第48話 フォールフォーリンラブ!

「うん。なんと濃厚な味わい……」


 私は手に取ったプディングを片手に独りちる。


 口に入れたとたんミルクの柔らかな風味が広がる。上に乗っている生クリームも濃厚な味わいで、プディングの味をよりいっそう引き立てている。全体的に甘さを抑えた、こういった場に相応しい大人の味だ。


 というわけで私は、誰にも邪魔をされずに飽くなき食の探求道を突き進んでいる。


 ――でも一つだけ思うことがあるわ。

 

 私の実家は王国貴族の中でも格が高いレンドーン公爵家。グッドウィン王国の財務を預かる名門中の名門貴族だ。そして私はその一人娘。お顔も悪くないと思うし、この舞踏会の華の一人と自賛しても過言ではないでしょう。


 ――なのになぜ誰もダンスの誘いを申し出ないの?


 いや、わーっと大人数から誘われても面倒なだけだけれど、こうも誘われないとそれはそれで……。やっぱり“紅蓮の公爵令嬢”なんて恋愛カテゴリーに存在してはいけない感じの異名が悪いのかしら?


 気を取り直してスイーツスイーツ。この食への探求がデッドエンドを回避へと導くのだ。つまりこれは自己投資!


「次はどれにしようかなっと……」

「これなんかどうだ?」

「まあ、これも美味しそうなチョコレートケーキですわね。……ってルーク、いつからそこに?」

「ん? 割と結構前からいたぞ。熱心に研究しているようだったから話しかけなかっただけだ。さすがはお料理研究会会長様だ」


 横から声を掛けてきたのは、フォークを片手にしたルークだった。この男、スイーツを食べながらメモも取っている……!? さすがは私が認めた副会長様。


「そういうあなたも研究熱心ですこと」

「当たり前だ。俺が送った企画書は見ただろう?」


 やっぱりあれは企画書だったのね。となると他の三人もそれぞれ何かの理由があっての贈り物ね! なんでも恋愛に結び付けてはダメよ、クラリス。


「それよりいいのですか? ご令嬢方が虎視眈々こしたんたんと狙っていますわよ」


 私たちの後方から幾人もの視線を感じる。ルークとダンスを踊りたがっているご令嬢の方々だ。


 ルークはモテる。顔が良いし実力もある。家柄も申し分ない。さらには魔法の探求者という名の引きこもりを回避したので人当たりもいい。たぶん原作よりもモテているんだと思う。その魔法の腕を称してついた異名は“氷の貴公子”だ。


 ……私と何が違うのでしょうか? 魔法が得意で異名持ちでそれなりに人当たりが良ければモテるのなら、私もモテてしかるべきじゃないでしょうか?


「視線には気がついている。だがどうにもな……。それに俺は食の探求に忙しい」


 根っこの部分は変わらないのね。少し安心。


「でも少しは踊っておかないといけないんだっけか? じゃあ腹ごなしに踊るか!」

「腹ごなしって……」


 お相手はどこのどなたか存じませんが、それで誘われるご令嬢も気の毒なものね……。

 と、完全に他人事モードだった私の前に、ルークが手を差し出す。


「では、レイナ・レンドーン公爵令嬢様。俺と一曲踊っていただけませんか?」

「どうしたの急に真面目な顔をして……って私!? なんで!?」

「いや、腹ごなしにって言ったじゃねえか」

「あそこにいらっしゃる方々を誘えばいいじゃないですか!」

「あそこの誰かを相手にしたら、全員と踊らねえと丸く収まらねえじゃねえか。その点、お前と踊ったら家格にビビって申し込みも減る!」


 女避けか? 女避けね! まったく、人の事を何だと思っているのよ!?


「それに踊るならお前が良い。嫌か?」

「嫌じゃ……ないですけど……」


 卑怯ひきょうよ。そんな良い顔で突然真面目に言うなんて。私が差し出された手を握ると、ルークはなんだかんだ慣れた感じに私をダンスホールへと誘う。


 ダメだわ。なんかドキドキしてきた。ダメよレイナ、相手はあのルーク。私をビームで消し飛ばす危険度高い男よ。気を許しちゃダメ。


「へえ、上手いもんだな」

「私を何だと思っていらっしゃるの? 公爵令嬢ですわよ?」


 現実は悪役令嬢ですけどね。ルークのダンスは意外にも鮮やかだ。華麗なステップはきっと見ている人も楽しくさせる。


「そういえばルーク、研究会結成の時といい、最近なんか私に献身的ですわね?」

「献身的? 優しいと言ってくれよ。俺だって紳士。女性には優しくってな」

「あら、私のことをちゃんと女性として認識していらしたのね?」

「まあな。実技試験で演習場に大穴あけるやつが淑女かはおいといてな」


 ううっ……、試験で一番取ろうと思っただけですし……。冷静に考えればあのような事態を引き起こさないために、マッドン先生と威力を絞る特訓をしていたはずよね……。

 

 そうこう悩んでいるうちに一曲が終わる。

 ルークの手が私から名残惜しそうに離れたのはきっと錯覚ね。


「いい腹ごなしなったぜ。ありがとな」

「はあ……、どういたしまして」


 ちょっと複雑な気分になる誘われ方だったけれど、ニカッと良い笑顔で笑うルークを見たら責める気にはなれなかった。


「さあ、新しいのが出てるぞ。今度はアレを食べてみようぜ」

「いいですわね。そういえばルーク、今夜はサプライズを用意していますわよ」

「へー、サプライズ?」

「ウヒヒ、内緒ですわ」



 ☆☆☆☆☆



「ふーっ、食べ過ぎましたわ……」


 ルークと一緒にひとしきり食道楽に励んだ私は、休憩に一人で人気ひとけの無いバルコニーへと出ていた。綺麗な満月が優しい光で照らしてくれている。伝説にうたわれる夜も、こんな景色だったのかしら……なんてね。一人だけど少しロマンチックな気分になってしまう。


「……それにしてもやっぱり寒いですわね。早く中に入ろうかしら」


 季節は冬真っ盛り。

 吐く息は白く、薄手のドレスにショールではそこまで防寒に期待できない。


「さて今度は何を食べようか――うわわっ!?」


 突如、私が。なんとか壊れかけの柵を掴んで落下はまぬがれているけれど、宙ぶらりんだ。ウソウソウソ!? そんなに私食べ過ぎた!?


「誰かー! 助けてー!」


 反応はない。人込みを避けてこんな離れた場所に来るんじゃなかったわ。下を見ると地面は果てしなく下だ。どうする? 魔法でどうにかできる?


「……ダメ、もう手が……あっ」


 必死に頑張っていた私のか細い腕は限界に達し、私は真っ逆さまに落下していく。そう言えば前世でも落ちて死んだなあ……。ギュンギュンと迫ってくる地面に叩きつけられる衝撃が――来なかった。


「大丈夫かい、レイナ?」

「――パトリック!」


 目を開けると私は、パトリックにお姫様抱っこされていた。魔法で強化されたパトリックは私を抱えたまま凄い勢いで壁を上り、私が落下したバルコニーへと到着した。


「女の子たちから追われて外にいたら、可愛らしい悲鳴が聞こえてね。《光の加護》で強化して馳せ参じたというわけだよ」

「本当にありがとうパトリック。……あの、私重くありませんか?」

「全然重くなんてないさ。この柵も痛んでいたみたいだよ。何分古い城だからね。とはいえ管理の怠慢だ」


 ほっ。私が重くて壊れたわけではないのね……。というかお姫様抱っこのままだし緊張しますわ。お顔が近いですし、ドキッとしてしまう。


「さあレイナ、寒いし中に入ろうか。怪我はないかい?」

「ええ、あなたのおかげで。何かお礼をしなきゃね」

「お礼なんて結構。麗しの君に怪我がない。それこそが至上の喜びさ」


 パトリックは戦闘狂染みたところもあるけれど、こういう気づかいは友人たちの中でも一番だと思う。女の子の追っかけができるわけだわ。


「そうだパトリック、送ってきた剣はなんだったの? すごく綺麗だったから飾っているけど」

「あれは――いや、自ら語るのは無粋ぶすいというもの。……なら、直前の発言を翻すことになるけれどお礼を貰おうかな。レイナ、僕と一曲踊ってくれるかい?」

「……? ええ、喜んで」


 そういうことならってどういうことなら? お礼じゃなくても踊るくらいするけれど。そう言う暇もなく、私は軽やかに歩むパトリックに引かれて踊り始める。


「大丈夫かいレイナ。動くことで痛んだりしないかい?」

「ええ、大丈夫よ」


 パトリックのステップは情熱的だ。さすがの身体能力を感じるわ。それでいて、ちゃんとこちらを気遣って合わせてくる。曲が終わる頃には、私は程よい疲労感を味わっていた。


「月光に照らされる一輪の花を愛でることができて良かったよ」

「まあ、相変わらずお上手ですね」

「事実を言ったまでさ」

「そういえば、今夜は――」


 ダンスを終えた私たちが談笑していると、不意に声が聞こえた。


「パトリック様があちらに!」

「今度は私と! 私と踊ってください!」

「いいえ、私と踊りましょうパトリック様!」


 パトリックの追っかけの皆さんね。相変わらず人気者だなー。


「うわっ!? 君たち、順番にお願いするよ。それじゃあレイナ、また後で!」

「あっパトリック! サプライズの事伝えそこなったわね……」


 まあ言わない方がよりサプライズよね。午前0時まであと一時間。そろそろ動きましょうか。

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