第131話 お嬢様は都が燃えている系のBGMを感じる
「終わったー!」
ついに私はやり遂げた。前世のブラックな勤務で培った
理不尽は世の中の常だ。しかし人は時として、避けることのできない難局を乗り切らねばならない。例えばそう――、
――冬休みの宿題を!
いやいやいや、絶対おかしいわよね!? 私って年末、つまり冬休みの半分は戦争に駆り出されていましたわよね? なんで普通に宿題はあるわけ?
まあその宿題も
「終わらせた自分を褒めたい。というか褒めて!」
私がやらねばならなかったのはなにも宿題だけではないわ。
お父様から任せていただいている飛び地の政務もだ。
結論から言うと、
今回の防衛戦は、はっきり言って王国存亡の危機だった。当然、私が任せて頂いている村々からも徴兵で兵士を集めているわけで、あの激戦だから怪我をしてしまったり、悪ければ無事に帰ることのできなかった方々もそれなりの人数いらっしゃるわけだ。
負傷者や亡くなった方が出た家は、当然貴重な働き手が不在になる。だから遺品と一緒に見舞金を持って頭を下げに行く。
お父様は私を思いやって、代役の役人にやらせればいいと言ってくれた。けれど私は私自身が行くのが礼儀だと感じたので自分で回った。
どの遺族の方々も私に恨みごとの一つも言わなかった。もしかしたらお貴族様相手に言えなかったのかもしれない。平和な令和の日本で得た知識と経験なんて、こんな状況だとカケラも役にも立たないわ。
本当なら起こるはずのなかった戦い、死ぬはずのなかった人々。全部ハインリッヒのせいにするのは責任転嫁かしら? 戦争を起こしているの自体はドルドゲルス帝国の皇帝だし、あいつがもたらしたのはきっかけだけ?
とにもかくにも、おとぼけ女神の言葉を信じるならハインリッヒは止めないといけないわ。そして誰か止めてくれれば楽なのだけれど、そうにもいかないから私がやるしかない。
「はあ……、やるせないわね……」
思わずため息が出ちゃう。だってか弱い乙女なんですもの。
「お嬢様は良くやってらっしゃいます」
「ありがとうクラリス」
クラリスが柔らかい微笑みで元気づけてくれる。マギキンの事も女神の事もハインリッヒの事も全部喋れて、悩みを聞いてもらったら楽なんだと思うわ。けれどそれはできない。だから今はこの微笑みだけで十分よ。
「お嬢様の御評判は、お嬢様が思っていらっしゃる以上でございます」
「ウヒヒ、そうだといいんだけどね」
「本当の事ですよ。例えば私が耳にした話ですと――」
☆☆☆☆☆
「おいバーナビー、ぼさっと突っ立ていると死ぬぞ!」
「は、はい!」
僕の名前はバーナビー・エプラー。農家生まれのしがない三男坊だ。平民に生まれ、平民相応の魔力を持ち、健康的な肉体をしていた僕は、今回の戦争で無事徴兵されて軍列に加わる事となった。
実際に戦闘が始まるまでは功をたてて褒賞金を得ることや、英雄と呼ばれることを僕は夢想していた。だが実際の戦場に立つと、すぐにその思いが酷く幼い考え違いだと実感させられた。
――ここは巨人の戦場だ。
戦場の主役は居並ぶ巨人、魔導機だ。僕ら徴兵された兵士たちは魔導機に踏みつぶされないように気をつけながら、上官の命令に従って槍を振るって陣地を制圧する。相手は同じく敵の歩兵、もしくは騎馬兵だ。
「う、うわあああ!」
「敵の魔導機だ!」
突如前方の味方がどよめく。そちらの方を見れば、敵の魔導機がぬっとこちらを見据えていた。
――終わった。
僕の儚くつまらない人生がだ。こちらの部隊に魔導機の攻撃を防ぎきることができるような、優秀な魔法使いは存在しない。なにせ徴兵された農民の集団なのだ。かくいう僕も小さな火を起こす程度の魔法しか使えない。
部隊の誰もが死の運命を確信した時、奇跡は起きた――いや、
「《火球》! みなさん、大丈夫ですか!?」
戦場に女神の声が響いた。深紅の鎧、特別製だという魔導機にその身を包んだ彼女の名前は、
――“紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーン。この王国きっての英雄だ。
彼女は敵の魔導機を瞬く間に粉砕し、僕らの無事を確認すると飛び去った。まるで夜明けの様な
戦場の煌めきが、魔法の怪しくも綺麗な輝きが、今日も兵士たちを飲み込んでいく。神よ。嗚呼、神よ。偉大なる六大神の女神たちよ。僕を生き残らせ、彼女の偉大さを記し広める機会をお与えください。
バーナビー・エプラー著、「従軍日記」より
☆☆☆☆☆
「――と、まあこのようにお嬢様はお味方を救っていらっしゃいます」
いやいやいやいや、作風! なんか戦場ドキュメンタリーみたいな語りをクラリスが始めたけれど、マギキンってそういうゲームじゃないから!?
乙女の為の愛と癒しの楽園ですから。そんな花の都が燃える
「ま、平和を求めて元気にがんばりましょうか」
「その意気ですお嬢様」
☆☆☆☆☆
「レンドーン、ドルドゲルスからの返答はあるか?」
「いえ、陛下。いまだ沈黙です」
私たちは祖国の防衛に成功した。しかし防衛に成功しただけだ。ドルドゲルスはいまだに大陸の多くをを制圧して存在しているし、いつまた侵攻を仕掛けてくるかはわからない。そこで外交的解決の糸口を探そうと使者をたてたものの、今日までに返答はない。
「陛下、ご決断を!」
「アスレスや他の国の民は暴虐に耐えているのです!」
陛下は悩まれている。渡海しての逆侵攻のリターンとリスクを天秤にかけられて。
今回戦場に立って感じたことは多くあるが、その中でもとりわけドルドゲルスの魔導機が多すぎることに違和感を持った。
魔導機のコアは、特殊な鉱石を核に外殻を金属で覆い、一定の魔力を注ぎこむことで完成する。材料的にも作業量的にも、短期間の大量生産は難しい
それをドルドゲルスは、侵攻に使う戦力だけであれほど膨大な数を用意してみせた。いかに魔導機に関して
一体これが何を意味するかまでは私にはわからない。だが、かの国において尋常ならざる事態が起きているのではないかと私は思う。技術革新、生産の進歩で片づけるには少し不可解すぎる。
「ドルドゲルスに正義の鉄槌を!」
「我らにしか成せぬことなのです!」
陛下は昨晩も私やトラウト公爵、それに負傷した身をおして出席したアデル侯爵らと遅くまで議論を重ねた。私の考えは伝えた。後は陛下のお心次第だ。
陛下は瞳を閉じて考え込まれている。
きっと頭の中では多くの要素が押し合いへし合いしていらっしゃるのだろう。
やがて陛下はカッと目を見開き、お立ちになられた。
そして右手を振りかざすと、力強いお言葉で宣言なされた。
「我らは渡海し、ドルドゲルスに逆侵攻をかける。あの暴虐の徒に我らの力を思い知らせるのだ!」
御前会議の場は喝采に包まれた。
私はいくつかの思いを巡らせながら、静かに手を叩いた。
☆☆☆☆☆
「我らは渡海し、ドルドゲルスに逆侵攻をかける。あの暴虐の徒に我らの力を思い知らせるのだ!」
当時の国王陛下であるジェラルド王のこの宣言は、あまりにも有名である。
かくして我らがグッドウィン王国は、当時大陸の大半を支配していた大ドルドゲルス帝国へと本格的に挑戦状を叩きつけることとなった。
私が幼いころ
なお
エリオット・エプラー著、「我らが王国の栄光ある歴史」より引用――。
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