第57話 強き剣は花を愛でる

 練習機をオーバーヒートさせてしまった日の放課後。

 さっそく私はエイミーに連れられて、コアの改良の為に協力していた。


「ではレイナ様、魔力を思いっきり込めてください」

「わかったわ」


 私はエイミーに言われた通り、渡された魔導コアに思いっきり魔力を込める。

 そう言えばエイミーと出会ったばかりの時に同じことをしたわね。

 あの時と同じように、コアはぎゅいんぎゅいんと音を立てて光輝く。


「はー、お嬢は相変わらずバカみたいな魔力量だな」

「ちょっとリオ、バカみたいっていうのはやめてくれる。もう少しポジティブな言い回しに変えてちょうだい」

「悪い悪い。相変わらず神ってる魔力だね、お嬢」


 …………。

 神に例えられると、あのおとぼけ女神を思い出して微妙な気持ちになるわ。


「レイナ様、もうやめていただいて結構です」

「りょーかい。……どうだった? 何かわかりそう?」

「今私が言えることは……レイナ様、昔に比べてまた魔力が上がっていますわね」


 嘘!? あの女神から貰ったチート魔力って成長有りなの!?

 ……マギキンのレイナとポジション違い過ぎじゃないかしら?


「このままいけばお城くらい吹き飛ばせるんじゃありませんの?」

「ひゅー! すげーなお嬢!」

「吹き飛ばさないわよ……」


 いや、フラグを立てるのはやめてちょうだい。

 そんな破壊の権化みたいな事しないわよ。私の扱いは怪獣かな?


「そうですよ。レイナ様は力を持っていても不必要に使わない、救いの女神様みたいな人ですから」

「フォ、フォローありがとうね、アリシア」


 褒めているのよね?

 私褒められているのよね?

 女神が蔑称べっしょうに聞こえるって何かの病気かしら……?



 ☆☆☆☆☆



 とある日の講義終わり。アリシアには一人でいるなと言っておきながら、一人でうろついている私。

 私は一人でぶらぶらするのが好きなのだ。取り巻きなんてほんとごめんこうむるわ。


「なんの人だかりかしら?」


 何かイベントでも開催しているのか、人だかりを目にして立ち止まる。

 ワーキャー歓声があがり、かなり賑やかな感じだ。


 隙間から覗いてみると、二人の少年が木剣片手に対峙していた。

 片方はパトリック。もう片方は知らない人だ。


「剣術部模擬試合、パトリック・アデルへの次の挑戦者は――」


 風魔法で拡声された声があたりに響く。

 そう言えば剣術部とかいう謎部活に入っているって言っていたわね。

 これは前世で言うところの剣道部の試合みたいなものでしょうか?


「負けないでパトリック様ー!」

「素敵ですわ~!」


 黄色い声をあげる歓声の大半はパトリックを応援している。

 そしてそのパトリックは終始相手を圧倒している。


 私も剣術を習っていた身。パトリックの凄さはわかるつもりよ。

 ……というかマギキンにはなかった気がするけれど、今のエンゼリアには必修科目で剣術があるから週一で剣を振るっているわ。前世で言う体育みたいなものかしらね?


 パトリックの剣筋けんすじは、私が習っていた王国でポピュラーな流派のそれとは違う。流れるような連撃が特徴的だ。たぶんアデル侯爵家が移民の血筋と言うのが関係しているのでしょうね。


 圧倒していたパトリックは苦戦らしい苦戦をせずに、ついには相手に膝をつかせた。

 ……これを考えると、レンドーン家護衛部隊のマッチョな隊長さんって相当な強者よね。


「パトリック様お疲れ様です!」

「さすがお強い。五人抜きですわね!」


 勝負を終えたパトリックに集まる女の子たち。

 最前列を確保していた子たちには見覚えがある。よくパトリックを追っかけている子たちよね。


「パトリック様~! ちょっとどきなさい!」

「いたっ! 何するのよ……」


 突然ドンっと、後ろから突き飛ばされて膝をついてしまう。

 誰よこんなか弱い乙女を突き飛ばすのは!?


「あ、あなたはC子――じゃなかったキャロル・オスーナ!」

「……シ、シーコ? あらごきげんようレンドーン様。その粗野そやな物言い、格が知れますわね」

「突き飛ばしておいてどっちが粗野よ、どっちが!」


 私を突き飛ばしたC子こと緑髪のキャロル・オスーナ侯爵令嬢は、謝る素振りすら見せずにまた煽ってくる。


 ……嫌な子だ。


「私のお名前をご存じとは光栄ですわレンドーン様。でも“紅蓮の侯爵令嬢”だなんて持ち上げられていますけど、何もない所で転ぶなんてどんくさいのね? 聞けば魔導機を動かせなかったそうで。“救国の乙女”というのも捏造ねつぞうかしら?」


 その二つの異名は私にとってありがたいものではないけれど、捏造だとかなんとかはこの子には言われたくないわ。それに転んだのはあんたのせいよ。


「お言葉ですがオスーナ様、人の事をとやかく言う前に私に謝罪してはどうですか? それからアリシアにも――」

「ヒィッ! ア、アリシア・アップトン……はここにはいないわね。失礼ですが謝るの意味が分かりませんね。もしや言いがかりを? そちらが謝罪をするべきでは?」


 ああ言えばこう言うわね……。

 それならこっちにも考えがあるわ!


「《かぜつたえよ》」

「な、何を……!?」

「お集りの皆さま、剣術部模擬試合パトリック・アデルへの次の挑戦者は、キャロル・オスーナ!」


 私の声に周囲の観客は勘違いをして「うおおおおお!」と地鳴りのような歓声を上げる。

 遠目に見えるパトリックも、歓声に応じて再び戦闘モードに入ったようね。


 ――作戦通り!


「え? 何これ、え?」

「それじゃあ頑張ってくださいオスーナ様。戦った私の経験から言わせてもらうと、パトリックはお強いですわよ」

「ええー!?」


 一度戦闘モードに入ったパトリックは、何が何でも戦うでしょうね。

 でもこの私を突き飛ばしてまで近くに寄ろうとしたんですから、近寄る機会ができて良かったわね。私ってとっても親切だわ。


「それではごきげんよう~」



 ☆☆☆☆☆



「まあ、見物までするほど悪趣味ではありませんし」


 というわけで私は、喧噪けんそうから離れて学院の裏庭へと来ていた。

 綺麗に咲いた色とりどりの薔薇ばらが、私の目を楽しませる。

 お友達とわいわい騒ぐのもいいけれど、一人で静かに過ごすのもいいわよね。


「パトリックには少し悪い事をしたかしらね……?」

「やっぱり君の仕業だったのかい、レイナ」

「――うわっ! パトリック!?」

「そんなに驚かないでくれよ。少し傷つくじゃないか」


 いつの間に……!

 というか私のしたことバレた!? ピンチかしら?


「……あの、どうして私がしたと?」

「君の声を僕が聞き間違えるわけないだろう? キャロル嬢とトラブルが?」

「オホホ……。まあそんなところですわ」

「まあ察するよ。彼女、ちょっと独特だからね……」

「オスーナ様を知っていますの?」

「知っているよ。同じ侯爵家だからか昔かよく会う機会があってね。最近だと僕の追っかけの子たちとも軋轢あつれきがあるみたいなんだ」


 パトリックの言葉の端々からはネガティブな感じが伝わってくるわ。

 好意からつきまとっては、いろいろ策をろうして他の女の子を蹴落としているって感じでしょうね。まさに悪役令嬢の行動!


「えーっと、試合はしましたの?」

「せっかくだししたよ。彼女の家系は優秀な魔法使いを輩出しているからね」

「……結果は?」

「五秒。それでなるべく痛くないように、あざも傷も残らないように気絶させたよ」


 さすがお強い。そして女性に対する配慮も行き届いていることで。


「それで、レイナはここで花を見ていたのかい?」

「ええまあ。というより静かに過ごしていただけですわね」

「そうなんだ。レイナは知っているかい? 薔薇は色や本数によって花言葉が違うんだよ」

「そうなんですか? というかパトリックってそういうお話にもお詳しいんですね。正直少し意外でした」


 カッコいいだけでなくこういう知識もモテの秘訣なのかしら?

 バトルジャンキーという私の脳内を改めないといけないかもしれない。


「視野を広く持とうと思ってね。レイナ、君に教えられたことだよ」

「私に? ウヒヒ、心当たりはありませんけどそれなら良かったです」


 何が良かったかわからないけれど、結果的にパトリックは父親であるアデル侯爵との関係も良好で、特に問題なくきていると思う。知らず知らずのうちに問題解決なんて、グッジョブ私。


「なんか久しぶりにレイナとこうやって落ち着いて話せた気がするよ」


 そう語るパトリックの顔は珍しく真面目だ。褐色の肌に憂いをおびた雰囲気。

 ウヒヒ、これはこれで違った魅力があるわね。


「そうですか? 月下の舞踏会の時も話したじゃないですか。それにあの時助けて頂いたお姫様抱っこ。あれは私の人生初お姫様抱っこでしたよ?」

「そうなのかい? それなら光栄だよ、可愛いお姫様」


 うーん。真面目な顔をしたと思ったら次の瞬間には口説きだす。

 マギキンでの軟派な性格は健在なのかしらね?


「そういえばパトリック、舞踏会の前にくれた剣にも薔薇の彫刻がありましたよね? あれにも花言葉の意味が込められているのですか?」

「さあ、どうだろうね。可愛いレイナ」


 そうはぐらかす様に答えて爽やかに笑ったパトリックの横顔は、照れているのか夕日なのか少し朱に染まっていた。

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