第56話 燃える想いがオーバーヒート

「――ということがあったから、あまり一人でいてはダメよアリシア」

「ええ!? わ、私がいない時にそんなことがあったんですか?」


 例の悪役令嬢四天王の一件、アリシアには伝えようかどうか悩んでいた。

 過剰に不安にさせたくないからだ。


 けれどもアリシアの関わるところが大きく、また狙われる危険性がある。だから伝えることにした。


「申し訳ありませんレイナ様。私を助けていただいたり、パーティーへと連れて行ってくださったことでトラブルに巻き込んでしまって……」

「いいのよアリシア、気にしないでちょうだい」

「そういうわけにはいきません! こうなったら、私が直接お話をして――」


 予想通りの反応ね。

 真面目なアリシアは全部自分の責任だと思う。だから伝えるのをためらった。


「相手は大貴族よ。正直、あなたが話に行って解決する問題ではないでしょう?」

「そ、それは……」

「あなたを助けたのは私の勝手ですし、月下の舞踏会に誘って手配をしたのも私よ。あなただけの責任ではないわ」

「で、でも……!」

「大丈夫。“紅蓮の公爵令嬢”を信じなさい。きっと私が解決して見せるわ」

「……はい!」


 まあ目には目を、悪役令嬢には悪役令嬢をってよく言うしね。

 デッドエンドの回避を目指す為、そしてなによりマギキンファンの一人として、ヒロインアリシアは私が護ってみせるわってね。


「だからあまり一人にならないように気をつけてね」

「ご心配ありがとうございますレイナ様。最近はレイナ様達とご一緒じゃない時は、サリアちゃんと一緒にいますから」


 そう夏の向日葵ひまわりみたいな明るい笑顔で話してくれるアリシア。

 サリアともお料理研究会の活動や月下の舞踏会を通してだいぶ仲良くなれたみたいね。


 でも課題を写させてあげるのは少し自重した方が良いわよ。たぶんシリウス先生あたりは勘づいているから。


「そう言えば今度の研究会でのお料理は、アイスケーキを作ることにしましたわ」

「素敵ですね! これから暑くなるのでぴったりだと思います」

「そうね! アリシアにはビスケットを焼いてもらうわ。アイスをサンドするの」

「美味しそうですね。任せてくださいレイナ様!」



 ☆☆☆☆☆



 ついにエイミーが待ちに待った日がやってきた。

 私は待っていない。エイミーが待っていた。


 つまり魔導機関係の日だ。

 必修科目で履修してきた魔導機概論の講義。今日はついに魔導機に乗る。


 私たちが乗るのは、我が国初の国産モデルKK105〈バーニングイーグル〉の練習機であるKK105T〈トレーニングイーグル〉だ。


 まんまなお名前ですけれど、こんなものなんでしょうかね?


「む、難しかったです。やっぱり知識と実践は違いますね……」


 そんなことを言いながら練習機から降りてきたのは、この日を待ち望んでいたエイミーだ。


「そんなことはないわよ。十分に動けていたじゃない」

「いいえ、酷い動きでした。もっと練習しないと……」


 エイミーは悔しそうだけれど、クラスの大半はほとんどまともに動かすことができていない。

 ぎこちないながらも一通りの動作をやってのけたエイミーは、中の上と言えるくらいだと思うわ。


 例えば今動かしている悪役令嬢Aさんことアレクサンドラ・アルトゥーベさんなんて、まともに立てずに生まれたての子牛のように這いつくばってプルプルしているわ。


 これを考えたら初めての操縦で戦闘をこなした私ってすごいのかしら?

 エイミーには悪いけれど、そこまで魔導機に愛着はないから得意気にはなれないわね。


「リオも結構動けていたわね」

「まあな。私も別にああいうがちゃがちゃした操作は得意じゃないんだが、馬に乗る感じが近いのかもな」


 なるほど。ディラン殿下やルークも華麗に操って黄色い声援を一身に集めていた。

 確かに三人の共通点は、運動神経が良くて乗馬が上手ってことね。


「次はアリシアの番かしら? がんばってね!」

「ありがとうございますレイナ様! がんばります!」


 笑顔でとてとてと歩き魔導機に向かうアリシア。

 マギキンのヒロインとSF染みたロボットが並び立つことを私の脳が拒否する。


 ――でも現実なのよね。


 前世の記憶が戻って早七年。

 いまだにこの魔導機という物には慣れないわ。


 魔導機に乗りこんだアリシアは、難なく規定の動作をクリアしていく。

 動きもかなりスムーズね。いきなりの操作でこれはいわゆるヒロイン補正かしら?


 一通りの動作を終えたアリシアは、魔導機を駐機させ降りてくる。

 笑顔で真っすぐにこちらに向かってくる彼女は、たとえ背景に武骨なロボットがあろうとも子犬みたいで可愛いわね。


「どうでしたか?」

「すごいじゃないアリシア! ディラン殿下やルークにも負けていませんでしたわ」

「ありがとうございます! でも左手を戻すときに少し違和感があったんですよね……」


 うーん。私には答えられない疑問だ。

 しかしエイミーは答えがわかったのか、口を開いた。


「アリシアさんは普段右手で魔法を使いますか?」

「はい、右手です」


 多くの魔法は、唱える時に照準として手を向ける必要がある。


 別に利き腕とかじゃなくて、使いやすい方が良い。

 例えば私なら《火球》を唱える時に基本右手を構えるけれど、別に左手でも出せるのだ。


 古い魔法使いは杖を使ったりもする。杖の素材によって威力が増えたり、魔力を軽減してくれるらしい。マッドン先生なんかは使ってらっしゃるわね。


「人は無意識的に普段魔法を使う方の手に多く魔法を注ぎ込むものです。均等になるように気をつければ改善するかもしれません」

「そうなんですね。ありがとうございますエイミーさん!」


 なるほどねー。

 私は直感的に動かしたけれど、いろいろ気をつけなくちゃいけないことがあるのね。


「さすがねエイミー!」

「知識ではわかるんですけどね……」


 エイミーはそう言って遠い目をした。

 あなたもきっとすぐに上手になるわよ。あれだけの愛があるんですもの。



 ☆☆☆☆☆



「最後、レイナ・レンドーン!」


 いよいよ私の番が回って来た。

 順番は別にアルファベット順とかじゃなかったけれど、まさかオオトリとはね。


「レイナ様、あの時の鮮やかな操縦をもう一度見せてください!」

「お嬢ー! 緊張するなよー!」


 あの時はみんなを護るために無我夢中むがむちゅうだったから正直よく覚えていないわ。

 戦った後に緊張と疲労で気絶しちゃったしね。

 あとリオ、緊張なんてとっくにしているわよ……。


「レンドーン。何故お前をラストにしたかわかるか?」

「いいえ、シリウス先生」

「お前を最初の方にすると、見た他の生徒が自信をなくしかねんからな。いっちょ手本を見せてやれ」


 なんという過大評価。

 とりあえず笑顔で返して魔導機へと向かう。


 一年ぶりね……。あの時はドレスだったけれど今日は違うから、馬のくらのようなパイロットシートにスッと座れる。両手を伸ばして籠手みたいなものに手を入れて、レバーを握る。


 均等に魔力を流し込むと良いと言っていたわね? ならどっちもフルパワーよ!

 期待されているみたいですし、恥ずかしいところは見せられないわ。


 ゆっくりと機体を立ち上がらせて、


「さあ、動きなさい!」


 力強く叫ぶ。ちょっとテンション高いわよ私。

 今、私の素晴らしい動きに歓声が――、


「あれ? なんで動かないの?」


 ――起きなかった。


 私が乗っている魔導機はうんともすんともいわない。

 どうがちゃがちゃいじっても、微動だにしない。


「どうしたレンドーン? 動かしていいぞ?」

「それが先生、まったく動かなくて……」


 どこか変なとこを押しちゃって壊しちゃったのかしら?

 というか動かないならここから出られなくない?


「動かない? おーいキャニング、ちょっと来てくれ」


 私と魔導機の異常を察しったのだろうシリウス先生がエイミーを呼ぶ。


「レイナ様ー! 緊急レバーを引いて駐機状態にできませんか? 右の足元にあると思いますわ」

「わかったわエイミー」


 右の足元……これね!

 私が指示されたレバーを引くと、魔導機はゆっくりと跪いて駐機状態へ移行し、ハッチが開いた。


「出られないかと思ったわエイミー。ありがとう! 原因はわかる?」

「いえいえ。ちょっと調べてみますわね~」


 エイミーは魔導機の中へと入って、しばらくごそごそと動いていた。

 そして原因を特定したのか、すぐにぴょこっと出てきた。


「原因がわかりましたわレイナ様」

「ほんと!? なんだったの?」

「原因は魔導機コアのオーバーヒートですわね」

「オーバーヒート?」

「はい。レイナ様はたぶん全力で魔力を込められましたよね?」

「ええ、込めたわ」

「この魔導機のコアはあまりにも強すぎるレイナ様の魔力に耐えられなかったみたいです。魔力の過剰供給ですね」


 Oh……、チート魔力の弊害がここにも。でもあれ?


「去年魔導機を動かしたときに大丈夫だったのは?」

「実戦の緊張で自然とリミッターがかかっていたんでしょうね。結果的に身体の方が耐えきれなくなって気絶されたんだと思います」


 なるほどねー。はりきりすぎちゃったかー。


「今度からの魔導機の実習講義では魔力を絞らないといけないわね……。それとも見学かしら?」

「いえ、私に任せてください。レイナ様が全力を出しても大丈夫なコアを造りますから!」


 そう熱に浮かされたように語るエイミーの目は、キラッキラに輝いている。


 こ、これを口実にサボろうと思ったのに……。

 でもエイミーの目と熱意に押されて、私はただ笑顔で頷くことしかできなかった。

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