第65話 お嬢様は座して死の運命を待たない

 戦闘が終わった後、私の頭から流れ出る血を見て蒼白となったアリシア、次いでエイミー、そしてクラリスに絶対安静を言いつけられて、私は数日ベッドで過ごすことになった。


 傷自体は特に跡も残らないような浅いものだったし、すぐに魔法で治療してもらった。

 けれど中でもクラリスの慌てようったら極めつけで、一日中付きっ切りの看護をしてくれているわ。

 

 両親は戦闘があった日の夜中には馬車を飛ばして会いに来てくれたし、友人達も代わる代わるお見舞いに来てくれるから寂しくはない。


「レイナ、無事ですか!? 手は? 足は? どこも痛くはないですか!?」

「ディラン殿下、落ち着いてくださいな。私は無事ですわ。クラリスがあんまりにも心配するので安静にしているんです。ウヒヒ」


 部屋に入ってきたディランは私の健康を確認すると、ホッと安堵の息を吐く。


「お見舞いに来るのが遅くなり申し訳ありません。関係各所や各国との話し合いが長引いてしまって……」

「気になさらないでください。あなたがお忙しかったのは知っていますわ」


 幸いにも私の友人たちに大きなけがはなかったけれど、今回の事件は多くの怪我人をだしたわ。

 それでも、現場で避難の指揮をして襲撃者と戦ったディランや他のみんなのおかげで、負傷者はだいぶ減らせたと思う。


「そう言っていただけると助かります。そう言えばルシア嬢も入院されているそうです。なんでも二、三日目が覚めなかったとか」

「まあ、ルーノウ様が?」


 二、三日意識不明?

 逃げる時に頭でもぶつけたのかしら?


 一生懸命当日のルシアを思い出すけれど、残念ながら記憶にないわね。

 まるで見かけなかったと思うわ。まあお大事に。


「レイナ、お見舞いを持ってきましたよ。フルーツやお菓子は好きでしょう?」

「まあ嬉しいですわ殿下。……それでどこに?」


 お見舞いを持ってきたとは言うけれど、ディランはその手に何も持っていない。この部屋を訪れた時点で手ぶらだったと思う。


「窓から外を見てください」

「外ですか? ……ま、まさかあれが全部?」

「はい、早く良くなってほしいと沢山持ってきましたよ」


 外に積み上げられているフルーツやお菓子の山、山、山。これがロイヤルお見舞いですか。

 うすうす思っていましたけれどこの王子様、限度という概念が存在しない気がしますわ……。


「あ、ありがとうございますディラン」


 とても一人じゃ食べきれないでしょうし、お裾分すそわけね。使用人のみんなは喜んでくれると思うわ。


「そうだ! ディラン、何か身に着けているものをくれませんか?」

「身に着けているもの?」


 あのおとぼけ女神への供物くもつよ。

 お見舞いついでに貰っておきましょうか。


「そ、それは下着なんかでしょうか?」

「――下着!? いえ下着じゃな――そうですね……」


 前回はディランのパンツを供物にした。

 他の物でもいけるかもしれないけれど、ここは念のため同じものにしておきましょうか。


「残念ながら僕は替えの下着を持ち歩いておりません。脱いできますね。そのままお渡ししますか?」

「えっ、ええ!? 脱ぐ!? い、いえ、袋に入れて渡してもらえたら」

「わかりました。少々お待ちください」


 こうして私は、袋に入ったディランの脱ぎたてパンツを手に入れた。


 すごいわ。私ったら一国の王子をノーパンで帰らせている。

 悪役令嬢の悪役ってこの部分なの?

 違うわよね?



 ☆☆☆☆☆



 そして待ちに待った夏休み。

 ハッピーサマーバケーション。

 実家へと帰って来た私にはまずやるべきことがある。


 レンドーン領内でもっとも大きい聖堂。

 一年ほど前に私が女神を呼び出した場所だ。

 今宵もう一度、あのおとぼけ女神を呼び出す必要があるわ。


「失礼ですがお嬢様、それは殿下から下賜された下着ですよね。私には聖堂とは結びつかないのですが?」

「私もそう思うけれど何故か結びつくのよ。クラリスは入り口で人が来ないように見張っていてちょうだい」

「……かしこまりました」


 …………うん。

 まあ、とにかく女神を呼び出す材料は揃った。

 ディランのパンツ、クオリティアップした女神人形、そして私。

 適切な時期、適切な時間、適切な場所。


「さあ、現れなさい女神!」

『あら~、今回の供物は生脱ぎじゃな~い』


 ――おとぼけ女神降臨。


 今回は恋愛ゲームのゲームオーバー画面みたいに有益な情報を吐いてもらうわよ。

 それにしても……、


「本当に生脱ぎパンツで降臨するとかドン引きだわ……」

『何よ!? 私が貰ったものだから返さないわよ!』

「いらないわよ……。今のあんたって、女神史上でも最低の部類の降臨の仕方って言ってんの!」


 クラリスが氷の様に冷たい目をしていた理由が分かったわ。

 後で事情をぼかして説明して、どうにか誤解を解いておきましょう……。


『それでな~に~? 私に聞きたいことでもあるわけ~?』

「山ほどあるわ! まずなんかやたら命が危険なんだけど。危うくお城のテラスごと吹き飛んで落下死よ!」

『大変そうね~』

「他人事か!」

『まあ要人の娘なんて命を狙われてしかるべきなんじゃな~い?』


 まあそうね。何でもかんでも運命の収束に結び付けるのは……。

 いや待て。私をこのポジションに転生させたのはコイツよね?


「それに何、あの気持ち悪いハインリッヒとかいう男!? あいつも異世界転生者か何かなの!?」

あなたしか転生させていないわ~。でもあなたの言う男からは禍々まがまがしい気を感じるわね~』


 おっと有力情報。とりあえず異世界転生者は私だけと。

 それにしても珍しく神様らしいスピリチュアルな表現ですわね。


「……ってって? 他の神が転生させた可能性もあるの?」

『全くなくはないぐらいね。私の知る限りではないわ』

「……闇の神様とかは?」

「あの子はそんなことしないわ。確かに支配や陰謀大好きって性格だけど、面倒見が良い子だから」


 神様界にもいろいろあるのね。

 意外に職場環境が大変な職業なのかしら。


「で、あの悪役令嬢の集団は何? あんな展開マギキンには一切なかったわよ!」

『私はスクールカウンセラーじゃないし~、そんな相談されても分かりませ~ん』

「ふっざけんじゃないわよ! あんなの絶対に運命の収束でしょ。明らかに私を追い詰めに来ているわ!」

『レイナ・レンドーン、良くお聞きなさい』


 おっと真面目モードね。

 さて、何が飛び出すやら。


『あなたは、あなたの知る性格のレイナ・レンドーンですか?』

「え? いいえ、違うわ」

『そう、あなたは本来のレイナ・レンドーンの性格とは大きく違う。そこで運命は世界を修正しようと収束するのです』

「つまりあの中の誰かがマギキンでのレイナの代役ってこと?」

『誰か、ではありません。恐らく全員でしょう』


 全員!? 運命の収束があいつら全員を生んだってこと!?


『傲慢、激情、嫉妬、虚飾。全て本来のレイナにあって今のあなたにはない要素です。ですが運命は四つの可能性を一人の人間に収めることができずに、四人の人間となったのでしょう』

「それってマギキンでの四つのルートでのレイナってこと?」

『この世界はあなたの望んだ世界に最も近い平行世界、その表現で正しいでしょう』

「それじゃあレイナが世界を歪めるものってことになるじゃない!」

『元々素養のあった者達が後釜に収まっただけのこと。世界に大きな影響は与えません』


 なるほど。難しい言い回しをしなければ、私が良い子に育ったから他の子がいじめっ子になっただけってことね。働きアリの法則!


「これだけ困難に満ちているんだから、新しいチートでも与えなさいよ」

『それはダメよ~。前も言ったように神はなるべく世界に干渉しないの~』


 ほんとに肝心なところのアフターケアはしないおとぼけ女神ね。


『そう言えば私の名前は――』

「それは言わなくていいわ。あんたの司る属性を使いたくなくなるじゃない」

『わがままな神の使徒ね~』

「あんたの手下になった覚えはないわ」

『あらそう。じゃあ私は帰るわ~、用があったらまた呼んでね~』


 そう言って天に消えゆく女神。

 セリフはともかく、この光景だけなら神聖さを感じる。



 ☆☆☆☆☆



「終わったわ。帰るわよ、クラリス」

「はい、お嬢様」

「あっ、そうだクラリス。信号機、エレベーター、プロ野球」

「……? それは何かの呪文でしょうか?」

「……。いいわ、気にしないで」


 とりあえずクラリスは転生者判定シロと。

 ……疑心暗鬼ぎしんあんきになるのは良くないわね。


 でも私は座して死の運命を待つよりも、乙女ゲームという名の戦いに生きるわ。オーホッホッホッ!

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