第132話 友情に乾杯

 冬休みの良い思い出。華々しい祝勝会でのお料理が美味しかったこと。以上。……どう考えても乙女ゲームの世界観とは思えない激動の冬休みが明けて、私は麗しのエンゼリア王立魔法学院へと戻って来ていた。


「なんだか人が少ないような……?」


 明日からは講義が始まるというのに、なんだか妙に人が少ない気がするわ。こんなに賑やかじゃないエンゼリアを見るのは初めてかもしれないわね。


「恐らく自領に引きこもっておられる方が多いのかと」

「なるほどね……」


 戦時中という社会的不安。先だっての防衛戦で父や兄が負傷した為の領主代行。もしかすると本人が戦闘で負傷した。いくつか理由は考えられるけど、確かに納得だわ。


 それに貴族もだけれど商家も大変だ。大陸国家との取引がメインだったところは軒並のきなみピンチでしょうね。お父様から聞いたところによると、大陸南方のマネリア王国もドルドゲルスに追従して私たちと敵対するみたいだし、安定して商売をすることは難しいと思うわ。


「ほんと、平和って大事よね……」

「さようでございますね」


 先日の御前会議では大陸への本格的な騎士団の派遣と、ドルドゲルスへの逆侵攻が決まったらしい。まだ言われてはいないけれど、いずれは私も行くことになるのでしょうね。


 まあ、それまでは楽しく学園生活を過ごしましょうか。



 ☆☆☆☆☆



「レイナ様ー!」

「アリシア――わわっ!」


 私を見つけて走って来たアリシアはそのまま私の胸にダイブ。嬉しいんだけれど結構な勢いだったから、すごく鍛えているわけではない私は思わずよろめく。


「ご無事で、ご無事でよかったですレイナ様!」

「ええ、私は無事よアリシア」

「すごく大きな戦いでしたし、心配していました……」

「ウヒヒ、ありがとねアリシア」


 ヒロインにこんなに心配されるなんて、こんなの実質私がヒーローと言っても過言ではないわね。


「そういえばアリシアのお父様も大丈夫だったの? 確か従軍されたはずよね?」

「はい! 父は無事に帰ってきて、元気にパンを焼いていますよ」

「そう、それは良かったわ。アリシアが言うように大きな戦いだったから心配していたのよ」

「ありがとうございます。レイナ様に心配して頂いたと知ったら、父も喜ぶと思います」


 現状はマギキンのシナリオから大きくかけ離れている。アデル侯爵が負傷するなんてイベントも原作になかったわけだし、シナリオなんて関係無く怪我する危険はあるわけよね。もし見知った人が亡くなったりなんて考えるだけでも恐怖よ。


「レイナ様、まだ戦いは続きますか……?」

「続く、でしょうね……」


 私を抱きしめるアリシアの腕の力が少し痛いくらいにギュッと強くなる。まるで私を手放したくないみたいに。私にどこかへ行ってほしくないみたいに。


「レイナ様はまた戦いに行くのでしょうか?」

「行く……、ことになるでしょうね」

「こんな戦い、早く終わってほしいです」

「ええ、まったくもってその通りだわ」


 私のお胸に顔を押し付けたアリシアは泣いている。彼女は心優しい少女だからきっとこの戦いに胸を痛めているんだと思う。


「レイナ様、次もその次もきっと無事に帰って来てくださいね、私の下へ」

「約束するわ。私は大丈夫よ、だってあなたがこんなに願ってくれているんだもの」


 ヒロインがこんなに無事を願ってくれている時って、願ってもらった方の運命は完全に無事か涙の最後をとげるかの二つに一つ。マギキンの作風は前者だし、きっと大丈夫だと思うわ。たぶん。メイビー。だったらいいな。


「それに何度だって言ってあげるけれど、私は“紅蓮の公爵令嬢”よ。立ちふさがる壁があったら得意の魔法で吹き飛ばすのが私でしょ?」

「……そうですね!」


 やっとアリシアに笑顔が戻ってくれた。許すまじハインリッヒ。あんたに少女漫画と乙女ゲームでのヒロインの涙は純金よりも価値があるということを教えてあげるわよ!


「だから……、もう離してくれても大丈夫よ……?」

「…………」

「……アリシア?」


 困った。アリシアがなぜか抱き着いたまま離してくれない。この子結構力強いわね。パンをこねるので鍛えられているのかしら? というかこれは本当に困った。微動だにしない。


「あっ、いたいたアリシア! ――って、うわぁー! レイナ様に抱き着いて!?」


 廊下の先から現れたサリアは、私たちの姿を見ると高速で現状を理解したのか、ダッシュで近づいてアリシアを妙に慣れた手つきで引きはがした。


 この光景、どこかで見たことがある。そう、あれは前世のテレビで見たアイドルの握手会にいるがし担当の人。握手の時間制限がきたらアイドルからファンを剥がす仕事人。


「あ、ありがとうサリア」

「いえいえ、レイナ様。そう言えばルーク様が呼んでいましたよ?」


 ルークが?

 なんだろう?


「わかったわ。でもアリシアが……」

「アリシアなら私に任せてください。大丈夫、慣れていますから。ルーク様は部室です」

「そう? じゃあ、よろしくね。ありがとうサリア」


 心優しいアリシアのことだから、きっと戦いというものを実感して固まっちゃったのね。だってマギキン原作にはこんな戦記物染みた展開はないもの。無理もないわ。


 後ろから聞こえる「アリシア、アリシアステイ!」という、サリアの暗号の様な言葉が少し気になりながらも私は部室へと急いだ。



 ☆☆☆☆☆



「ルークいるかしら、入るわよ?」


 私が部室に入ると、ルークは私の方に背を向けて立っていた。時刻はすでに夕暮れ時。紅の中にルークのシルエットが幻想的に浮かび上がる。


「呼び出しちゃってどうしたの? 何か用かしら?」


 夕暮れ時、教室に男女二人きり。そんなことは起こりえないと思っていても、少し意識してしまって声がうわずっていないか心配してしまう。


「ああ、お前にどうしても伝えたいことがあってな」


 ええっ!? ナニコレほんとにそういうことで呼び出されたの!?


 あわあわあわ。ルーク、あなたにはアリシアっていうヒロインがいるのよ。なんならサリアから借りて今から連れてきましょうか!?


「伝えたいことって……、大切な事?」

「ああ、笑われるかもしれないが、俺にとっては大切な事だ」


 ルークの口調はいつもと違ってシリアスそのものだ。私の知っているルークというよりも、マギキンでのルークを思い出すわ。


「私は笑わないわよ」

「そうか、そう言ってくれると助かる」


 私の言葉をかみしめるように彼が頷き、そして振り返る。


 ――夕日に照らされる美少年がそこにいた。


 なんだろう、相手はあのお子様ルークなのにドキドキする。でもダメよレイナ。さっきアリシアと仲良くしといて彼をアリシアから奪うなんて、そんなの裏切りクソ女ムーブだわ。


「この前の祝勝記念パーティーの時に思ったんだ、いいや、お前と初めって出会った日から思っていたのかもしれない」


 うん。これは完全にあれね。愛の告白だわ。ウヒヒ、私ったら恐るべき魔性の女ね。まさか攻略対象キャラの心を奪うなんて。


「記念だと思うんだ。俺達の関係の……」


 もうバッドエンドがどうとか知ったことじゃない。私はこの告白を受け、愛に生きる。マギキンのルークとはだいぶ性格が違うけれど、それでも彼は私が前世で恋焦がれたゲームキャラの一人。断る理由があろうか、いやない。反語。


「なあレイナ、俺に教えてくれ!」


 ルークはギュッと私の手を掴むと、情熱的に見つめてくる。


「教えてくれ――」


 妙にゆったりと時間が過ぎて行く。それに反して私の心臓はバクバクと鼓動が早くなっていく。


 続きの言葉は何かしら? 

 さあ、早く私に愛をささやいてちょうだい。


「教えてくれ、俺にあのご飯の上に魚介が乗ったやつの作り方を……!」

「――は?」

「は? とはなんだ、笑わないと約束しただろう」

「ごめんなさい。で、いま何と?」

「だから俺にあのご飯の上に魚介がのったやつの作り方を教えてくれと言った」


 うーん、これはあれね。


「それってもしかして、パエリアのことですか?」

「そうだパエリアだ! 教えてくれ!」


 これは告白なんかじゃない!!!

 全部私の勘違い!!!

 恥っっっっっっっっず!!!


 そうよね、所詮私は悪役令嬢。恥ずかしい勘違いをして世界にごめんなさい。最近ディランやパトリックとも良い感じになったと思ったけれど、きっと気のせいね。


 言われてみれば、初めてルークの前で作ったお料理はパエリアだった気がするわ。そう考えれば私たちの記念の料理。私たちの友情に乾杯。そしてさらば勘違い恋愛脳。


「え、ええ、教えてあげるわ。意外に簡単なんですよ、あれ」

「ああ頼むぜ! わくわくしてきたな。なんでもっと早くに聞かなかったんだろう」


 かくして私は超低いテンションのまま、超ハイテンションのルークにパエリアの作り方を教えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る