくないですよ。レイナ様が困ってしまいます」


 私が来るまで敵が健在だったということは、レイナ様でも焼き尽くせなかったということ。つまり行うべきは、“紅蓮の公爵令嬢”様が気持ちよく敵を焼き尽くすのをお手伝いすることだ。


「《闇の怨念おんねん》よ」


 静かにささやくように呪文を唱える。そうするだけで、赤い影のようなものが巨人たちの装甲にまとわりつく。この不思議な影は、まとわりつかれた者のを奪う。


 すなわち、甲冑を身にまとった騎士なら鎧が脆くなり、魔導機なら装甲が脆くなる。もし生身なら、ちょっとした衝撃でも大けがを負うようになる。この魔法も闇属性の使用者が忌み嫌われる原因を作った一つだ。


「皆さん、今です!」

「ありがとうございますアリシア!」


 いの一番に答えを返してきたのはディラン殿下だ。お優しく紳士的で、笑顔を絶やさない殿下に憧れた時期もあった。けれど今は特別な感情はない。ただ、良い友人と言ってくださる殿下に感謝している。まあそれとあのお方をお任せするかは別ですけれど。


「轟け雷、《雷霆剣》!」


 殿下の駆る〈ストームロビン〉の一撃が、易々と敵魔導機の腕を刈り取る。私の《闇の怨念》はしっかり効いていたようだ。


 続いてパトリック様が、ルーク様が、ライナス様が立て続けに巨人に魔法を叩き込んでいく。皆さん素敵な方だ。私なんかを友人と呼んでくださる良いお方たちでもある。


 けれど違う――。

 私の求めているお方は、私にとってあらゆる面で彼らに勝る。


「アリシア、よくやってくれましたわ!」


 そうだ、この声だ。パトリック様を脳筋呼ばわりされるのに、わりと自分も敵に突っ込んで行かれるお方。そして全てを灰燼かいじんに帰す――。


「よくも散々苦しめてくれましたわね、このすっとこどっこいのかっぱ巻き!」


 たまに強烈に意味の分からない言葉をおっしゃる。きっと計り知れない知識と深謀からくるお言葉なんだろう。


「超強火で行くわよ! 《獄炎火球》! そして《レイナドリルアタック》!」


 そして他とは比べようもないほどの火力で敵を焼き尽くす。後に立つのは高貴にして華麗なるあのお方だけだ。


「オーホッホッホ!」


 そうだ、この光景だ。この光景を私は見たかった!


 燃え盛る炎に照らされる美しいレイナ様の愛機〈ブレイズホーク〉。あの日私をやっかんだご令嬢たちを蹴散らしたときと、何一つ変わりはしないレイナ様がそこにいた。


「あら? あと一機残っていますね?」


 損傷を受けてはいるが、あと一機の〈リーゼ〉がまだ残っている。丁度いいです、レイナ様に私の力を少しお見せしましょう。心配していただけるのは嬉しいのですが、ご一緒するお許しを得なければなりません。


「《影のつめ》よ」


 〈ミラージュレイヴン〉に剣は存在しない。私がまともに扱えないからだ。その変わり爪がとがっている。そしてそれを魔法で強化することもできる。


 通信機は切った、後は少し楽しみましょうか。

 私は〈ミラージュレイヴン〉を駆って、勢いよく相手にとりつく。


「いけないんですよぉ? レイナ様のお手をわずらわせるなんて」


 爪をひたすらに敵に撃ち込む。初撃で爪を通して敵の操縦士に魔法を撃ちこんである。きっと今頃ありもしない幻影と戦って発狂寸前だろう。まあ、それでも許しませんけれど。


「痛みを、感じるでしょお? 魔法で魔導機の感じる痛みを疑似的に味合わせてあげているんです。生きたまま心臓をえぐられる感覚、まあ私は体験したいとは思いませんねえ」


 《影の爪》は敵の装甲をえぐり続けやがて――。

 清らかな月の下、巨人たちは全て天に召された。

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