第133話 あなたに心を奪われた
「集まってもらったのは他でもない」
そう話を切り出したのは、この部屋にいる中で一番の年長者――といっても、私たちより少し年上のシリウス・シモンズ先生だ。
そして話を聞いているのは私を始め、ディラン、ルーク、ライナス、パトリックの攻略対象キャラ。このメンバーだから先生がこれから話す内容も想像がつくわ。
「もう聞き及んでいるだろうが、大陸への逆侵攻が決まった。遠征第一軍の指揮は、負傷したアデル侯爵に代わってヒーニー侯爵が執られるそうだ。そして数日後には上陸作戦が
ヒーニー侯爵は確か王族にも近しい北部貴族だったわね。真面目そうなお顔の。ここまで決まっているなら私たちが第一軍で派遣されることはないか。
「お前たちには第一軍が橋頭保を築いた後で上陸する、遠征第二軍に加わってもらうことになる。時期は二週間後だ」
二番手か。つまり一番手の様に地獄の上陸戦を行う必要がないわけね。いいのかしら、私たちをまとめて次発に回しちゃって。
まあそこはお任せしましょう。なにせ私は前世で軍事オタクだったわけでも歴史マニアだったわけでもない。前世の知識を使ってどの作戦が有効だとか指図はできないわ。まあそもそも魔導機なんてものがあるんじゃ、仮に知識があったとしても活かせるかは怪しいわね。
「……随分落ち着いた反応だな。正直レンドーンあたりはもう少し狼狽するかと思っていたぞ」
「貴族の義務ですから……」
こちらの世界で生きて早十八年。いい加減“貴族の義務”というものを果たすのにも慣れてきた。
それにこれはハインリッヒを直接どうこうできるチャンスでもある。ピンチはチャンス。このわけのわからないロボットバトルな世界観になってしまったマギキンの世界を元に戻すチャンスよ!
見渡してみれば私以外のみんなも、覚悟はできているという顔をしている。冷静に考えるとキリリと引き締まった戦士の顔をしているイケメンの集団にまじるお嬢様の私っておかしくない? おかしいわよね?
「あれ? そう言えばエイミーは呼ばなくて良かったんですか?」
私たちの機体を作ったのはエイミーだし、整備してくれているのもエイミーだ。いつもの流れだとここで一緒に説明を受けていると思うんだけれど。
「キャニングは別件のため渡海しない。整備は騎士団所属の魔導機整備士が担当する」
はい女子一人確定。ウヒヒ、これが逆ハーレムってやつですわね……なんて喜べる気楽さはないわ。ディランたちとはもちろん仲が良いんだけれど、戦場という極限状態で気心の知れた同性がいるのといないのとでは違うと思うのよね。
いえ待って、クラリスも一緒に行くのかしら?
でもさすがに危ないから、私的には連れて行きたくはないんだけれど。うーん……。
「最後に一つ。俺もお前たちの隊長として従軍させてもらう」
「ええっ!? なんで先生がついて来られるんですか!? 危ないですよ!」
これはちょっと予想外だ。驚いたのは私だけではなく、ディラン達もだ。確かにシリウス先生は結構な腕の魔導機乗りよ。それは一年の時の卒業式で一緒に戦ったから知っているわ。でも一体何で……?
「危ないのはお前たちも一緒だろう? お前たちが貴族の義務を果たすというのなら、俺は大人の責任を果たす。お前たちは貴族である前に俺の生徒だからな」
先生の眼差しは穏やかだけれど鋭いものだ。思えばマギキンでのシリウス先生も、主人公であるアリシアの悩みに
それが先生の言うところの
「絶対に生きて、またこのエンゼリアへと帰れ。それが教師ではなく隊長としての俺の最初の命令だ。良いな?」
「「「「「はい!」」」」」
そうよそうよ。私にはアリシアの恋の行方を見届けなくちゃいけない義務があるわ。それにお料理研究会の活動もまだまだしたいし、テストで一回くらいはディランやアリシアに勝ちたい。私がこのエンゼリアでやることは沢山あるのよ。絶対に生きて帰らなくちゃ!
☆☆☆☆☆
出陣まで二週間。一週間前には一度自領へと戻って、そのあと王都を経由して東部の港に向かわないといけない。つまり私たちに残された学園生活はあとわずか一週間だ。
「レンドーン様、どうかご無事で」
「ええ、ありがとう。必ず無事に帰るわ」
私たちが出陣するという話が解禁されてから、学院中でレンドーン様、”紅蓮の公爵令嬢”様と激励の言葉をかけられる。先ほどのは名前も知らぬ二年生の女の子からだ。
「レンドーン様にお願いするのは筋違いかもしれませんが、どうか亡き父の仇を……!」
「……この戦いが終わり、あなたの心が早く
何度か見かけたことがある、同学年の女生徒が涙ながらに語った言葉だ。『死なぬはずだった人間が死んでいる』というおとぼけ女神の言葉が思い出されて胸が締め付けられる。
いろいろ考えこんだ私は、少し気分転換をしようといつもの人気の少ない裏庭にやって来た。まだ冬だし寒くてお花も咲いてないけれど、気分転換にはちょうどいい。
「はあ……、あっライナス、あなたも来ていたのね」
「ん? レイナか。どうしたんだ、こんな寂しいところへ」
「ちょっと気分転換にね。あなたは絵を描いているの?」
「ああ、どうしても出陣前に完成させたくてな」
ライナスの目の前にあるキャンバスは、以前見せてもらった女神の絵だ。見た感じ、あともうひと手間で完成と言ったところでしょうね。喧噪を嫌うライナスは寒空の下でも静寂の中での完成を望んだというところかしら。
「この絵を完成させたら告白しようと思ってな」
「……告白、ですか?」
なんかライナスがちょっと死亡フラグっぽいことを言い出したわ。こくはく、コクハク、告白……、やっぱり告白ですわよね。
「この絵は温かさや包み込むような光を表しているつもりだ。オレはどうしてもその温かさをオレのモノにしたい」
ライナスはマギキンでも結構独占欲の強いタイプだった。アリシアの事をギュッとしてチュッとしてバタン。思い出すとちょっと恥ずかしくなる。
「……一体どなたに告白されるんですか?」
「本当にわからないのか?」
「ひゃ、ひゃい!?」
ライナスが筆を置いて立ち上がり、右手をつく。柱とライナスの間に挟まれた私は、ちょうど壁ドンされる形だ。えっ、この展開また私の心臓バックバクなんですけど!?
「あの絵には何が描いてある?」
「め、女神ですか?」
「そうだ。そして女神はオレが最も美しいと思う女性の顔をしている。それは誰だ?」
「えっと……、私ですか?」
わ、私に一体何を告白するというの……!? 照れる暇もない。ライナスは火のついた様に私を責め立てる。私の心臓は破裂してしまいそうなくらい鼓動を高鳴らせる。
「お前が悪いんだ。オレは心を奪われてしまった」
ライナスは空いた方の手で私の
「オレはどうにもオレのモノにしたいという欲望を抑えられないらしい」
前言撤回。私はめちゃめちゃ動揺していますですことよ!?
もはや外の寒さを感じない。だってなんかポッカポカだもの。
よし、ライナスの発言を整理してみましょう。それでライナスの目的が分かるはずよ。温かい、包み込む、心を奪われた、お前が悪い、オレのモノにしたい。そこから導き出される答えは……!
「タコ焼き!」
「……は?」
「ライナスは、タコ焼きを食べたいと言いたいのですね?」
「え、いや違うが……」
「私の作ったタコ焼きを食べたくないんですの?」
「いや、そうは言っていない!」
「良かった。すぐに作ってあげるわね!」
なーんだ、回りくどい言い方をしてタコ焼きを食べたいって私に告白したかったのね。まったく、また勘違い女になるところだったわ……。サンキュールーク。
「安心してね、美味しいタコの入手ルートを確保してあるから!」
「あ、ああ、そうか……」
まったくもう、私を美人って褒めたのもこのためだったのね。まあ誉め言葉は受け取っておきますわ、ウヒヒ。
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