第118話 タコ焼きとは地球だと昔の人は言いました
海での戦いは無事勝利に終わった。私がビリビリやられている裏では、ルークが敵魔導機を鹵獲したりパトリックが〈ブライトスワロー〉の完成にはしゃいで大騒ぎしていたらしい。私的にはせっかく海に行ったのにスイカの一つも割らないとは何事よと思うけれど、何はともあれみんな無事でよかったわ。
「ライナス、ライナスはどこかしらっとー」
数日後。私は校舎をうろつきライナスを探していた。
美術室にはいなかった。となるとライナスの居場所は――、
「あっ! いたいた。探したわよライナス!」
「ん? レイナ?」
ライナスを見つけたのは、アリシアがライナスと出会った人気の少ない花園だ。ライナスはよくここで絵を描いているからね。今日も予想通り。攻略対象の好む場所を知るのは、恋愛ゲームの基本中の基本よ。憶えておくように。
「ライナス、お邪魔かしら?」
「そんなことはありませ――ないぞ。好きにするがいい」
「見当通りの場所にいてくれて良かったわ。冷めちゃうといけないからね」
「冷める……? それのことか?」
ライナスはきょとんとした表情で、私が手に持つお皿を見つめる。そう、私がライナスを探していたのはこれを食べてもらうためよ。
「ライナスは海に行けなかったからお土産よ」
「土産? これは……前作ったベビーカステラか?」
私は以前、何度かベビーカステラを作ってみんなに振舞ったことがある。一つ食べると二つ三つと止まらなくなるのよねー。前世のふわっとした記憶を元に、焼き型を鍛冶職人に作ってもらい実現した一品だった。
「違うわ、あれは甘い系だけれどこれはご飯系よ」
ころころしたフォルムはベビーカステラと一緒ね。けれど違う。まあ形が一緒なのは焼き型が同じだからなんだけどね。
「言われてみればソースがかかっているな」
「ええ、納得のいく味になるのに苦労しましたわ。さあ召し上がれ」
「ああ、いただこう」
ライナスは用意していた楊枝でそれを突き刺して、ひょいと口に運ぶ。あ、熱いから気をつけてっていうの忘れていた。ライナスがハフハフしているわ。
「外はカリカリで中はドロドロ、新しい触感だな。それにこれは……タコか?」
「正解です! 海からのお土産はこのタコでした~!」
私が作ったお料理。それはそう、たこ焼きだ。
別に関西人じゃないけれど、あの海の戦いで何故かタコ焼きを食べたくなった私は、帰り際に魔導機で近くの漁村に乗り付けて新鮮なタコを沢山買ったのだった。
購入したタコはタコ焼きを食べさせてあげることを条件に、“氷の貴公子”ルークの繊細な氷魔法によって冷凍され、新鮮なままこのエンゼリア王立魔法学院へと運ばれた。
後はサリアの
なお、最新鋭魔導機でのタコの買い付けに難色を示したパトリックだったけれど、今回の戦いに私を騙して連れてきたということをチラつかせて承諾を得た。タコ焼きのためなら私は悪役令嬢にだってなるのよ。オーホッホッホッ!
「お味はどうですか?」
「うん……
「ウヒヒ、それは良かったわ」
いやあ、「美味しい」と言われると苦労した甲斐があるってものよね。しかも美味しいたこ焼きって、料理しない人が考えるほど簡単じゃないし。
タコと生地のバランス、ソースとの相性、そして一瞬の油断も許さない焼き加減。タコ焼きは芸術よ。
「そういえばライナス、今は何を描いているの? お外だしお花の絵とか?」
「こっ、これは……」
私が横から覗こうとすると、何故かライナスは慌てて隠そうとする。いつもは自信満々に見せてくれるのに。なんだろう?
「これは……女の人ですね。光り輝いて何だか神々しい」
「これは女神の絵だ。外で描いているのは単に気分転換だ」
うっ……女神。なんだか女神という単語を聞くだけで
ライナスの描いている女神も、私の知るおとぼけ女神に反して見事に神々しいオーラを放っている。完成した暁にはどっかの聖堂にドーンと飾られるんでしょうね。
あれ、でも待って。この女神の顔どこかで見覚えがあるような……?
「なんだかこの顔、私に似てないかしら?」
「き、気のせいだろう」
「女神って基本的にこの世の物とは思えない美女として描きますよね。だとしたらこれに似ている私はライナス基準だと絶世の美女なのかしら?」
「たまたま、たまたま似ているだけだろう」
「ウヒヒ、そういうことにしておきますわ」
レイナ・レンドーンは悪役とは言え乙女ゲームの登場人物。確かにお顔は綺麗だ。ここは謙虚にそれなりに整っていると表現するところかもしれないけれど、事実として顔立ちは目がきつそうなところが気になる以外は美人と言っていいわ。まあ昔からライナスはよく私を描いているし、描きやすいそれなりの美人顔が私のお顔なのかしら?
女神。はあ……、女神か。前世の私が女神の様とか言われたら、嬉し恥ずかしでわちゃわちゃだったでしょうけど、自称女神の知り合いができた今となっては罵倒に聞こえる不思議。
「頑張ってくださいね!」
「ありがと――まあオレの作品だからな、必ず良いものになるさ」
「ウヒヒ、そうですわね!」
☆☆☆☆☆
最近、図らずとも学生と魔導機乗りの二足の
「シリウス先生、どうしたのかしら?」
「珍しいですよね。急な用事が入ったとか?」
「トイレじゃないか? トイレ」
「こらリオ、もう少しお淑やかな表現をしなさい」
隣に座るリオやエイミーとああでもないこうでもないと話をしていたら、入り口の扉を開け放ち、それほど慌てた様子もなくシリウス先生が教室へと入ってきた。
「すまない、事情があって遅れた。講義を始めたいが、その前に一つ皆に伝えなければならない事がある」
シリウス先生はどこか緊張した面持ちでそう切り出した。こちらの反応に気を使う様な、言葉を選ぶような感じだ。
「皆も当然知っていると思うが、我が国はドルドゲルスの覇権主義に対抗するため、同盟国であるアスレス王国に救援として魔導機部隊を送っている。この中にも家族が参加している者もいるかと思う」
何人かの生徒が、話の内容から察して息を呑む。父か兄か、家族が参加しているであろう生徒は悲痛な面持ちへと変わる。
「……さる二日前。二日前のことだ。我が軍とアスレス王国の連合軍は、アスレス王国西部のアルメーヌにてドルドゲルス帝国軍と会戦」
先生がここまで話を進めると勘の悪い生徒も内容に気がつき、教室はシリアスなムードに包まれた。
「我が連合軍は……。我が連合軍は大敗を喫し、壊走。派遣部隊の安否は確認されていない。敗走した兵は長蛇の列となってアスレス王都アラメへと戻ってきているようだ」
教室の方々からすすり泣く様な声が聞こえる。バンっと、行き場のない怒りや悔しさを拳にして机に叩きつける音も聞こえる。
「取り繕わずに現実を言おう。もはやアスレス王国に組織だった防衛は期待できない。全土の制圧は時間の問題だろう。そしてドルドゲルスの次の獲物はおそらく……この国だ」
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