幕間2 Wish~信頼~

第66話 とあるメイドとお嬢様の出会い

前書き

今回はクラリス視点です。

――――――――――――――――――――――――


「スイカ割りをしたいわ」

「……はい?」

「スイカ割りをしたいと言ったの! 去年ディランから貰った大陸からのお土産の中に、スイカがあったでしょう?」

「それは存じておりますが、何故割るのですか?」

「夏だからよ!」


 今日もお嬢様の発言に迷いはない。

 私――クラリスの主人は、やらなくて後悔するよりやって後悔したいタイプだ。

 なぜ殿下から頂いた舶来はくらい果物くだものを割るのか、という迷いは一切ない。


「それはどこの蛮族の風習ですか?」

「そ、それは……、本で読んだ異国の風習よ!」


 変わった異国の風習を語る時、聞いたこともない食べ物を食べたいと言う時、お嬢様は決まって本で読んだと仰る。


 しかしお嬢様がお読みになった本を確認したところ、そういった事は書いていなかったので、お嬢様の思い付きを補強するための言い訳と思われる。


「クラリス、異国の珍しい風習を蛮族の風習だなんて言ってはいけないわ。その考え方は傲慢よ」

「確かに仰る通りですね。取り消します」


 我が主人レイナ・レンドーン様は王国随一の有力貴族の家系に生まれ、歴代随一の魔法の才能を持ち、容姿も良く、それでいて相手の身分関係なく接することができる精神の持ち主だ。


 と、列挙すれば完璧超人の聖女だが、実際に接すれば良い意味で間が抜けたところがあると気がつく。ゆえに人望がある。


「みんなー! 夏休みだから帰って来たわよー!」

「あらレイナ様、お帰りなさい」

「嬢ちゃんまた大暴れしたんだってな! 国中その話題で持ち切りだあな」


 レンドーン公爵領の中心都市レンドニア。

 お嬢様が馬車から顔を出して手を振れば、わいわいと民が寄ってくる。


「おばちゃん、この前いただいた野菜美味しかったわ!」

「レイナ様のお口に合ったのなら良かったわ」

「嬢ちゃん、また一段と綺麗になったなあ」

「ウヒヒ、ありがとうおじさん。あっそうだ、私からみんなにお土産があるの。ディラン殿下から沢山いただいた、やんごとなきお菓子とフルーツよ!」


 他の貴族が行う演技での庶民派ではない。

 貴族としての役目は果たすお嬢様だが、素がそれに近いということだと思う。


 子どもっぽさも感じ、ある瞬間には大人のようにも感じる。不思議な人物だ。

 そのある種の魅力が、彼女の回りに人を呼び寄せる。

 もっとも、お嬢様は初めからこんなにできた人間ではなかった――。



 ☆☆☆☆☆



 私が初めてお嬢様と出会ったのは、彼女が七歳の時だった。


 それまで私は――私の過去の事は取るに足らない事だから置いておいて、ゆえあって私はレイナお嬢様のお側にお仕えすることになった。


 当時の私の年齢は特段語る事でもないでしょう。

 年齢を語る必要はない。大事な事なので二度言いました。


「ふーん、あんたが新しいメイド? ま、使い物になればいいけどね」


 それが最初にかけられた声の記憶だ。

 当時のお嬢様は、使用人や行儀見習いをではなくとして扱っていた。


 勉強が嫌い、読書も嫌いで、料理や掃除は下賤な者の仕事。

 ワガママを言っては周囲を困らせ、他に喋る事と言えば他人の悪口ばかり。

 およそ令嬢として――人として最悪の部類だ。


 天使のような顔に悪魔のような人格。

 それがレイナ・レンドーンという人間を表すのにふさわしい言葉だった。


 そんなお嬢様が変わったのは、おそらく十歳のお誕生日の時だ。

 まるで突然別人になったような――そうバカげた考えを抱いてしまうくらいに翌朝は衝撃的だった。


「お嬢様、おはようございます。朝ですよ」

「うわっ! わわわわわっ! ごめんなさいクラリス! すぐに起きます!」


 いつも通りなら「私が起きる時間は私の勝手でしょっ!」と枕を投げつけられ、酷い時はベッドサイドのあらゆる物を投げつけられる場面だ。酷い暴言や嫌味の追撃もあるだろう。


 それがなぜか私にづけをし、ひとしきり慌てた後に「おはようクラリスさん」と、天使のような微笑みで返してくださった。当時は何かたちの悪いイタズラと思ったものだ。


 それからの彼女が、能力的にも性格的にも素晴らしい人物になったのは周知の事実だ。


 今まで興味あるそぶりすら見せなかったのに、いきなり料理を披露したお嬢様。

 立場の弱い貴族の子女をかばい、味方になったお嬢様。

 私に全幅の信頼を寄せてくれて、いつも笑顔を向けてくれるお嬢様。


 そんなお嬢様に触れるにつれ、私は雇用関係を超えてお嬢様の事を妹の様に感じるようになってきた。


 お嬢様は「クラリスがいないと私はダメだわ」と言ってくださるが、離れてしまうとダメなのは私の方かもしれない。


 事実、お嬢様が学院に別の使用人を連れて行くと言い出した時は泣きそうになってしまった。



 ☆☆☆☆☆



 本人は気づいていないが、お嬢様は少なくとも四人の男性から好意を持たれている。

 皆素晴らしい男性だが、どうかお嬢様が笑っていられる未来であってほしいと思う。


 もっとも最大の問題は、自分では察しが良いと思い込んでいるお嬢様が、彼らの恋心に気づくかどうかだと思うが……。


 そしてお嬢様には味方も多いが敵も多い。

 目立つものは疎まれる。それは世の常だ。


 幼き日よりお嬢様はどんな困難も自分で切り開いて行かれるが、もし立ち止まってしまった時は私やご友人の方を頼ってほしい。彼女はどこか自分で背負い過ぎるきらいがある。


 この先どんな困難があっても、私はお嬢様の――大切な妹の味方でいたい。



 ☆☆☆☆☆



「ふう、先に家事を済ませておきましょうか」


 メイドの作業量は多い。

 お嬢様付きの私にその義務はないが、私は屋敷に帰ったら一般家事を手伝うようにしている。


「《流水りゅうすい》よ、《旋風》よ。洗濯は柔らかく丁寧に」


 私の呪文に合わせて水と風が踊り、大量の洗濯物が洗われていく。


「《造形》せよ、《火炎》よ。料理は素早く繊細に」


 呪文に合わせて即席のかまどができ、今夜の料理の準備をする。


 メイドの作業量は多いが、私はこの通り手早くこなすので結構時間が余る。

 以前この光景を見たお嬢様は「カデン要らずね」と称された。


「カデン、とは何なのでしょうか……?」



 ☆☆☆☆☆



☆西部貴族

 王国西部に領地を持つ貴族の総称。芸術に明るく文化的な貴族が多い。中心貴族は建国の始祖に従った初代が大領を得て開祖となったレンドーン公爵家で、ラステラ伯爵家、キャニング子爵家もここの貴族。

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