第119話 国家の問題、私の問題

前書き

今回前半はレスター・レンドーン(レイナ父)視点です

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 同盟国アスレスの敗北。その凶報は我が国を混乱に陥れていた。


「してレンドーン。ドルドゲルスはどうなっている」

「はい陛下、アスレスを完全に平定するため力を注いでいるものと思われます」


 非常に厳しい戦いだということはわかっていた。

 だが大国アスレスがここまであっさりと敗北するとは。


 既にアスレス王国の命運は風前ふうぜんともしびであり、アスレス王家を始め主要な貴族のいくらかは海を渡って我が王国に亡命している。はからずとも、先日アデル侯爵のご子息が提案した作戦で敵の浸透部隊を排除し、制海権を確実にしていたのが功を奏した形だ。


「では、それが終われば次は我が国ということか?」

「まず間違いないかと」

「海を越えてか? 元来がんらい陸軍国家のドルドゲルスにその力が……?」

「先日鹵獲に成功した新型の水陸両用魔導機と、〈ブリッツシュラーク〉を始めとした飛行可能な魔導機の存在があります。アスレスを制圧したならば侵攻は可能でしょう」


 敵は魔導機をもって空も海も制した。半面我が国の〈バーニングイーグル〉は搭乗者の力量にもよるが、そのどちらもおぼつかない。


「それではなんとする。むざむざ侵攻を許せと?」

「それについては陛下、アデル卿よりご説明させて頂きます。では、アデル卿」

「承りましたレンドーン閣下。陛下、敵の魔導機に対抗しうる新型を、我が騎士団は開発中でございます」


 開発は順調。順調なのだが……実際のところ敵の大規模侵攻までに開発、量産が完了するかは厳しいところだ。


「なるほど。その新型とやらがあれば侵攻は阻止できると?」

「我ら騎士団、一命を賭して成し遂げて見せます」


 魔導機がある戦場は、それ以前の戦場と比べて全くの別物だ。そして既に試作機を含めれば数十種単位で開発されているという敵の多種多様な魔導機への対策。これは歴戦のアデル卿をもってしても難題だろう。


「それで、敵の攻勢はいつ頃になる?」

「可能性としては二か月後、つまり年末かと」


 アデル侯爵ら武人の軍事的見地、トラウト公爵らの魔法的見地、そして私やラステラ伯爵の内政的見地による予想だ。各種情報を精査した結果だ。かなり精度は高いと思う。


 ――つまり来年この国が存在するかどうかは、その戦い次第だということだ。



 ☆☆☆☆☆



「パーティーを開催します」


 お料理研究会の今後の活動を決める会議で私はこう提案した。

 会議の参加者は私を含む三年生の四人。本当は民主主義の概念に則って一、二年生も含めた全員で決めたいところだけど、さすがに人数が多すぎるからね。


「パーティーを? こんな時にか?」

「こんな時だからこそよルーク。みんなを美味しいお料理で元気づけるの」


 生徒たちは不安に駆られている。肉親の安否が分からない子もいるんだから当然よね。まだ実行には移されていないみたいだけれど、学院を離れて自領に帰ろうとする動きもあるみたい。


 だからありきたりかもしれないけれど、美味しいお料理を食べてもらってみんなに元気をつけてもらうことくらいしか私は思い浮かばない。


「私は賛成です。こういう時に一人で考え込むのが何より一番悪いですから」

「ありがとうアリシア。サリアは?」

「私も賛成です。現在の部員の数を考えれば、十分に全校生徒の分の料理を作ることができます」

「そうね。えっと……ルークは?」

「おいおい、俺も別に反対なんて言ってねえぜ。テスト勉強する前にいっちょ派手に盛り上がるか」

「これで決まりね。じゃあ私とアリシアでメイン、ルークはデザート、サリアは材料の手配をお願いね。じゃあ頑張っていきましょー!」



 ☆☆☆☆☆



 私も青春がしたいからと思い付き、たった四人で始まったお料理研究会。それが今では四十五名を数える学院でも有数の大所帯だ。「料理なんて使用人のすること」という考えがデフォルトの貴族社会に、これだけ爪痕を残せただけでも偉大だわ。けれど一般的に組織とは大きくなるほど鈍重になり、かゆいところに手が届きづらくもなる。


「レイナ様、ここからどうすれば……!?」

「それは冷やしながら素早くかきまわして、固まったら――」

「レイナ様ー! 何かぐちょって、ぐちょってなりました!」

「そ、それは置いといて新しいものにチャレンジしましょう。失敗しても大丈夫よ」

「会長! なんか焦げ臭いです!」

「あわあわあわ、すぐに火を消して! 大丈夫? ヤケドはしてないかしら!?」


 多忙。一年生部員の練習の段階ではなはだ多忙を極める。

 そうよね。ほとんどの子がお料理未経験ですものね。こんな感じになるわよね。


「レイナ様、お疲れでは? ここは私が見ておきますから少し休憩を」

「え、そう? ではお言葉に甘えて。ありがとねヨランダ」


 私を気づかって話しかけてくれた二年生部員、ヨランダの褐色の肌にも玉の汗が浮かんでいるけれど、精神的にいっぱいいっぱいだった私はありがたくその言葉に甘えた。



 ☆☆☆☆☆



「はああああああああー」


 誰も見ていないところだと、長く大きいため息が出てしまう。一年生部員の料理の腕にじゃないわ。自分のマネジメント能力の無さによ。所詮前世はしがないブラック企業ソルジャーだった私にこの人数は難しいか……。


「はあ、去年四人入ってきた時に悩んでいた自分が馬鹿みたいだわ……」


 いえ、去年も去年で怖がられない接し方で悩んだんですけれどね。この程度のマネジメント能力でこの先立派な貴族としてやっていけるのか……、


「いやいやいや、やってかないから。私の望みはスローライフよ!」


 そういえば他のみんなはどうやって教えているんだろう?

 人数が多いこともあって、各三年生について四組に分かれてもらって練習をしている。もう少しだけヨランダにがんばってもらって、少し他を偵察してこようかしら?



 ☆☆☆☆☆



「そうだ。俺はここで氷魔法を使うんだが、制御が難しい。だから氷をつかって冷やすのが良いだろう。時間はだいたい――」


 ルークは理論派で、意外にもと言ったら失礼だけど説明上手だ。まあ原作の時点で創作魔法とか創る頭脳があるし、それにプラスされてある程度の社交性が付加された今、当然と言えば当然の結果よね。


「ルーク様、こちらはどうしたらいいのでしょうか?」

「ん? 見せてみろ」


 あらあらまあまあ、女の子たちの目がハート。アリシアという強力なライバルがいるけれど、ルートが確定していない以上チャンスはあるわよ。



 ☆☆☆☆☆



「――ということになります。ではやってみましょう」

「「「はい!」」」


 秀才のアリシアは勉強だけでなくてお料理の教え方も上手い。まず分かり易い説明、次にお手本、最後に作ってもらう綺麗な流れだ。


 笑顔、口調、話のテンポ。端から見ている私からしても、とてもわかりやすいわ。


「あ、この材料の分量をよく見てみて」

「はい!」


 おまけに男の子たちは早くもアリシアのヒロインオーラにメロメロみたい。さすがヒロイン、良い匂いがしそう。ていうか良い匂いが絶対するわ。あんなに近づいて教えられたらイチコロね。



 ☆☆☆☆☆



「はい、じゃあ今度はこちらの材料ですよ。下ごしらえのポイントは――」


 元々お料理をしたことのなかったサリアは、自分ができなかっただけに教え方も要領を得ている。その堅実な教え方は、習う側にとってもありがたいわね。


「材料の手配ですけれど、お野菜は地域によって価格が違います。例えば今の時期の北部は――」


 そしてサリアは材料の手配などの指導も行っている。

 美味しい野菜の見分け方、お魚の輸送ルート、お肉の買い付け。あらためて考えると結構な作業量を彼女はこなしている。我がお料理研究会の縁の下の力持ちと言って良い存在だわ。


「サンドバル先輩、休憩されてはいかがですか?」

「ありがとうリリー、でも大丈夫よ。レイナ様たちのお仕事量に比べればなんともないわ」


 そう言って気丈に頑張るサリア。はて、そんなに素晴らしい「レイナ様」とはどなたかしら?

 ごめんなさい。私は今、後輩に任せて休憩を兼ねた偵察中です。たぶんその頑張り屋なレイナ様という方は私と別の方でございます。


 それにしてもサリアはすごい。マネジメント能力は研究会一かもしれないわね。つまり私のとるべき最善の選択肢は……!

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