第49話 お嬢様は恋のキューピッドになりたい

 

「レイナ様、会場からこんなに離れたところに何の用事なんですか?」

「まあ見てなさい。きっと驚くわよ」


 来客がにぎわうダンスホールからかなり離れたところ。

 招待客についてきた使用人たちが待機している部屋の近くに、私は会場で見つけたサリアを連れて来ていた。


 今までのパーティーでは虎視眈々と格上貴族との人脈を狙っては相手にされないでいたけれど、私やルークと普段から付き合うようになったから、中堅貴族くらいなら相手の方から話しかけてくるので今回は余裕がある、というのはサリア談だ。


「お嬢様、レイナお嬢様。こちらです」

「あっ、クラリス! 首尾はどう?」

「ばっちりです。この城のキッチンメイドとは親しいですから。そちらでお着替えも済まされています」


 よし、万事順調ね。

 さすがはクラリス。できる側付きがいると話が進むわ。


「着替え、ですか……?」

「ええサンドバル様。さあ、こちらです」


 私たちはクラリスについて行き、厨房の近くにある一部屋へと入る。

 普段はこの城の女性使用人が着替えに使う部屋。


 その部屋の中でちょこんと座って待っていた人物は、私たちの顔を見るとパッと花が咲いたような笑顔を見せた。


「レイナ様こんばんは、お久しぶりです。サリアも久しぶりね」

「お久しぶりねアリシア。上手くいったようで良かったわ」


 待っていた人物はアリシアだ。

 用意した黄色のドレスに身を包んだ姿はこれまた可愛らしい。


 これが私のサプライズ!

 アリシアが午前0時に誰と踊るかによって今後の方針を見極めるわ。


 我ながら何という策士!


 それにメインヒロインがいないイベント進行っておかしいじゃない?

 マギキンファンとしては、月下の舞踏会という新イベントはやっぱりヒロインのアリシアがいないと話が始まらないってものよ。


「――って、ええーっ!? なんでアリシアがいるの!? 招待状を頂いた貴族だけのパーティーなんじゃ!?」

「本当に驚きよねサリアちゃん。家に突然クラリスさんが訪ねてきた時は私も驚いたわ」

「レイナ様の仕込みなんですね……。大丈夫なんですか?」


 サリアの顔は心配そうだ。

 大丈夫とは、招待客ではないアリシアの正体が露見したら不法侵入者扱いになるという事でしょうね。

 まあバレたらかなり面倒くさいことになるのは確かだわ。


「大丈夫よ。全体の参加者がどれくらいの人数がいるか誰も知らないでしょう? 私だってよく名前を知らない方がたくさんいらっしゃるわ」

「それはまあ、そうですね……」


 木を隠すのなら森の中。

 令嬢を隠すのなら令嬢の中、よ。


 ダンスホールに連れて行きさえすれば、誰も気がつかないでしょう。

 中には学院でアリシアの顔を見たことある人間がいるかもしれないけれど、人間堂々としていれば案外バレないものよ。他人の空似と思うはずだわ。


「さあ、行きましょうか!」



 ☆☆☆☆☆



「うわあ、これが貴族様のパーティー。華やかですね……」

「アリシア、学院では卒業パーティーなんかがあるから、こういった場には慣れておいた方が良いわよ」

「はい! レイナ様とご一緒できて嬉しいです。ありがとうございます!」


 素直で可愛らしい事。さすがは乙女ゲームのヒロイン。

 慣れない場でオドオドしちゃう姿すら可愛いわ。

 少女漫画ならきっと背景にお花を背負っているわね。


「アリシア、月下のムーンライト舞踏会ダンスパーティーの伝説は知っている?」

「ええ、もちろん! 平民の間でも有名な話ですから」


 あら、そうなのね。

 そう言えば成績発表の時にピンと来てないのは私とリオくらいだった。


「それなら、話が早いわ。アリシアはどなたか踊りたい殿方はいるかしら? 私が呼んできてあげるわよ」


 これぞ恋のキューピッド大作戦!

 恋する二人の間を取り持てば、どう転ぼうが私は攻撃対象から外れる、はず……!


 そんな私の言葉にアリシアはキョトンとした後、ガシッと両手で私の両手を掴んだ。


 ――えっ?


「私はレイナ様と踊りたいです!」

「あの……、アリシア?」

「私はこの場に連れてきてくださったレイナ様と踊りたいです! だめですか?」


 ああーっ!

 そのうるっとした瞳で「だめですか?」とか聞くの反則よー。

 断りづらくなっちゃうじゃないの。私の作戦があー!


「アリシア、殿方だと誰が良いの? ディランはどう? それともルークやライナス? はたまたパトリックかしら?」

「レイナ様、踊りましょう!」


 ダメだ。この子良い子過ぎるのか、私に対する恩を返そうと頭がいっぱいだわ。

 友情に厚いのは嬉しいのだけれど、私が今知りたいのはアリシアがどのルートに行きそうかなのよ……。


「ほらアリシア、レイナ様が困っているし手を放してあげて」


 私は手が緩んだ隙にすり抜け、この場を去る。

 ナイスアシストよ、サリア!


「私がいるとこの場は目立つわ。アリシアをよろしくねサリア」

「任されました。さあアリシア、ケーキでも食べましょう」

「ああーっ!? レイナ様ー!」



 ☆☆☆☆☆



「あっ、レイナ。やっと見つけた」

「ライナス! もう体調は大丈夫なの?」

「ああ、おかげさまでな」


 いや、私を見つけて走って来たっぽいのは嬉しいのだけれど……。

 大丈夫? また貧血で倒れたりしないかしら?


「やあレイナ、探したよ。城を五周くらい。でも再び出会えたのは運命だね」

「パトリック! 城を五周って……。私はその体力とそれを運命って言い張る事のどっちにツッコミをいれればいいんですの?」


 同じく駆け寄ってきたパトリックは、たぶん性格的に追っかけの令嬢たち全員と踊ったうえで会場を回っていたのでしょうね。ほんと体育会系の極致にいるわねこの男。


「おっ、なんだ? みんなおそろいじゃねえか」

「ルーク! それにディランも」

「また会えましたね、レイナ」


 おっと、はからずともみんなそろってしまったわ。

 これでまとめてアリシアの方に誘導すれば、作戦成功ね。


「ところでレイナ、そろそろサプライズとは何か教えてくれますか?」

「いい質問ですわディラン。なんと! なんとこの会場にアリシアが来ているのです!」


 どうよ? さあ反応を見せてみなさい!


「「「「………………」」」」

「な、なによ、みんなそろって驚かないの?」


 沈黙……?

 ちょっと予想外の反応ね。顔を赤らめてそわそわしたりするものと思っていたけれど。


「い、いえ、驚いてはいますよ。また突飛なことをしましたね」

「まあアップトンも喜んでいるんじゃないのか?」

「そうですね。久しぶりですし挨拶しますか」

「そうだな。だがバレるとうるさいぞ」


 あれ? これまた何か想像とは違う感想。

 もっと「これから始まる恋の予感」的な展開を想像していたんですけど。


「いやあ、もっととんでもないことをするかと思いました」


 ディランの発言にみんなうんうんと頷く。


「何よ、私が何をするかと思ったか試しに言ってくださる?」

「そうですね……。僕は花火と称して《火球》を打ち上げるものかと」

「俺は新作の料理でも出すのかと」

「魔法で何か吹き飛ばすとか?」

「オレは何か奇怪な物をお披露目するのかと」


 ディラン、ルーク、パトリック、ライナスの順だ。

 うんうん、みんなの私に対するイメージが良く分かったわ。

 パトリックはこの発言、熊のような侯爵様に言いつけていい案件よね?


「もう午前0時の鐘まで時間がないわね。アリシアを連れてくるから待っていてくださいな!」


 早くアリシアを探さないと私の恋のキューピッド大作戦がー!


「いや、アリシアを連れてくるより僕と踊ろ――」

「待てパトリック。抜け駆けするな」

「ここは冷静に。最初と最後は僕で収まりがよくないですか?」

「「よくない!」」

「レイナ、さすがにこの時間にドカ食いすると健康に悪いからやめとけよー」


 なんかわちゃわちゃ言っている四人をさておいて、私はアリシアを連れて来るべく令嬢ダッシュで会場を駆け抜けた。

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