第67話 百聞は一見に如かず
前書き
今回はいわゆるモブ視点回です。
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「やった……! 合格だ!」
「おめでとうペネロペ」
私は手に持つ合格証書を、夢じゃないかと何度も見直す。これで秋からは晴れて憧れのエンゼリア王立魔法学院の生徒だ。地味な私だけれど、楽しい学園生活を送れたら良いな……。
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エンゼリアはまさに夢のような場所でした。残念ながらクラスは違ったけれど、講義の一つはあのディラン殿下も受講されています。ディラン殿下やその隣に座る“氷の貴公子”ルーク・トラウト様が近くにいる講義。なんて素敵なのでしょう。
それにクラスが一緒のライナス・ラステラ様や、違うクラスだけど見かけることもあるパトリック・アデル様も女子の間で人気です。私のような弱小貴族では、社交界で近づくことすら叶わなかった方達がこんなに近くにいるなんて……!
そういった方達と送る学園生活。当然女子たちの話題は、憧れの方との恋愛の妄想になるわけで――。
「こんなに近くにいるのだし、チャンスあるんじゃないかしら?」
「家格がねえ……。でも、お
「イケメン第二王子の第二夫人? それもアリね!」
お友達たちは盛んにそう話すけれど、地味な私には無理だと思います。精一杯のおしゃれは、大好きだった死んだおばあちゃんに貰った蝶々の形の髪飾りくらいだし……。
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エンゼリアに通う生徒の大半は貴族出身。――つまり、生徒たちの立場にも貴族社会の立場は色濃く反映されます。うかつな発言行動は、お家の名前に傷がつく。そして大貴族の子弟には逆らわない方が良い。
その中でもっとも注意すべき人物。それがレイナ・レンドーン公爵令嬢様です。入学してわずか数か月で一年女子たちの頂点へと君臨した彼女は、最上級の家柄に端正な顔立ち、そして素晴らしい魔法の才能を持っています。
その異名は“紅蓮の公爵令嬢”。立ちふさがる敵対者を全て自慢の魔法で焼き払ってきたことからついたらしいです。
去年の襲撃事件で活躍したことで、“救国の乙女”という異名も王都の市民たちの間では話題だそうですけど、先日も自分に反抗する令嬢に罵詈雑言を浴びせ魔法を使うと脅したという噂も流れているし、苛烈な性格なのが真実だと思います。
両隣を固めている方も有名です。
一人は社交界の華、エイミー・キャニング様。その美貌とスタイル、貴族令嬢の
もう一人はリオ・ミドルトン様。キリっとしたカッコいい女性で、ファンの女の子も多い演劇部のホープだそうです。あと、とても喧嘩がお強いとか……貴族令嬢が殴り合いを?
とにかく、三人がそろって廊下を通ると華麗で威圧感たっぷり。私なんかは思わず小さく悲鳴を上げて飛びのいてしまいます。住む世界が違い過ぎます……。
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「ねえ聞いた? レンドーン様のお料理研究会」
「聞いたわ、ルーク様もいらっしゃるんでしょう? でも私ダンス部だもんなー」
学院中はレンドーン様が結成したお料理研究会のことで持ちきりです。私は既に文芸部に所属しているから縁のない話ですが、やっぱり気になる噂です。
「貴族令嬢が料理を? しかもレンドーン様が?」
「きっとルーク様は餌で、入ったら最後レンドーン様に馬車馬のようにこき使われるんじゃないかしら?」
確かに高位貴族の方がお料理とは不思議な話です。わいわいと噂話で騒いでいると、後ろから声を掛けられました。
「レイナ様は皆さまが思うほど恐ろしい方ではないのですけれどね……」
「キャ、キャニング様!? これは、その……」
「いいのですよ。別にレイナ様に言いつけたりしませんわ」
キャニング様の口調は怒気や咎めるような感情は含まれていない。ただただ呆れたような感じだ。どういうことなのだろう? キャニング様はレンドーン様の取り巻きのはず。まさか実は
「あなた達が今思っているだろうことも違いますからね。私はレイナ様をお慕いしております。それでは失礼」
言いたいことは言ったとばかりにキャニング様は立ち去られてしまった。報復を考えると、謝るべきだったのでしょうか……?
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少し危惧していたレンドーン様からの報復もなく、月日は過ぎて行きました。ディラン殿下やレンドーン様とは関わる事などない、平凡かつ平穏な日々です。
しいて言えば同じ寮のサリアちゃんとアリシアちゃんがお料理研究会に所属したので、夕食の際に
アリシアちゃんとは最初、話をするような仲ではなかったけれど、サリアちゃんを通じて話をするようになりました。どうやら彼女はかなりのレンドーン様信者のようで、少しでもレンドーン様の悪口を耳にしたなら普段のにこやかな顔とは一変します。
そんなある日。廊下を歩いていた私は、突然飛び出してきた人とぶつかってしまいました。私は反動でこけてしまい、手に持っていた資料はバラバラに散らばりました。
「いったーい! なんですの!?」
「ご、ごめんなさい……」
私は起き上がり、非難の声を上げた人物を確認します。それは注意すべき人物の一人、ルシア・ルーノウ公爵令嬢様でした。
「何なのあなた、どんくさいわね!」
「ごめんなさい……」
「どこの田舎貴族かしら? 見た目まで野暮ったい!」
あなたが突然飛び出してきたのが悪い……と言えるわけありませんでした。ルーノウ様に睨まれたくない周りの人々は、知らないふりをして通り過ぎます。彼女とその取り巻きの方々は私を散々に罵った後、
「その髪飾りもダサいわね。今度ぶつかったらただじゃおきませんわ!」
――そう言い残して去ってしまわれました。
私はどうしようもなく泣きたくなりながらも、次の講義へと急ぐため散らばった資料を集め始めました。
「はい、これあなたのでしょう」
「あ、ありがとうご――あなたはレンドーン様!?」
総意って資料を集めて手渡してくれたのは、まさかのレンドーン様でした。あのレンドーン様が何故私なんかのために?
「そうよ、私の名前はレイナ・レンドーンです。良くご存じね?」
「それは有名ですから……。あ、あの……、ありがとうございます」
「いえいえいいのよ。その髪飾り蝶々かしら?」
「……はい」
「綺麗でとっても素敵ね。そうだ、あなた今週の休日は空いているかしら?」
「休日ですか? はい、空いています」
「それじゃあアイスケーキパーティーをするからいらっしゃいな。美味しい物を食べるときっと元気になるわ」
彼女はそう言って一枚のチラシを渡してくれました。「大丈夫? 痛みはない?」としきりに心配してくれた彼女は、最初から最後まで苛烈な“紅蓮の公爵令嬢”を感じさせない笑顔と優しさでした。
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三年生の卒業パーティーが襲われた時、私は避難する途中魔導機を見ました。みんなの為に戦う赤い魔導機には、レンドーン家の紋章が刻まれていました。
彼女ならきっとそうするでしょう。彼女ならきっと私たちを護ってくれるでしょう。あの時の優しい笑顔が私の中に蘇る。王国最強とも言われる魔法の才能を持つあのお方を、今なら信じられる。
私はもう立派なレンドーン様信者なのかもしれない――。
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☆東部貴族
王国東部に領地を持つ貴族。大陸と近いため、婚姻や文化など良くも悪くも大陸の影響を受けやすい。現在ドルドゲルスとの繋がりを背景にルーノウ公爵家が大きな勢力を築き、ブレグマン伯爵家、ミドルトン男爵家もここの貴族。
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