第58話 貴女に名を呼ばれる嬉しさ
窓に吹き付ける雨風の音で目を覚ました。
昨日はこんな大荒れの天気になる気配はなかったのにな……。
「おはようございますお嬢様。今朝はお早いお目覚めですね」
「おはようクラリス。雨風の音で起こされたのよ。私、休日は
「存じ上げております」
「あーあ、せっかくの休日なのにこんな天気だなんて退屈だわ」
エイミーとリオの寮へ遊びに行こうかしら?
いや、エイミーはコアの調整をしてくれているし、リオは今度の舞台のお稽古かしらね?
「こういう日こそ勉学に励まれては?」
「クラリスは隙あらば勉強を勧めてくるわね……。却下よ。お勉強は普段からしているわ」
「でしたら教会でお祈りをするのはどうでしょうか。以前お祈りを捧げたこともあったでしょう」
あれはおとぼけ女神を呼び出して文句を言うためだ。私は別にあの女神の
そう言えばもうすぐあの女神の降臨に適した時期ね……。また呼び出して有益な情報を吐かせないと。
「却下よ。女神様だって今は忙しいでしょう」
「そういうものなのですか? でしたら久しぶりに私とゲームで遊びませんか?」
クラリスの提案するゲームとは、当然テレビゲームではなく前世で言うところのオセロやチェスのようなアナログなゲームのことだ。
笑顔で誘ってくるけれど、クラリスはこの手のゲームが恐ろしいほどに強い。
私を待つ運命は敗北。遊ぶんじゃなくて遊ばれるだけよ。
「却下よクラリス。それはまた今度ね」
「約束ですよ? 困りましたねえ……、それだと後は読書くらいですか」
読書ねえ……?
☆☆☆☆☆
エンゼリア王立魔法学院は、その歴史に比例して
王国の歴史的資料、失われたと言われる太古の魔法、かつての大魔法使いの手記などなど、その種類は多岐にわたる。子ども向けの童話から難解な魔術書まで、ありとあらゆると書物がそろっている。
広い学院内、一口に図書室と言っても実に多くの図書室が存在するのだ。
私が向かっているのは中央大図書館。学院内に数ある図書館の中で、最も広く最も蔵書数が多い。
「うわ、本当に大きいですわね……」
思わず感嘆の声を上げてしまうほどに中央大図書館は大きい。
司書の方たちの風魔法だろうか? 本があちらこちらと飛び回っているのも実にファンタジーな雰囲気だ。
勘違いしてほしくないけれど、今世で図書館に来るのが遅れただけで元々私は読書好きだ。前世でも足しげく図書室へと通ったものよ。
「さてと、お料理本はどこかしらー?」
まあとりあえずお料理本よね。
レンドーン家の屋敷にはその類の本はなかったし王都でいくらかは購入したのだけれど、お料理のレパートリーを増やすためにはもっと知識が必要だわ。
この世界の各国のお料理、それに食材の研究を重ねればきっと新しいレシピが頭に浮かんでくるはず……!
「なになに『基礎から始める風魔法』『君も使える回復魔法』……。初心者向けの魔法コーナーですわね」
このコーナーじゃないわね……。
それにしても本当にすごい数の本。思わず見上げながら歩いていた私は、歩く先に人がいることに気がつかなかった――。
「――痛っ! もう、なんですの!?」
「ご、ごめんなさい! 良く前を見ていなくて……。大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃありませんわ! まったく、高貴なる私を何と思っていらっしゃいますの? ……あ、あなたはレイナ・レンドーン!」
私が不注意にもぶつかった相手、こちらをキッと鋭い視線で睨みつけてくる少女は、艶やかな黒髪がご自慢っぽい先日宣戦布告してきた悪役令嬢四天王のリーダー。たしか名前は――、
「あなたはルルガ・ボンノー!?」
「誰ですのそれ! 私の名前はルシア・ルーノウですわ!」
私の間違いにいきり立つルシア。これはまた失礼してしまいましたわ。
でも私は彼女に言わなければいけないことがある。
「しーっ! 図書室ではお静かに」
「――っ! あなたが間違えたせいですわ! そもそもあなたがぶつかって来たから!」
「それはごめんなさい。この通り謝罪しますわ。でも図書館ではお静かに」
「――っ!」
なんかこの人意外に扱いやすいわね。実は話せばわかるタイプの人間なのかしら?
「レンドーン、知と教養の聖域からもっとも縁遠そうなあなたがなぜここに?」
「当然本を読むためですわ。私、結構読書家でして。今はお料理の本を探しているところですわ」
「ハンっ、料理? レンドーン家では使用人を雇うお金にも不足しているのですか? あのアップトンとご一緒するだけあって、下々の事に随分お詳しいのですね」
前言撤回。やっぱりこの子とは相いれないわ。
心の底から私とレンドーン家、それにお料理をバカにした言い方。そしてアリシアは素敵なお友達で、大事な研究会の仲間よ。
「おや? ここで会うのは珍しいですね」
「ディラン!」
「ディラン殿下!」
ルシアの
「レンドーン様、ディラン殿下を呼び捨てとは不敬ではなくて?」
「いいのですルシア嬢。レイナとは親しい付き合いですから」
ふっふーん。ディランはどうやら私の味方のようね。
あれ待って、でもこの状況って男の陰に隠れる嫌な女ムーブじゃない?
「失礼しましたディラン殿下。私ったらつい……」
「ええ!? いえ、君と僕の中ですから呼び捨てでいいのですよレイナ」
「そういうわけにもいきませんわ」
エイミーにも昔言ったけれど、
いくら親しいと言っても、他の人がいる前で王族の方を呼び捨てはね……。
私は男子と親しいアピールに全振りの痛い女じゃありません。
「ははは……、はあ……。ところでお二人は何かもめていたのですか?」
「そうなんです殿下、レンドーン様が私を突き飛ばしましたの!」
「レイナが……?」
何か落ち込んでいるディランの質問に対して、私を告発するルシア。
よく言うわねこの女。確かにぶつかってしまったのは事実だけれど、それは私の不注意であってわざとじゃないわ。むしろ私は先日あなたの取り巻きに突き飛ばされました。
「不注意でぶつかってしまいました。そのひょうしにルーノウ様がこけられたので、助け起こして謝罪をしました」
「だそうですが、ルシア嬢」
「殿下はこの粗野なレンドーン様の虚言を信じられるのですか? 私はこんなにも殿下をお慕いしていますのに……」
そう言いながら殿下にしなだれかかるルシア。この子もディラン狙いか!
でも残念でした~、ディランはアリシアが好きなのよ……原作通りならね。
「それはありがとうございます。しかし、僕にはレイナがわざとそういうことをするとは思えません。不幸な行き違いでは?」
ディランは笑顔でそう言いながら、さりげなくルシアから離れる。
やっぱりディランはアリシアの事が好きみたい!
「レンドーン様をおかばいになるのですか!? 殿下はレンドーン様に騙されておいでです!」
「誰を信じるかは僕が決めますよ、ルシア嬢」
「――っ! そのような奸臣の言う事を信じるとは……。きっと今に私が目を覚まさしてあげますわ。今日は失礼いたします」
形勢不利を悟ったのか、ルシアは一気にまくし立てて立ち去って行った。
貴族令嬢たるもの、あんなに大きなお声を出してはダメですわよ。図書館ではお静かに。
「少し……厄介なことになっているようですね、レイナ」
「殿下が気にされるほどではありませんわ」
「そうですか?」
「そうですわ。オホホ」
今回はたまたま遭遇しただけであって、私はディランや他の友人たちをなるべく巻き込みたくはない。これは私と彼女たちの問題よ。
「そう言えばルークから聞いたんですが、今度はアイスケーキを作るそうですね。材料などを手配しましょうか?」
「いいえ、心配には及びませんわディラン。すでに手配済みです」
材料はサリアにお願いしてある。彼女の実家であるサンドバル家は小さい貴族だけれど、親族に商人が多く商家にたいして顔が効くらしいわ。
「そうですか――ん? 今名前で呼びましたか?」
「ええ、他に誰もいませんから。いけませんでしたか?」
「いいえ、いいのですよ。そうか、ルシア嬢がいたからだったんですね!」
よくわからないけれどディランは何だか嬉しそうね。
私のお料理に対する期待かしら?
「材料も遠慮なく僕に言ってくれれば良かったのに……」
「そういうわけにもいきませんわ」
前回は初開催のご祝儀ということで受け取ったけれど、さすがに毎回は悪いわ。
「でしたら今度は別に何か……プレゼントを……」
「? 何か言いましたかディラン?」
「いいえ、なんでもないですレイナ」
「心配しなくてもお料理した時は誘いますから」
「ありがとうございます! 楽しみにしていますね!」
本当にディランは私のお料理が好きね~。
心配事はあるけれど、期待してくれる人も多いしお料理頑張らなくちゃ!
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