第47話 最初のダンスのお相手は?

 舞踏会の始まりは、まず主賓が一曲踊るところから始まる。

 今回の主賓は当然と言うべきかしら、今年十六歳を迎えるこの国の第二王子であるディランだ。


 さあて、アリシアがいない中でディランが誰を選ぶか気になるわね……。


 ――って周囲の令嬢たちの目線怖っ!


 完全に獲物を狩るハンターの眼付きだわ。

 まあ王子様との結婚なんて、どうなっても玉の輿になるものね。みんなシンデレラストーリーを思い描くわけだ。


 そうでなくてもディランは、ルックス、性格、実力などなど全て備わった完璧王子だ。

 私は昔から見ているので耐性はあるけれど、その明るい笑顔に微笑まれたらクラっときちゃう女性は多い。


「あなた達はディラン殿下争奪戦に参加しなくていいの?」


 と、エイミーとリオに話を振ってみる。

 マギキンでの取り巻き二人は、ライバルキャラのレイナよりかは目立たないけれど、やはりディラン達攻略対象キャラにお熱だった。


 ゲームよりも彼等に接触する機会も多いし、チャンスはあるんじゃないかしら?

 それが原因でアリシアとの仲が悪化しそうなら止めるけれど、そうでなければこの世は自由恋愛よ?


「私は殿下にそういった興味はございませんから」

「イケメン王子に特にそういった感情はないなあ……」


 あら、ディランったら振られちゃった。


「それに、ねえ……?」

「だよなあ?」

「な、なによその意味深な視線のやりとり!?」

「いえ、殿下も苦労しそうだと」

「まあ王子に限った話じゃないだろうけどね」


 本当に何のことだろう?

 でもマギキンではディランも中々悩める男だったわね。この世界ではあまりそういった面を感じさせないから放っておいたけれど、今度それとなく悩みがあるか聞いてみようかしら?


「きゃあ! ディラン様!」

「今日もカッコいいですわ……」


 わっと周囲が騒めきだったので、ホールの奥の貴賓室へと続く大階段を見る。

 ディランが控室から出て、ゆっくりと階段を降りてきていた。


 輝く様な王子様オーラ、にっこりとほほ笑む口から見えるきらりと光る白い歯、そして美しくも力強い所作。どこをとっても今夜の主賓に相応しい完璧王子だ。


 ディランは階段を降りきりホールに立つと、横目で楽団の準備を確認し一度礼をした。

 その場で居並ぶ出席者をぐるりと確認してから、ゆっくりと歩き始めた。


 誰を最初のダンスのお相手に選ぶのかしら?

 周囲のご令嬢方は依然獲物を狙うハンターの目つきだ。


「……!」


 ふと隣を見ると、目力めぢからバリバリなエイミー。

 なによ、興味ないみたいに言っておきながらエイミーの目も真剣じゃないの……ってこれは威嚇いかく? 誰に向かって?


 そしてディランは迷いなく真っすぐに私の方へと――えっ、私!?


「僕と踊っていただけませんか?」


 確かにダンスのお誘いはしてくれていたけれど、トップバッターとは予想外!

 せいぜい前世の小学生で言うところの「一緒にゲームしようぜ」くらいの誘いで、舞踏会が進んだころに友人として一曲お相手するのかと思っていたわ。


 緊張する。緊張で震える。

 でもまあ、断るという選択肢はないわ。


「はい、喜んで」


 私がそう言って手を重ねると、ディランはにこりと微笑んで私の手を引きダンスホールの中心へと誘う。


 それを合図に、華やかながらもゆったりとした演奏が奏でられ始めた。


「大丈夫、僕に合わせて」


 ディランのささやきが、緊張でこわばった私の耳をくすぐる。

 さすがは“万能の天才”。ダンスも一流だ。

 私はそれに合わせてタン、タン、タンとステップを踏んでいく。


 ダンスに合わせてディランの王子様フェイスが近づき、離れ、また近づく。

 最初のダンスという特別な高揚感からか、それとも彼の放つ王子様オーラからか、思わずドキッと心臓が高鳴る。


「ふふっ、選んだのにビックリしましたか?」

「ええ、それはとても」


 ビックリするわよまったく。このサプライズ王子。

 でも、気の利く私はちゃんとディランの意図が分かっている。


 それはだ。

 意中の女性――つまりアリシアはここにはいない。

 ならば言い訳の通じる幼馴染的な存在である私と踊ってこの場はやり過ごそうという事ね! ちゃんと協力してあげますわ。


「ウヒヒ、わかっていますわよディラン」

「? また何か勘違いしていますね?」


 勘違い? 何のことやら?

 私は察しが良い方なのだ。多分私の考察は真実でしょう。

 とか考えているうちにフィニッシュとなり、拍手喝采が巻き起こる。


 最初は緊張でガチガチだったけれど、気心の知れて信頼関係のあるディランの、こちらを気遣いながらも頼りになるリードに合わせて踊っている内に、私の緊張はいつの間にかほぐれていた。


 まだ身体の全身に、合わさった彼の温もりを生々しく感じる。


「ありがとうございましたレイナ、今日という特別な日に踊れて嬉しいです」

「私もですわ殿下。それと、私もサプライズを用意していますのよ」

「サプライズ? それは一体……?」

「ウヒヒ、内緒です。それではまた」

「ああ、ちょっと待って。鐘が鳴る時に――」


 ディランが何か言っていた気がした。

 けれど踊り始めた周囲の参加者の音に掻き消えてしまい、よく聞こえなかった。


 まあサプライズとは何か的な質問でしょう。

 それを言ったらサプライズにならないわ。



 ☆☆☆☆☆



「うわっ、さすがね二人とも……」


 エイミーとリオの所へと戻ると、エイミーの回りにはダンスを申し込む男性の列が、リオの回りにはファンの女の子たちが集まっていた。


 この分じゃ魔導機を見に行くのは当分先になりそうねエイミー。

 私は目線で二人に「がんばって」と伝えると、その場を後にした。


「レイナー! 僕と踊り――うわあっ!?」

「パトリック様! 私と踊りましょう!」

「いいえ、私と踊るんです!」

「うん? 今パトリックの声が聞こえたような?」


 気のせいかしら? まあそのうち会うでしょ。

 暇だしスイーツ探求の旅にでも――。


「レイナ!」

「ライナス! どうしたのそんなに息を切らせて」


 後ろから声を掛けてきたライナスは、肩で息をしていた。

 走ってでもきたのかしら?


「来る途中トラブルがあって遅れたんだ。それから急いできたからな」

「まあ、所領も遠いし大変だったでしょう? 飲み物を貰ってきましょうか?」

「いや、まずはオレと踊るぞレイナ」

「ええっ!? それはいいけれど、どうしていきなり?」

「もうディランとは踊ったんだろう? ならオレもお前と一刻も早く踊りたい!」


 なんだろう。この場にダンスの神様でも降臨しているのかしら?

 フィーバーなの? 今夜はフィーバーナイトなの?

 何故かミラーボールの下で踊るおとぼけ女神が脳裏に浮かぶわ。


「レイナ、オレと踊ってくれないか?」

「ええ、喜んで」


 私はライナスの手を取り、ダンスへと誘われていく。

 ディランのダンスはお手本の様に完璧だったけれど、ライナスのダンスは彼の心の繊細さが表現されたような芸術的なダンスだ。


 普段からフェロモン漂うライナスだけれど、走ってきた後――そしてこう密着していると免疫持ちの私もクラっときちゃう。


 だ、だめよレイナ。流されちゃダメ。何か、何か話題を出して意識を変えましょう。


「そ、そう言えばライナス、絵を送ってくれてありがとう」

「気に入ったか?」

「ええとっても! 良いところに飾らせてもらっているわ」

「そうか。それならいい」


 ウヒヒ、照れているのか少し赤くなっているわね。

 いつもと違ってダンスで手がふさがっているから顔を隠せないし、いかにたくさんの賞をもらっているライナスとは言えやっぱり褒められると嬉しいものなのね。そう考えている間に、一曲が終わった。


「そうだライナスにも言っとかなくちゃ。今夜はサプライズを用意してあるわ」

「サプライズ? 楽しみにしておく」


 うんうん、きっと驚くわよー!

 それに嬉しいかもね。


「お前と踊れて良かった。また鐘が鳴る――」

「――え? どうしたのライナス!?」


 何かを言いかけたライナスが、バタリとその場に倒れた。軽く悲鳴が上がる場内。

 なんなの何が起こったの!? 呪い!?

 私はバッと駆け寄って、ライナスを助け起こす。


「ちょ、ちょっと、ライナスしっかりして!」


 これは――ひ、貧血!?

 インドア派なのに走ってきた後いきなり踊るから!

 誰かー! 衛生兵ー!!!



 ☆☆☆☆☆



 あの後すぐに駆け付けてきた使用人の方たちによって、ライナスは医務室へと運ばれて行った。

 私も起きるまで付き添うと申し出たけれど、後は任せて戻ってほしいと言われたのでこうしてダンス会場へと戻ってきている。


 はあ……、心配したらお腹が空いたわ。

 ウヒヒ、挑みましょうか。この会場のスイーツたちとの果てしなき闘いのロードに!

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