第68話 お嬢様はアレが食べたい

「食べたーい!」

「お嬢様、何を急に……。仕方ないですね、料理人に作らせますから何を食べたいか仰ってください」


 前世の記憶が戻って早六年と少し。ときどき前世で食べた料理の味が恋しくなることがある。そこで私は、自慢のお料理スキルを活かして再現にいそしんでいるわ。


 ご飯は大陸にあったけれど、パサパサしていて私の慣れ親しんだジャポニカ米とは違った。他にもいくつかは代用の食品を用いて再現したけれど、今回私が食べたいのは――、


「――豚骨とんこつラーメン。私、豚骨ラーメンが食べたいわクラリス」

「……申し訳ございません、私はそのトンコツラアメンなるものを存じ上げません」


 知らないのも無理ないわね。今世でラーメンと言う言葉を聞いたことはないもの。


「豚骨ラーメンはスープに入った細い麺類よ。そのスープは豚の骨を砕いて作るわ」

「豚の骨を……? 一体それはどこの国の料理でしょうか?」

「そ、それはね、本で読んだのよ……。オホホ」


 前世で食べたなんて言えるわけないじゃない。でもどうしても食べたい。今の私のお口は豚骨ラーメンなのよ。


「あの硬い麺に脂ぎったスープが恋し――食べてみたいわ」

「話を聞く限りとても貴族令嬢が食するものとは思えないのですが……」

「私だってそういうものを食べたいときはあるのよ! よし、とりあえずエイミーとリオでも呼んで作りましょう」


 ないものは作るしかない。こういう時は近場のお友達を呼んで一緒に作るのが楽しいわ。


「使用人仲間に聞いたのですが、どうやらキャニング様はトラウト様を訪ねてその本領を訪れられているようです。ミドルトン様も演劇部の夏合宿があるとかで不在かと」


 ええー、エイミーがルークのお家に!? まさかまさかそういう関係だったの?


「驚いた。でも邪魔するのは悪いわね……」


 私は恋愛応援令嬢レイナ・レンドーン。他人の恋愛は邪魔せず応援する派よ。


「おそらくお嬢様の考えている事とは違うと思いますが……」

「私ってこういう勘は鋭いのよ。さてと、馬車の準備をしてちょうだい」

「馬車を? 行き先はどちらへ?」

「南部よ。アリシアやサリアに会いたいし、何より良い小麦が手に入るわ。お父様には数日南部に滞在すると伝えてちょうだい」


 私は美食家令嬢レイナ・レンドーン。食にはこだわる女だ。



 ☆☆☆☆☆



「それでこの豚の骨なんですね……」

「そうよサリア、良い食材が手に入ったわ。焼き豚用のお肉もあるわよ」


 王国南部、サンドバル男爵領。道中でアリシアを拾った私は、サリアの実家であるサンドバル家に来ていた。


 お父様の言いつけ通りレンドーンの紋章を掲げて走らせてきた馬車は、サリアのご両親の熱烈な歓迎をもって迎えられた。


「小麦もうちと付き合いのある商人が何種も取り扱っています。きっと合うものが見つかると思いますよ」

「ありがとうサリア。これで準備万端ね」


 最高の食材をそろえた今、私の道を阻む者は何もないわ!


「ところでレイナ様、どうやって作るのですか?」

「それはね、アリシア……」

「レイナ様?」


 ――知らない! 冷静に考えて普段お家で食べる時はインスタントだったから、一から作る方法なんて知らないじゃない!?


 だいたい「前世知識で大金持ちに!」みたいな知識があったら、私は前世でブラック企業なんかに勤めてないわ。普段何気なく使っている物の仕組みや、異世界で役立つ知識を持っているなんて、それだけで何かのチートよ!


「……アリシア」

「はい、レイナ様!」

「とりあえず麺をうつわよ」



 ☆☆☆☆☆



 乗り越えるべき困難があった。打ち破るべき苦難があった。ふわっとした前世の知識を形にするまでに、数多あまたの試行錯誤があった。


 リア充と化したルークを除いた、我々お料理研究会の女子会員三名。幾多いくたの試練を乗り越えた先に希望の光は見えた――。


 サリアが調達したのは選りすぐった食材だった。小麦の扱いはパン作りで慣れているアリシアが巧みだった。私は自慢の魔法で足りない火力やパワーを補った。昔ルークに“料理は魔法”と言ったけれど、その神髄しんずいを私はついに見ることになったんだと思う。


 ――そしては完成した。


「独特の匂いと油の暴力。こ、これが豚骨ラーメン……!」

「そうよサリア、この匂いこそが豚骨ラーメンよ」

「このお料理をレイナ様が食べると考えたら、何故か背徳感はいとくかんがあります……!」

「アリシアのその感想は良い得て妙だわ。油の塊を摂取するがごとき行為はある意味女子に対する裏切りよ。でも食べたいの」


 私は削りだした箸を持ち、お椀の中を見る。

 白濁色はくだくしょくのスープからは、夏にも関わらずもくもくと湯気が出ている。


「いただきます」


 箸がすくうのはアリシアの小麦を扱う技術がなければ不可能だった細い麺。私の好みに合わせて茹でた時間は短め。いわゆるカタ麺だ。


 ――美味しい。


 注文してから出てくるスピードが売りの細麺豚骨ラーメンを作るのに、数日かかったという事実を忘れる美味しさだ。


 スープにもこだわった。薄れゆく前世の記憶を再現する為、幾多の試行錯誤を経て完成したスープは非常に納得いく物に仕上がった。決め手は魔法だ。食べたい一心で実現した私の火属性魔法のコントロールによって、絶妙な火力を維持できたわ。


 ねぎ、ゴマ、そして焼き豚。もちろんお椀を彩る脇役たちも準備した。制作方法がわからない紅ショウガを用意できなかったのが悔やまれるけれど、短期間で難しい材料をそろえてくれたサンドバル家の商人コネクションに感謝だわ。


「ごちそうさまでした」


 私はベタカタのラーメンを、替え玉まで一気呵成に食して箸を置く。――満足。ええ満足よ。我ながら素晴らしい再現度だったわ。


「独特の味だったけれど美味しかったですレイナ様」

「数日かけた甲斐がありましたね!」


 協力してくれた二人も、満足してもらえたようで良かったわ。ウヒヒ。せっかく一緒に作ったんだし、私だけ美味しかったんじゃ寂しいものね。


「ところでレイナ様、この料理は門外不出もんがいふしゅつの扱いにされるんですか?」

「そんなことはないわサリア、自由に作ってくれて構わないわ」

「例えば大量に作って売っても?」

「ウヒヒ、その時は私も食べさせてもらいましょうか」

「もちろんです。……なるほど」


 なんだろう? サリアの瞳の奥がキラリと光った気がした。


「レイナ様、もう自領に帰られるのですか?」

「いいえアリシア、あなた達さえ良ければもう少し滞在しようと思うわ。ここには自然がいっぱいですしね」

「……! もちろんですレイナ様、いっぱい遊びましょう!」



 ☆☆☆☆☆



☆南部貴族

 王国南部に所領を持つ貴族。通称南部諸侯。肥沃な土地で農業や酪農が盛んだが、かつて南部貴族の大領主がその豊かさを背景に反乱を起こした為、現在では小領主ばかり。バットリー子爵家、サンドバル男爵家、アルトゥーベ子爵家がここの貴族。

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