第109話 初めてのおとまり
前書き
今回はアリシア視点です。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「それじゃあお父さん、お母さん、行ってきます!」
「アリシア、くれぐれも失礼のないようにね。公爵様や奥方様にもきちんとお礼を言うのよ」
「わかっているわお母さん。私これでもエンゼリアに通う淑女なのよ。テーブルマナーだって勉強したんだから」
「本当に手土産はパンで良いのか?」
「ええ。お父さんも知っているでしょう? レイナ様ならきっと喜んでくださるわ。それにうちはパン屋なんだから」
私――アリシア・アップトンは両親に別れを告げて、迎えの馬車へと乗り込む。
今日は夏休みだというのにレイナ様にお会いできる。しかもレイナ様のお家、つまりレンドーン公爵邸におとまりなのだ。お、と、ま、り、なのだ!
嬉しい嬉しい嬉しい。なんて喜ばしい日なの。私が行くのは女神の楽園よ。嗚呼、レイナ様はどのようなところで育たれ、どのような寝室でお眠りになるのだろう。そして夜は私と二人きりの――、
「アリシア、私も一応いるのは知っているよね?」
「当然じゃないサリアちゃん。迎えに来てくれてありがとう」
サリアちゃんもいるから二人きりではないけれど、これを機にレイナ様の事をもっと知ることができたら嬉しいな。
☆☆☆☆☆
「こっ、これがレイナ様の、レンドーン家のお屋敷……!」
「さすがは“王国の金庫番”、同じ貴族とは言え
レンドーン家のお屋敷は想像以上に広い場所だった。エンゼリアに入学した時もその豪華さに驚いたけれど、レンドーン公爵邸はそれとはまた別格の凄さだ。
貴族趣味と聞いて思い浮かぶような無駄に金ピカな感ではない。平々凡々の平民である私がわかるほど置かれている全ての物の質が違うし、庭や建物の全てが最上級であると訴えかけてくる。同じ貴族のはずのサリアちゃんが驚いているのがその証拠だ。
「アリシア、サリア、私のお家にようこそ! 歓迎するわ!」
「ご招待ありがとうございますレイナ様! あっ、これお土産です」
「美味しそうなパンだわ! ありがとうね、アリシア」
「お招きいただきありがとうございますレイナ・レンドーン公爵令嬢様。このサリア・サンドバル、望外の喜びでございます」
「そんな堅苦しい挨拶は良いのよサリア。貴族のルールなんて忘れて楽にしてちょうだい」
こういう時は平民である私よりも、同じ貴族様であるサリアちゃんの方が気を使うのかな?
「レイナ様、素晴らしいお屋敷ですね!」
「ありがとうアリシア。気に入ってくれたのなら後で案内するわ」
「是非お願いします!」
レイナ様のご案内でレイナ様のご自宅を観覧できる。私はなんと幸せなんだろう。
「さあ、さっそく私のお部屋に行きましょう」
☆☆☆☆☆
「アリシア、おトイレの場所はすぐにわかった?」
「はいレイナ様。クラリスさんが案内してくれましたから」
レイナ様のお部屋に行く前におトイレをお借りした。お借りしたんだけれど……。
「どうしたのアリシア?」
「ほ、本当に私のお部屋よりも大きかったです。しかも、倍以上……! あのおトイレなら私今晩眠れます!」
「いやいや、お釈迦様の息子さんじゃないんだから……」
「オシャカサマの息子さん……? どなたですか?」
「いえ、何でもないのよ。オホホ」
レイナ様はたまによくわからない言葉を使ったり、言い回しをされたりする。最初は貴族の方なら知っている知識か何かと思ったけれど、ディラン殿下を始め貴族の方々も不思議な顔をされるからそうじゃないみたいだ。
「というかアリシア、せっかくのレイナ様のお部屋なのにおトイレの話ばっかりでいいの?」
「だってサリアちゃん、本当に広かったんだ……レイナ様のお部屋!?」
そうか。そうだった。ついに私は、レイナ様のご実家のお部屋という
「ところでアリシア、手紙でも尋ねたのだけれど闇属性の移動魔法について教えてくれるかしら」
「はい、書いてある魔導書もちゃんと持ってきました」
レイナ様のお言葉に私は妄想から帰還し、カバンから一冊の魔導書を取り出す。
タイトルは“深淵なる闇”。これには闇属性のいろんな魔法が記されている。
キャロルさん……だったかな?
あの人にお仕置きした時の魔法もこれに書いてあったものだ。
「……?」
「どうしたのですかレイナ様?」
「いえ、その本どこかで見かけた気がして……」
「それならきっと、以前私に家に来られた時じゃないですか?」
「そうかしらね? どこか違ったような……。でも気のせいね」
“深淵なる闇”は、私がエンゼリアへの入学が決まった時に近所の方から貰った魔導書の一つだ。こういった物置にあったけど使わないからと貰った本で、私は入学前に最低限の魔法の使い方を覚えることができた。
「えっと……、ありました。これです《
「なになに、影に潜み影を移動する魔法……。これなら私が見た状況にもあてはまるみたいね」
やった。お役に立てた。でも《影渡り》はかなり難易度の高い魔法みたいで、私は習得できていない。もし使えたらもっとお役に立てたのにな……。
「他の属性には当てはまりそうな魔法はなかったのですか?」
「それがなかったのよサリア。私もだいぶ探したんだけどね……」
確かにお話しに聞いていたように、移動中急に消える魔法というのは思いつかない。《影渡り》もレイナ様からお手紙をいただいて、“深淵なる闇”を調べてみて初めて見つけて知ったくらいだ。
「対策も書いてあるみたいだから、これは私が練習してみればいいだけとして。さあ、真面目なお話は終わりよ。一緒にお菓子でも作りましょうか?」
☆☆☆☆☆
「うふふふふ」
なんて素晴らしい日なんだろう。レイナ様のお家にご招待されて、レイナ様の問題の解決に協力出来て、レイナ様とご一緒にお菓子を作れて、レイナ様に屋敷を案内していただいて、レイナ様と一緒にお風呂へ入った。
夕食の際は、レイナ様のご両親であるレンドーン公爵ご夫妻にご挨拶することもできた。お二人ともレイナ様と同じように、平民である私を差別せずに気さくに話をしてくださった。並んだ料理の全ては、この世の物とは思えないほど豪勢で美味しかった。
「アリシア、ねえアリシアったら」
「なあに、サリアちゃん?」
「もう寝室に行くことになるでしょうけど、あんた大丈夫なの?」
「大丈夫って何が?」
「寝言よ。ご本人の前で『レイナ様レイナ様』と寝言を言うわけにもいかないでしょう?」
「それなら大丈夫だよ。今日の朝たっぷりパンを焼いてきたから。きっとすっきり眠れるよ」
「それで治まるのなら、あんた学院でも毎日パンを焼きなさいよ……」
まったくサリアちゃんは心配性だなあ。当然レイナ様日記も今日の分は明日家に帰ってゆっくりつける。きっとこのお泊りだけで、最低一冊は埋まってしまうだろうから。
「さあ、こっちが私の寝室よ。今日はパジャマパーティーをしましょう」
ついに時が来た。
「わーっ!? アリシア、止まりなさい!」
――サリアちゃんの制止も聞かずに、一目散にレイナ様ご愛用であろう巨大なベッドへとダイブしていた。なんて、なんて良い香り……!
「はっ! ごめんなさいレイナ様。つい……」
「ウヒヒ、いいのよいいのよ。大きなベッドを見るとダイブしたくなるのは人間の本能だわ」
「レイナ様……! 女神様の様な慈愛をありがとうございます」
「褒めているのよね? それって褒めてくれているのよねアリシア?」
そんなこと当然なのにレイナ様はどうしたのだろう?
女神とお呼びして遜色ないのに、本当にレイナ様は謙虚なお方だ。
「そういえばあの一画、どうしたんですか?」
ふと私が気になったのは部屋の一画。広いお部屋だけれど、どうもその一画だけが最近建て替えられたように他と違って新しい。
「ああ、言っていなかったわね。最近変質者からぶち抜かれたから修理したのよ」
「ええっ、変質者!? 大丈夫だったんですか!?」
「まあ大丈夫だったんだけれどね……」
こ、これは、レイナ様が思い悩まれている……!
この聖域を汚し、レイナ様の御心を悩ませるなんて私はその変質者を絶対に許さない。必ず、必ず見つけ出して絶対に、絶対に、絶対に絶対に――。
「アリシア?」
「いえいえ、大丈夫です。何でもありませんよレイナ様」
レイナ様に私がお見せするのは笑顔だけだ。今日はレイナ様の事をいろいろ知れて、本当に嬉しいな~。
☆☆☆☆☆
☆禁書
禁じられた知識や邪法、異界について書かれた書物。
グッドウィン王国では禁書を指定し管理する管理官がおり、回収された書物は知識の散逸を防ぐためにエンゼリア王立魔法学院の隠し書庫などに保管される。
田舎では回収を免れた書物が残っていることもあり、アリシアが“深淵なる闇”を所持するのもそういった理由。ちなみにレイナの所持する“神との対話、その崇拝”も、本来ならば禁書指定される書物である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます