第70話 これが僕の王道

前書き

今回はディラン視点です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「それで、レイナとは何を話したんですか!?」

「なんだったかなあ……。たしか『お前にも悩むことがあるんだな』、とかだっけか?」


 僕――ディラン・グッドウィンは、従弟であり一番の友でもあるルークに詰め寄っていた。


 残念ながら僕はお料理研究会に所属していないため、部活中や部室でのレイナの動向はわからない。つまり立場上、目の前にいるルークこそが、数いるレイナを狙っている存在の中で一歩リードしていると言っても過言ではない。


 しかし幸いにもルークは、自分の恋心に気がついていないようだ。そこでどれほど進展しているかの情報収集をしているわけだ。


 邪道だろうか? 否、王者はおごらずにあらゆる手を尽くして玉座を護ってこその王者である。つまりこれこそが王道だ。


「――てなわけだ」

「なるほど。それならば進展しているとは言い難い……か?」

「? 俺とレイナは良い仲間だと思うが? そんなにレイナの事が知りたいなら、一つ良いことを教えてやるぞ」

「そ、それは!? 教えてくださいルーク!」

「食べすぎだとかそういう事を言うと怒られるぞ」

「……それは聞かなくてもわかりますよ。というか女性に言っちゃだめですよ?」


 結局ルークとレイナの関係が進展しているかはわからなかった。そんな彼は、夏休みに入ってすぐに何か用事があるとかで自領に帰って行った。レイナ絡みではないことはわかっているので、多分魔法の研究とかだろう。



 ☆☆☆☆☆



「考えるよりも実行せよ、ですね」


 というわけで僕はレンドーン邸へと来ている。あれこれ考えても仕方のない。動かざる者はチャンスを掴みえない、だ。


 実はこの夏休み、何度も訪問しようと使者を送ったのだが先の二度は空振りだった。一度目は家族で保養地へ、二度目は南部へ出かけていたとか。ゆえにこれが三度目の正直ということになる。


「やあギャリソン、レイナはいるかな?」

「これは殿下、ようこそ当家へ。すぐにご案内いたします」


 幼き日より通い続けて早数年。すっかり顔なじみとなった執事とお馴染みとなったやりとりをして案内してもらう。


 確認せずとも、今日レイナがいることは把握済み。案内してもらわずとも、レンドーン邸の内部ももはや暗記している。この屋敷に来ると幼少の頃遊んだ日々が思い出されて心地良いが、年々増えるライナスから贈られた絵を見ると少々焦りに駆られる。


「ごきげんようレイナ」

「ごきげんようディラン殿下。お久しぶりですね」

「ええレイナ。病室でその……下着を渡したとき以来です」

「そ、そうですわね。オホホ」


 このレイナの笑いは誤魔化すときの笑い方だ。僕の下着は果たしてどう使われているのか? 二年連続で下着を求める行為が好意を表すのかわからないが、少なくとも信頼していない人間には頼まないだろう。


「それにしてもレイナ、君の英雄的な行動で多くの人の命が救われたよ。王国王子として、そしてエンゼリアに通う一人の生徒として礼を述べさせてもらうよ」

「ウヒヒ、ありがとうございます。でもディラン様も素敵でしたわ」

「僕が……?」

「ええ、殿下が。戦いながら的確に避難と防衛の指示を出し、そして言葉でみんなを勇気づける。そんなお姿ゲームで――今まで見たことはありませんでしたから」


 げーむ? ――いや、レイナが良くわからない単語や言い回しをするのはいつものことだ。それはいい。しかしあの戦いをそういう風に見てくれていたとは。


「そ、そうですか? 王族として当然の責務だと思いましたから。レイナもそう思ったから魔導機で戦ったのでは?」

「確かに高貴なる者の義務というやつかもしれません。誇りを護るという矜持かもしれません。けれど、そこにいたるまでの勇気をくれたのは必死に頑張っていたみんなであり、殿下もその一人ですわ」


 そう語るレイナの瞳は、吸い寄せられるように綺麗だった。そうか、僕は彼女が僕を一人の人間として見てくれているから好きなんだ。


 僕を縛っていた閉塞感へいそくかん――それは幼き頃より“万能の天才”などと称されて、「できて当然」であるという理想の王子像として扱われてきた事それ自体だ。


 何事も「できて当然」という事はない。確かに僕は人より物覚えが良い自覚がある。しかし、僕だって何かを始める時は相応に緊張するし、何事も大なり小なりトライアンドエラーをもって可能にしているのだ。


 彼女にはその、言うなれば偏見がない。だから彼女の笑顔が、言葉が、王子として僕を縛る閉塞感を壊してくれる。さながら彼女の操る大火力の魔法の様に。


「僕はね、レイナ」

「なんでしょうか?」

「あの日はただみんなを護りたい、その一心で必死だったんだ」


 プライドなんてカッコいいものではない。ただただ必死だった。何も迷わずに自分の持てる力全てで、愛する学院と民たちを――仲間を護ろうとした。


「本当なら君を魔導機に乗せるなんて危険なマネはさせたくなかったんだ。護れなかった人もいた。なにが”万能の天才”だ。成したかったことは何一つ成せていない。僕は男として失格だ……!」


 普段はレイナの側に控えている彼女のメイドのクラリスも、僕の雰囲気を察してかいつの間にか席を外しているようだ。ただ二人だけの中、レイナは黙って話を聞いてくれている。


 僕は何で好きな女性にこんなにも弱音を吐いているんだろう? 慰めてほしいのか、それとも同意が欲しいのか。そんな軟弱事をするために僕はここに来たのか? 少し沈黙した後、レイナはゆっくりと口を開いた。


「……私は男のメンツみたいな悩みを理解できることはありません。男ではないですからね。けれどあの日の殿下は素敵でしたと言いました。よりフランクな言い方をすれば、あの日のディランはかっこ良かったわ」

「かっこ良かった?」

「ええ、とても。それに弱音を吐くのも大切ですわ、でないと人間はポッキリと折れてしまいますから。信頼できる人間に弱音を吐くのも重要ですよ」


 昔から時々、彼女のことを年上の様だと感じることがある。僕より何かずっと人生経験を積んでいる様な――。


「君に弱音を吐いても良いのかい?」

「ええ、もちろん」

「それはかっこ良くないんじゃないかな……?」

「いいえ、信頼されていると思うと光栄ですわ。かっこ良いところはまた別の所でお見せくだされば」


 レイナは抜けているように見えて、時に年上の包容力を見せる。僕の悩みを受け止め、励ましてくれる。多分次に彼女が提案するのは、僕を元気づけようと――、


「お菓子でも作りますね。美味しいお菓子を食べればきっと元気に――」

「――いや、今から馬で遠乗りに行こう」


 ――であれば、彼女に元気づけてもらう前に立ち直り、逆にこちらから行動を提案することで、年上の様に思える彼女にただ甘えるだけの存在ではなく、同格の立場であると意識させる。


 恋は戦いだとは言いえて妙だ。それは恋のライバルだけではなく、恋愛対象にも当てはまる。まずは立場を対等に持っていき、迅速果断に作戦を実行する。


「ええっ、今からですか!? ちょ、ちょっとディラン!?」

「そう、今からね。少しは僕のかっこ良い所を見ていただきたくてね」


 驚く彼女をさっと抱える。いわゆるお姫様抱っこだ。彼女はなぜか馬に敬遠されるが、僕の後ろに乗れば問題ない。このディラン・グッドウィン、乗馬は数ある特技の中でも指折りのものだ。


 考えろ、行動せよ、全てを尽くせ。誰かが言った、恋と戦争ではあらゆる戦術が許されると。


 ルーク、ライナス、そしてパトリック。まだ見ぬ他の者もいるかも知れません。悪いけれど、抜け駆けさせていただきます。才能に溢れ破天荒な性格、かと思えば年上の様な包容力。そんな愛する彼女を、今日だけは僕が独り占めしてリードさせてもらいますよ。


 泥臭く、そして華麗に。力強く、そしてしたたかに。大胆に、そして慎重に。さあ行こう、これが僕の王道だ。



 ☆☆☆☆☆



☆グッドウィン王家

 グッドウィン王国を治める王家。ロスエンゼリアの戦乱を制した初代ゴドウィン・グッドウィンはグッドウィン朝を開き、東西南北に建国の功労者を配置した。それが現在のトラウト公爵家でありレンドーン公爵家である。現在の王はディランの父であるジェラルド・グッドウィン。

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