第110話 父親たちの悩み

前書き

今回はレスター・レンドーン(レイナ父)視点です

―――――――――――――――――――――――――――――――


「――ということになっております。以上が、反乱鎮圧後の我が国の体制になります。我ら一同、粉骨砕身ふんこつさいしんして尽力じんりょくいたしますゆえ、どうかご安心なさりますよう」

「うむ。そなたの献身、嬉しく思うぞレンドーン」

「非才の身に格別のお言葉、まことにありがたく頂戴いたします」


 ――どうしてこうなった。


 仕事がしやすいように派閥固めはしたが、王国一の大勢力を築こうとは思わなかった。私はただ、我が娘レイナが将来苦労しなくていい程度に裕福な家系を維持したかっただけなのに……。


 愛する妻のエリーゼに乗せられるままに、つい……そう、ついなんだ。上手く事が運ぶのでつい取り込みを頑張ってしまった。


 それが気がつけば王国を二分する派閥に、そして政敵であるルーノウ公爵の反乱失敗により、一躍いちやく一大勢力へと躍り出た。天運があるとはこのことだろうか?


 いやだって、反乱の兆候があるとわかったら鎮圧するしかないじゃないか。それに極力反乱勢力を減らそうと思ったのなら、切り崩し工作を行うのは当然のことわりだ。


 しかし勢力の拡大は王から野心を疑われるし、領地が増えれば仕事も責任も増えるし、決して良い結果ではない。人手が足りなくて、愛する娘にまで領主代行をさせる始末だ。


 でもさすがはレイナ、領民の反応は中々好評のようだ。

 この前は土木工事もこなしたそうだ。……領主自ら土木工事?


「してレンドーン、例の件をそなたに問おうと思っていたところだ」


 ほらきた。問い詰められるのは何だろうか。

 旧ルーノウ派の人間を積極的に召し抱えていることだろうか? しかしそれは、主君の貴族位剥奪により路頭に迷う優秀な者のための救済措置。優秀な人間を遊ばせておけるほど今の王国に余裕はない。


「聞きたいのは、我が息子ディランとそなたの娘の仲の事だ」

「は――はあ? い、いえ失礼いたしました。我が娘レイナが何か王子殿下にご無礼を?」

「そうではないレンドーン公爵。父であるそなたから見て、そなたの娘はディランに好意を抱いていると思うか?」


 さて、どう答えたものか。ディラン殿下とレイナは幼き日よりの付き合い、仲が良いとみて間違いない。第二王子に嫁げる身分でもある。しかしここで将来的な婚姻を望む発言をするのは、野心の発露と思われないだろうか?


 さんざん悩んだ末に私は――、


「学友として仲良くして頂いているとは存じますし、先だっての戦闘でも見事な連携を見せたと聞きます。しかし男女の仲かどうかはわかりません」


 ――玉虫色の返事をすることにした。


 実際レイナは我が家でディラン殿下や他の男の子の事を“良い友人”としか称さないし、親の私から見ても恋する乙女の表情は見せていない。娘が家で話すのはもっぱら料理の話だ。


「そうか……、まあこういう事はディラン本人に任せてある」

「はっ、それがよろしいかと」

「うむ。つまらぬことを聞いたな、下がってよいぞ」

「はっ、では失礼いたします」



 ☆☆☆☆☆



「やあ、レンドーン公爵。国王陛下へのご報告かな?」

「お察しの通りです、トラウト公爵」


 国王陛下への報告の帰り道、宮廷の魔法を司るトラウト公爵から声を掛けられた。


 元来政治的な中立を掲げるトラウト家とその一門だが、レイナが魔法の才に恵まれご子息のルーク殿と縁があったからか、当代のトラウト公爵とは協調関係にある。


 魔法に対して誠実ないかにも魔法の大家の当主といった具合の真面目そうな男だが、若い時はその容姿の良さで女性から騒がれる恋多き男だったことを私は知っている。


「ところでレイナちゃんは元気かな?」

「ええ、レイナも元気でやっていますよ。最近では領主代行も任せています」


 私が言うのもなんだが、トラウト公爵はレイナに対して非常に甘い。もしかしたら実の息子に対して以上に。レイナの才をルーク殿から聞いて以来、大量の秘伝とも言われる魔導書を送っていただいた。


 ちなみに彼の父である先代のトラウト公爵もレイナに甘い。娘よ、その方は“お菓子をくれるお爺ちゃん”ではなく、マッドン殿と並び称される偉大な魔法使いなんだよ。


「それは良かった。ところで、ルークとの婚約は考えていただけたかな?」

「そのお話ですか。それはレイナ自身が決めることですので……」

「残念だ。レイナちゃんを娘と呼べる日がくるのが待ち遠しいよ」


 先ほどの国王陛下の言い回しをまねてみたが便利だな。

 しかしトラウト公爵は心底待ち遠しそうな顔だ。魔法的な才能の事もあるが、実際レイナの性格も気に入って可愛がってくれていることは事実だろう。父親としては喜ばしいことかもしれない。


「やあやあ両閣下、そろい踏みで何を話されているので?」


 大きな声と共に現れたのは王国の武門随一の実力者、熊の様な大男のアデル侯爵だ。


 今回の反乱の鎮圧と、その後の諸外国への牽制は彼の協力なくしては不可能だった。八年前の一件で幸運にも親しくなっていて良かったとつくづく実感する。


「これはアデル卿。いえなに、レンドーン家のレイナ嬢がいつ我が家に嫁に来られるのかと問うていたところですよ」

「それは聞き捨て成りませんなトラウト閣下。レンドーン家のご息女には我が息子パトリックとの縁談こそが良いと存じ上げる」

「それは譲れませんなアデル卿。私は再三再四レンドーン公爵にお願い申し上げているのです」

「我が家とてかねてより婚約の締結を求めておる」

「まあまあ、お二人とも。まあまあ……」



 ☆☆☆☆☆



「はあ……」

「どうされました、レンドーン公爵?」

「ああラステラ殿。いや、嬉しい悲鳴というかなんというか……」


 父親として娘の縁談先がより取り見取りなのは嬉しい。だがちょっと嫁入りは待ってほしい。まだまだレイナには私たち夫婦だけの娘で居てほしいのだ……。あと三年、いや五年……。


「はっは、富める者の悩みですなあ」


 ラステラ伯爵は私の表情を見て察したのか笑って見せる。

 彼が協調姿勢を見せてくれたことで西部地域は安定し、私は安心して他方面の取り込みに乗り出すことができた。政治よりも美術品に興味を示す男だが、その実やり手だ。


「まあ、私はレイナ嬢には政治的な喧騒けんそうから離れていただき、ライナスと共に過ごすのが最善と思いますけどね」

「ラステラ殿、君もか……」


 重ねて言う。娘を持つ貴族の父親としては嬉しい悩みだと思う。だがこの問題の解決は、もしかしたら直近に迫るドルドゲルス対策を超えた私の最大の悩みになるのではないだろうか?



 ☆☆☆☆☆



☆グッドウィン王国の動向

 ルーノウの反乱に与した貴族の鎮圧を終え、領主が浮いた領土は分配された。結果的に国王直轄領も増えたため王家の力が増したが、それ以上にレンドーン公爵家が強い力を持つようになった。

 ドルドゲルスへの再三再四の謝罪と賠償の要求は無視され懲罰戦争論が巻き起こるが、国王やレンドーン公爵の主流派は国内の安定を優先させたいのと、渡海しての侵攻の難しさを考え否定的。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る