第69話 お母様だって心配
前書き
今回はエリーゼ(レイナ母)視点です。
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「あらあら、そうなんですの」
「そうですのよ、おほほ」
貴族の女にとってお茶会は戦場だ。参加者の
「さすがはレンドーン様ですこと」
特に公爵家の妻である私――エリーゼ・レンドーンの役割は大きいわ。旦那であるレスター・レンドーンが自身の派閥拡大に動いている時だからなおさらね。東部貴族の
権勢だとか主導権争いだとかに消極的な旦那様の尻を叩くのも、妻である私の務めだ。華のような笑顔の下で策謀を。貴族の女に必要なことは愛する娘にも全て教えた……つもりでしたわ。
☆☆☆☆☆
天使の様に可愛い私たちの娘、名前はレイナちゃん。中々子宝に恵まれなかった私たち夫婦は、待望の我が子をそれはもう大切に育てた。
レイナちゃんが望むことは全部叶えてあげるし、レイナちゃんが欲しいものは何でもそろえてあげた。だって可愛いんだもん。
そんな風に月日は過ぎて、レイナちゃんは少し自己主張が強い女の子になっちゃった。旦那様は時折「甘やかしすぎたか」と言うけれど、そんなことはないわ。だって可愛いんだもん。
そしてレイナちゃんがす晴らしい才能を示して、私が感動にむせび泣いた彼女の十歳の誕生日から数日が過ぎた日のことだった。
「お母様、失礼します」
「なあに? レイナちゃん」
ここしばらく、レイナちゃんの様子は少しおかしい。戸惑い。困惑。そして驚愕のような感情が見え隠れする。
「私に貴族の女としての
「……私の指導は厳しいですわよ?」
「生き残る為ですわ」
その瞳は意志のこもった力強いものだった。この日から私は娘の事を“私たちの可愛いレイナちゃん”ではなく、“一人の淑女のレイナさん”として扱うようになった。
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レイナさんの変化は目覚ましい。以前はサボりがちだったお稽古をサボらずに頑張るし、性格も良い方向に変化したのかお友達も沢山できたみたい。……まあ、元々可愛らしかったのですけれどね。
「レイナさんはディラン殿下と仲が良いわよね」
「ええ。良くしていただいておりますわ」
「あらあら、それじゃあ将来はご婚姻、ということもあるかもしれないわね」
「それはないです」
私が仕込んだ淑女としての戦い方を使ってか使わずか、娘は多くの殿方から想いを寄せられている。だが、肝心の娘の方が恋心に非常に鈍感……いえ、それ自体を無意識に避けているにようすら感じるわ。
立派な淑女として育て上げたはずのレイナさんの行く手には、何故か戦いがついて回っている。誘拐された時、私は心配で倒れてしまったし、決闘するなんて聞いた時も倒れた。おまけに魔導機に乗って戦うなんて……。
それがいつか怪我を、取り返しのつかない結果を生むんじゃないかと私たち夫婦はひやひやしている。学院でも信頼できるメイドのクラリスをつけてはいるけれど心配で心配で。
――そんな時知らせが届いた。
「旦那様、奥様、落ち着いて聞いてください!」
「どうしたんだいギャリソン、そんなに慌てて」
夫であるレスターとゆったりとした午後のひと時を過ごしていたところに飛び込んできたのは、執事長のギャリソンだった。その切迫した顔は、尋常ではない知らせを運んできたと物語っていた。
「今しがた
「なんだって、レイナが!?」
「そ、そんな……、レイナさんが、ああっ……」
「うわっ!? エリーゼ気を確かに! ギャリソン、すぐに馬車の準備を!」
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「もう、心配し過ぎですわ。私はこの通りピンピンしています」
深夜、エンゼリアへとたどり着いた私たち夫婦を迎えたのは、最愛の娘の元気な笑顔だった。
「本当に大丈夫なのかいレイナ? 頭を怪我したのだろう、他には?」
「本当に大丈夫ですわお父様、お母様。大きな怪我はしていません」
「でもまた魔導機に乗ったのでしょう?」
「乗らないともっと多くの人が犠牲になりましたから……」
ワガママだったレイナちゃんはもうどこにもいない。私の前にいるのは貴族としての義務を全うする立派な“紅蓮の公爵令嬢”だ。
――でも、
「よく聞いてレイナさん。私もお父様もあなたが健康でいてくれてさえいればそれでいいの。貴族としての義務も、名誉も、そんなものは関係ない。あなたがする必要は無いわ。戦いから逃げ出したっていいの。それだけは覚えておいて」
「……わかりましたお母様。それにお父様も。私が大切に思われていることは、いつも心に留めておきますわ」
その後、泊まり込みで看病をすると言う私の申し出はレイナさんによって却下され、私たちは後の事をクラリスに任せて一足先に屋敷へと帰ることにした。
レイナさんが帰宅する日にはお祝いをしましょう。あの子が頑張ったこの一年間の学院生活を精一杯ねぎらいたいわ。プレゼントはどうかしら? いえ、今のあの子はいくら高価な宝石やお洋服を送っても喜ばないでしょうね。
――そうよ!
私はあるひとつのアイデアが思い浮かんだ。
☆☆☆☆☆
「お帰りレイナ、退院おめでとう」
「うふふ。お帰りなさいレイナさん、一年間よく頑張りました」
「お父様お母様ただいま。ありがとうございます」
「さあ、食事ができているよ。みんなで食べようか」
「はい!」
私たちは久しぶりに家族三人で夕食につく。テーブルにはシチューが並ぶ。
「それではいただきまーす! ん……これは?」
レイナさんは一口含んで、違和感を顔に出す。
「どうかしらレイナさん、これは私が作ってみたのだけれど……」
「お母様が!?」
レイナさんは貴族の子女には珍しく、自分でお料理をするのが好きだ。王子や友人に料理を振舞い、ついにはお料理研究会なるものを結成するほどに。
だから私も娘の気持ちを知るためにお料理を作った。初めてのお料理だけれど、まあ食べられるものはできたと思う。試食をお願いしたキッチンメイドもそんな感想だった。
「美味しいかしらレイナさん?」
「ええ、美味し……しょっぱ……いや甘い? とにかく作ってくれてありがとうございますお母様!」
「うふふ、どういたしまして」
一先ず、一先ずだけれど娘を笑顔にすることはできたようだ。
「作ってみてわかったわ。レイナさんはすごいのね」
「ウヒヒ。そうだ、夏休みだしよろしければ一緒にお料理をしませんか?」
「いいわね。レイナさん、教えてね」
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☆グレートグッドウィン島
グッドウィン王国を構成する中で最も大きな島。通称本土とも呼ばれ東西南北四つの地方と王都に分類される。グッドウィン
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