第4章 Destiny~決意~

第111話 破滅の年が始まる

「ほんと、こんなに世間が騒がしくても学校は始まるのね……」


 ルーノウ公爵の反乱。その支援をしていたであろうドルドゲルス。そしてその背後で手を引いているでしょう、世界を歪めし者ことハインリッヒ。この国――いえこの世界を取り巻く状況はかくも混迷を極めている。


 けれど夏休みは普通に終わり、学校が始まる。


 嗚呼、向かうは麗しのエンゼリアだというのに、お休み明けというのはどうしてこう気が滅入るのでしょう。前世から私の根っこにある、お勉強嫌いな性格は改善されていないようね。


「学べる機会というものを大事にしなくてはなりませんよ、レイナお嬢様」

「わかっているわ、わかっているわよクラリス」


 たしなめるクラリスの言葉に、私は少しげんなりして返事を返す。


 学べる機会は重要、特にこの平等なんて言葉から程遠い世界では。そんなことわかっている。わかっているのよ理屈では。でも全て理屈に従って合理的に生きることができたら、世界は今頃勤勉な人間だらけだわ。


 しかしいま私の頭を悩ませるのは、学校よりも変質者のハインリッヒだ。おとぼけ女神の言う通りならあいつをどうにかしなくちゃならない。


 おとぼけ女神の口ぶりから判断すれば、魔導機なんてものを開発して戦いを広げていることが原因だから、捕まえて縛り付けでもしたらいいのかしら?


 けれど外国の貴族であるあいつを簡単にどうこうできないわ。刺客を送り込んで攫いでもすれば即外交問題。栄華を築きつつあるレンドーン家も危うく破滅の道だ。


「はあ……、素敵な恋の一つでもあればテンションが上がるのに……」

「……お嬢様はもう少し視野を広く持たれるべきかと存じ上げます」

「休み明けからお説教はいいわよクラリス」

「いえお説教ではなく……。その……失礼いたしました」


 馬車に揺られてガタゴトガタゴト。ついにマギキン破滅の予言の年。そしてマギキンでは存在しなかった数多の問題が行く手を阻む。エンゼリア王立魔法学院三年目の生活が始まる――。



 ☆☆☆☆☆



「おおレンドーン、早い到着だな」

「シリウス先生! お久しぶりです。三年生となって色々ありますので、今年は早めに学院に戻りました」


 エンゼリアにたどり着き馬車を降りようとしたところ、シリウス先生が駆け寄って来てくださった。まだ講義が始まるまで三日あるけれど、先生も大変なお仕事ね。


「そうか。そう言えば、レンドーン久しぶりになるな」

「私とは……?」

「ん? い、いや何でもないんだ。そうだ、反乱事件解決の礼をまだ言っていなかったな。ありがとう」

「いえ、お礼なんてそんな……」


 今回ルシアと戦ったのはいろいろな成り行きが重なった結果だ。お父様から言われたという家の都合もある。だからお礼を言われても少し悩むわ。それにお礼を言うシリウス先生だって、生徒を護るために今回は生身で戦ったらしいし。


「謙遜するなよ、お前のおかげで被害は最小限に抑えられた。それにお前たちを護るのは本来俺達大人の役割だ。貴族だとか関係なしにな」


 うーん。人間出来てるわねー。確か設定年齢二十そこそこだっけ?

 前世の私が同じくらいの年齢の時は、まだ仕事にも慣れていなくて四苦八苦していたと思う。とても他人を気遣う余裕なんてなかったわ。


「まっ、“紅蓮の公爵令嬢”なんて呼ばれているがいろいろ抱え込むなよ。有意義な三年生を送ってくれ」

「は、はい! 最上級生となった心構えを――」

「はははっ! そう気を張らなくてもお前の成績と素行は心配してないさ。それじゃあまたな」


 シリウス先生は笑いながら私の頭をポンポンと軽くたたくと、手を振りながら去って行った。なんか去り際私の後ろに目線がいっていたような?


「どうされましたか、お嬢様?」

「うーん。クラリスしかいないわよね……」


 そうよねえ。私の後ろにはクラリスくらい。シリウス先生も特にクラリスに用事はないだろうし、私の思い過ごしかしら?



 ☆☆☆☆☆



「弱気外交ではダメでしょう。なんのためのアスレス王国との同盟ですか!」

「そうです、現にドルドゲルスのやからが裏にいるのは確実なのです!」


 グッドウィン国王ジェラルド陛下を前にした御前会議ごぜんかいぎ。国の方針を問う会議は、侃侃諤諤かんかんがくがくの議論が巻き起こっていた。


「ドルドゲルスの脅威、レンドーン閣下も訴えていたではありませんか」

「それはまあ……その通りですね」


 確かに私――レスター・レンドーンは、反ドルドゲルスを標榜し派閥固めを行った。その方針は今も揺るぎない。しかし、大陸に侵攻軍を送るとなると話は別だ。いま我が国が優先すべきことは、反乱でズタズタになった政治システムを安定させることだ。


「アデル侯爵、我が国に大陸への侵攻能力はありますか?」


 私は血気にはやる貴族たちを抑えるべく、武門の重鎮であるアデル侯爵に話を振る。彼も私の意図をわかっており、任せてくれと目で示してから語り始める。


「率直に申し上げる。我が国に渡海して大陸へと侵攻し占領統治する能力はないと。木っ端の小国が相手ならまだしも相手はドルドゲルス。そう易々といきませんわい」

「えらく弱気ですな、アデル卿」

「何とでも言ってくれてかまわん、事実なのでな。さほどにかの国の魔導機兵団は強力なのだ」


 強国である大ドルドゲルス帝国の魔導機兵団相手に補給や派兵に不利な渡海をしての戦いは、例えアスレス王国の協力があっても難しいだろう。


 図らずも最大派閥の長となった私だが、それでも国内の論調を統一できているわけではない。ドルドゲルスへの懲罰戦争論は、身分の貴賤を問わず人気だ。私とて可愛い娘のレイナを何度も危険に合わせたかの国に対して、内心が煮えくりかえっているのは事実だ。けれどその気持ちを抑えねば、この難局は乗り切れまい。


「敵の〈ブリッツシュラーク〉と呼称される新型には飛行能力があります。それに反してわが軍の主力である〈バーニングイーグル〉は飛行能力どころか全体的な能力も劣ります。現実的に現在戦いを挑めば不利です」


 確認された新型魔導機、〈ブリッツシュラーク〉は空を飛べる。渡海能力があるかは不明だが、密偵の報告によるとどうやらドルドゲルスは水陸両用の魔導機を含めた多数の新型を開発中らしい。


 我が国には敵の新型を凌ぐ、エイミー・キャニング嬢のハイエンド試作機が存在する。あれをどうにか大量生産品に落とし込めれば……。防衛で耐え、時間さえかければ必ず我が国は技術力において逆転するはずだ。


 聞けばディラン殿下が乗る〈ストームロビン〉はまだ使っていない機能がいくつもあるという。それに〈ブレイズホーク〉の追加装備も開発中とのことだ。


「であるから防衛線に主眼を置いて――」

「し、失礼いたします!」


 私が我が国の今後の防衛方針を語ろうとしたところ、突然議場の扉が開け放たれ、息も絶え絶えな一人の文官が入ってきた。


「なんだ!? 王の御前であるぞ!」

「き、緊急の案件です!」


 駆けこんできた文官のただならぬ焦り様に、嫌な予感がぞわりと走る。


「密偵によるとドルドゲルスは数日前、近隣三か国に侵攻を開始。恐るべき量の魔導機ということです!」


 破滅への道筋が始まった。そんな心地だった――。


―――――――――――――――――――――――

~補足~

位置関係について

グッドウィン王国→イギリス

アスレス王国→フランス

ドルドゲルス帝国→ドイツ

小三ヵ国→ベネルクスらへん

と、現実の国家の位置に当てはめて頂いておおむね大丈夫です

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