第120話 美味しいは正義

「――で、お嬢様ご自身は料理を作るのに専念し、指導や指揮はサリア・サンドバル様を始めとする他の方にお任せしたのですか……」

「そうよクラリス」


 マネジメント能力がないのなら、他人に任せてしまえホトトギス。昔の人は上手く言ったものね。え、言ってない? まあそこはどうでもいいわ。


「さも名案を閃いたかのように笑顔で仰られるところ恐縮ですが、名門レンドーン家の息女としてそれでいいので?」


 私の髪をくしでとかしてくれながら話を聞いていたクラリスは、何故か手を止めて疑問で返してくる。あれ、これほど良い方針はないと思うのだけれど?


「適材適所よ。できる人間がやればいいわ」


 我がお料理研究会では能力主義を採用しています。できる子がして、できない子は自分の得意な事で頑張りましょう。


「お料理研究会発足時に語られていた、人を率いる実績を作って云々という志はお忘れになられたのですか?」

「忘れたわ。それに会を立ち上げて運営して、各企画のアイデアを出したのは私だから実績は十分でしょう?」


 お料理の腕を上げる。私のお料理の評判を高める。アリシアと仲良くなる。そのほか諸々、デッドエンドや追放後を見据えた私の目的はおおよそ達成されつつあるわ。クラリスには言えないけれど、その中に人を率いるということは入ってないのよね~。


「それに、どーんと構えておく方が貴族的じゃない? こうやって髪をといてもらっているみたいにね」

「……まあそれは……否定できませんね」


 ウヒヒ、納得してくれたみたいね。私はお飾り会長として自由に生きる!

 ビバお神輿人生! ビバ天下り! ……は、少し違うかしら?


「それに他の皆さまは納得されたので?」

「ええ、私が言うのならってね。サリアも張り切っていたわ」

「お料理研究会にはお嬢様の信者しかいらっしゃらないのですか? ……いえ、いらっしゃいませんでしたね」

「なにか言った?」

「いえ、なにも」


 クラリスが何か早口でぼそぼそっと言った気がしたけれど、気のせいみたいね。


「私、頭は冴えるけれど、軍師とか参謀とかになりたい願望はないしね。まあ自由にやるわ」

「……頭は冴える? まあ確かに愚かな方ではないと思いますが……」

「なんか最近ストレートにくるわね。もう少しオブラートに包みなさいよ」

が何か存じ上げませんが、お嬢様との心理的距離が近くなったと思われてください」

「それもそうね。他人行儀にされるよりよっぽど楽だわ」

「気楽は結構ですが、せめて振舞いはレンドーン家のご息女として恥ずかしくないよう」

「わかっているわよ、クラリス」


 それからも二人で他愛のない話をして盛り上がる。それが私とクラリスの日課であり夜の過ごし方だ。このくらい気楽な日常が続けばいいのにな……。



 ☆☆☆☆☆



 やってきましたお料理研究会主催のパーティー「頑張ろうエンゼリア、頑張ろうグッドウィン王国」当日。会場は狙い通り大賑わいとなり、もうすでに成功と言って良いくらいよ。落ち込んでいる子たちもこれで少しは元気になってくれるといいな。


「――それで、今日は調理に専念して全体の指揮はサリアに任せたと」

「そうなんですよ殿下。はい、タコ焼きをどうぞ」


 というわけで今日の私は一介の料理人。メインを作り終えたので、現在はタコ焼き職人のレイナだ。


「まあ僕はそれでもかまわないと思います。レイナがこのお料理研究会を立ち上げて頑張ってきたことは何も損なわれませんから」

「理解していただいて嬉しいですわ殿下。美味しいですか?」

「ええ、このタコ焼きと称する食べ物は先日もいただきましたが、非常に美味しいですね。それに焼き型さえ準備すれば非常に安価にできるようですね。市井の方たちがこういった美食に触れるきっかけになると良いのですけれど」


 ウヒヒ、今日もディランは王子として満点の回答ね。美味しそうに食べる姿もグッドポイントだわ。


 ……タコ焼き頬張るディランでふと思ったんだけれど、私って食文化に関しては世界観ブレイクしまくりよね。これってギルティかしら?


 うーん。まあ美味しいってみんな幸せになるからよし! 美味しいは正義よ。ノットギルティ。無罪放免。これにて法廷は閉廷します!


「それにしても……」

「ど、どうしたのですかディラン? ……タコが硬かったかしら?」


 ディランが少し怪訝けげんそうな顔をして私を見つめるので、何か粗相そそうがあったかと焦る。学院内のデッドエンド要素がおおよそ消滅したとはいえ、天下の第二王子様に粗相をはたらいたとあれば即刻デッドエンド一直線もありえるわ。


「そんなことはありません。先ほども言いましたように美味しくいただいています。ただ……」

「ただ……」

「……その頭に巻いているバンダナ? は一体どうしたことですか?」

「ああ、これのことですか? バンダナじゃなくてじりハチマキですわ」

「その格好は……、淑女にあるまじき格好としてまたクラリスに怒られませんか?」

「何をおっしゃいます! タコ焼きを焼くのに捩じりハチマキを巻くのは作法です!」

「そ……、そうなんですか?」


 私の心の中のタコ焼き屋のおじさんは、捩じりハチマキをしろと言っている。つまりこれが正装、これが料理に望む者の礼よ。アリシアなんかはぜひ自分もしたいと言ってくれたわ。気持ちだけ受け取ったけれど。


 まあでも、ファンタジーな世界観の金髪ツインドリルお嬢様が深紅のパーティードレス着て捩じりハチマキしてタコ焼きを焼く光景はなかなかないかもね。令和の日本人みたいに、突飛なフィクション慣れしてないディランが戸惑うのも無理ありませんわね。



 ☆☆☆☆☆



「さてと、そろそろパーティーも終わりね……」


 前世で言うところの宴もたけなわですがと切り出される感じだ。

 そろそろ引き上げの準備をしましょうかしら? お皿を洗うのはエンゼリアのキッチンメイドたちがしてくれるんだけど、結構な量だろうし個人的にお手伝いしましょうかね。


「レイナ様……」

「うわっ、エイミーじゃない! 今日は来れたのね!」


 まるで幽霊みたいな声で話しかけてきたのは、ずいぶんとエイミーだ。このところ何やら魔導機関係で忙しいみたいで、週末となると王都に行く忙しい生活を送っているみたい。今日も忙しいだろうし、来ることができると思っていなかったわ。


「レイナ様がご主催するパーティーにでないわけにはいけませんから……」

「それはそうと、あなた大丈夫? 今にも倒れそうよ」

「大丈夫ですよ移動中の馬車の中では寝ていますから。ちゃんと寮のベッドに帰ることがある日もあります」


 なんというブラック生活。まるで前世の私じゃないの。【悲報】グッドウィン王国はブラックだった。


 でも彼女は高度な技術力を持つスペシャリスト。前世で言うところの官僚やエリート研究者の方だ。しがないブラックソルジャーだった私と同一視されても失礼よね……。


「それを大丈夫とは言わないわよ。ほら、これ食べて」

「美味しい。美味しいですレイナ様。久しぶりに味のする食事です」

「それが末期症状だって言ってんのよ。ほら、これも食べなさい」


 幽鬼のような状態のエイミーに、私は次々に栄養のつきそうな料理を渡していく。消化の事を考えて最初は《魔法式ミキサー》でつくったスムージー。そして柔らかく消化の良いものから順番にだ。


 これは……、もうお腹いっぱいと言っているのに、前世でおばちゃんが「食べなさい」と料理を渡してくる気持ちがやっと理解できたわ。


 カロリーよ。この子には今カロリーこそが必要なの。エイミーが無事に仕事を果たすことでこの国は戦える。つまり世界は救われる。イコール、カロリーがあれば世界は救われるわ。ビバカロリー。


「はあ、何とか回復しました。これもレイナ様のお料理のおかげです」

「ウヒヒ。それは良かったわ、エイミー」


 やっぱり美味しいって正義ね。こうやって空腹の友人を助けることができました。何とかパンマンさんありがとう。思わず悪役令嬢高笑い。オーホッホッホッ!


「エイミーはもう少し自分の身体を心配した方が良いわよ」

「ご心配ありがとうございますレイナ様。けれどこの激務の中では見えましたわ」

ってなんの?」

「王国が勝利するための道筋ですわ!」

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