第108話 続・貴族令嬢誘拐事件

「で、ルーノウ家の令嬢は連れ去られたと……」

「そうなのよ! 魔導機が突然消えてね。私の寝室をぶち抜いたのと同じ機体だったわ。あれ以来夜はゆっくり眠れないのよ」


 おとぼけ女神曰く、世界の運命は破滅に向かっている。それを止めるにはハインリッヒをどうにかしなくちゃいけないらしい。そしてハインリッヒと対するということは、あの突然消える紫色の魔導機――〈シャッテンパンター〉の対策も必須よね。


 というわけで私は、お茶会を兼ねてエイミーに情報提供を行っている。ハインリッヒが異世界転移者であるということはもちろん伏せているけれど、何かすごい技術力を持っていることは伝えてあるわ。


「レイナ様の寝室に侵入するなんて言語道断の不埒な輩ですわ! ……それにしても突然消える、ですか。技術的な手法よりも魔法的な手法の可能性が高そうですわね」

「というと、《光の鏡》とかか?」


 同席しているリオが候補を上げる。ルシア達が魔導機を偽装していたのは、たしかこの魔法だったわね。


「それも可能性の一つですわ、リオ。各属性に偽装系の魔法はありますが、そのどれも静止中の物体を隠す効果の魔法です。移動しながらとなると、何か他の魔法ではないでしょうか?」

「なるほどねー。じゃあ消えた以外の可能性はどうかしら? 強化の要領で凄まじく加速したとか、それともワープしたとか」

「「ワープ……?」」


 おっといけないわ。ワープなんてSF知識、この世界には存在しないわよね。魔導機なんて物が既にある以上無駄かもしれないけれど、うかつに前世知識をひけらかして世界の破滅を加速させるとかごめんこうむる。


「ええっとつまりね、ある場所から他の場所へと、瞬時に移動できるような魔法を使ったとかね?」

「……なるほど。確か闇属性にそういった類の魔法があると聞いたような……?」


 闇属性か。となるとアリシアは聞いたことあったりするかしらね?


「そう言えばルシア・ルーノウって誘拐じゃなくて逃亡扱いなんだよな?」

「そうよ、リオ」


 リオの言う通り、国の記録的にはルシアは誘拐ではなくて逃亡、もしくは亡命だ。私の発言が軽視されているわけではないけれど、状況が状況ですしね。


「そうか、どういう目に遭っているのかは知らないけれど、難儀な人生歩んでんだな」

「そうねえ……」


 ご丁寧にハインリッヒ自身がネタバラシにやってきた今となっては、ルシアに情報的な価値は見いだせない。同じような境遇の身の上として少し同情もしたけれど、別段救出に行こうとも思わないわね。


 とりあえずマギキンとは違い、あの場でルシアは死ななかった。となると、運命を変えることができるという可能性は感じられる。今はそれで十分だわ。


「なあお嬢、もし私がさらわれたら助けに来てくれるか?」

「……? 何言っているのリオ? そんなの当たり前じゃない」

「……だよね!」


 急に真面目な顔で変な事を聞いて、どうしちゃったんだろう?


「レイナ様、レイナ様。私は? 私はどうですか!?」

「もちろんすぐに助けに行くわよ」



 ☆☆☆☆☆



 それから数日後。この夏休みには珍しく、特に用事のない日ができたので私は気晴らしに王都を散策していた。


「やっぱり王都は珍しい商品が多いわね~。ん?」


 私がウインドウショッピングに興じていると、平民の男の子が駆け寄ってくる。それを見てすかさずマッチョな隊長さんが私と男の子の間に割って入った。


「レイナお嬢様に何用だ!」

「離してよ、そこの変な髪型のねーちゃんに伝えることがあるんだ!」


 見覚え無い子だと思うのだけれど、私に伝えること……?

 というか私のお嬢様ドリルを変な髪型って言った!?


「……まあ良いわ。放してあげなさい」

「はっ、かしこまりました」

「それで、素晴らしい髪型の私に何の用かしら?」

「大変なんだ! リオのねーちゃんがさらわれて、それで変な奴らがあんたを連れて来いって」


 何ですって、リオが誘拐!?

 どういうこと。またハインリッヒの嫌がらせなの!?


「どこか教えてちょうだい、すぐに行くわよ!」

「お待ちくださいお嬢様。危険です、王都の警備隊に任せましょう」

「犯人は私をダンスのお相手に指名よ。それにあなた達もいれば誘拐犯程度どうとでもなるでしょう?」

「……かしこまりました」


 すぐに助けるわよ。待っていてね、リオ!



 ☆☆☆☆☆



「ここだよ」

「案内してくれてありがとう。あなたは安全なところへ行きなさい」


 案内されたのは、王都のはずれにあるそこそこ大きな廃屋だった。犯人が警戒しないように、SP部隊の皆さんは周辺に配置。正面から乗り込むのは私だけだ。


「ご指名通り、レイナ・レンドーンが参りましたわよ!」

「フフフ、ご苦労な事だ」


 芝居がかった声を上げて現れたのは、仮面を被った五人の男女だった。

 仮面……ルーノウ派閥の残党が仕返しに?


「リオはどこ? 無事なんでしょうね!?」

「それならほら、ここにいるさ」

「むーっ! むーっ!」

「リオ!」


 男に引っ張り出されたリオは、後ろ手に縛られ猿轡をかまされている。私のお友達になんてことを!


「さあ、この女を返してほしければ――」

「《風よ吹きすさべ》!」

「うわっ! なんだ!?」


 許さない、許さないわよ私に大切なお友達をこんな目に遭わせて!

 まずは強風を巻き起こし、犯人たちの連携を封じる。


「《水流》そして《氷結》!」


 水と氷のコンビネーションで犯人たちの足元を固める。今の私には五人程度わけないわ。


「私に怒りの炎は火傷じゃすまないわよ! 《獄炎火きゅ――》」

「わわっ! ストップ! ストーップだよお嬢!」

「――リオ!? 何、どういうことなの!?」


 私がとどめの魔法を放とうとしたその時、目の前に立ちふさがったのは拘束されているはずのリオだった。



 ☆☆☆☆☆



「――それで、狂言だったってわけね」

「そうなんだ。こいつらはみんな演劇部のメンバーだよ」


 リオに紹介された演劇部員が、仮面をはずして謝罪をしてくる。


だましてごめんなさい。それにしてもさすが“紅蓮の公爵令嬢”様ですね」

「ええ! 素晴らしい魔法でした!」


 本当に魔法を放つ直前だったわ。なんならここら一帯灰燼に帰す勢いだった。ギリギリセーフ。


「ところで何でこんなことしたのよ!? 本当に心配したんだからね!」

「ははっ、悪いね。最近男役ばかりやらされるから、たまには捕らわれのお姫様ってのもやってみたくなって……」

「……本当は?」

「ん? 本当も何もそれが理由だよ」

「そうじゃないでしょう? 私が知っているリオは自己主張ができる女の子よ。それだけの為にこんな狂言起こさないわ。もっと別の訴えたいことがあるんでしょう?」

「……まったく、お嬢にはかなわないなあ」


 リオはそう言って頭をかくと、ポツリポツリと話し始めた。


「なあお嬢、私はお嬢の隣にいる資格があるのか?」

「何を言っているの? そんなの当たり前じゃない」

「本当にそうか? 出会った時からすごかったが、ここ数年のお嬢は昔よりもずっとすごくなっている。エイミーは魔導機の専門家だし、アリシアさんは頭が良い。イケメン王子たちだってすごいやつらだ」


 私は黙ってリオの話しに耳を傾ける。いつも笑顔なリオが、泣きそうな顔で真面目に話しているからだ。


「それに比べて私はどうだ? 何かすごいことでお嬢に貢献できるわけでもないし、頭だって良くない……。なあ、こんな私が本当にお嬢の隣に居る資格があるのか?」


 リオなりにコンプレックスを感じていたってことかしらね……。

 元々出会った時から、リオは貴族的ではなくて平民的な感覚の持ち主だった。そんなリオがエンゼリアという貴族的な場所で生きていく中で、いろいろ不安に感じちゃったのかしらね。


「何度でも言うわリオ、貴女は私の隣にいて良いの!」

「……本当かお嬢?」

「本当よ。それにリオだって何回も私を手助けしてくれているじゃない」


 一年生の時の襲撃事件の時、リオは私を背後から襲う敵を倒してくれた。行軍演習の時、リオはみんなと一緒に助けに来てくれた。そして出会った時、誘拐された私をリオは励まして支えてくれたわ。


「それにね、私の隣に居るのに資格なんていらないわ。だからリオ、私とずっとお友達でいてちょうだい」

「……うん。わかったよ、お嬢」


 そう答えたリオの瞳は、もう悲しみに包まれてはいなかった。



 ☆☆☆☆☆



☆魔法の種類

 魔法には周知の通り、火、水、風、地、光、闇の六つの属性が存在する。

 そのそれぞれに攻撃魔法や防御魔法、回復魔法といった魔法が存在する。

 例えば火属性の回復魔法には、人や生物の体温を保つ魔法が存在する。

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