第46話 いざ月下の舞踏会
「お嬢様、パトリック・アデル様からお荷物です」
クラリスの言葉に振り向く。
見ればその後ろに控える男性使用人が、二人がかりで細長い箱を持っていた。
「かなり重そうだけれど、中身は何かしら?」
「開けてみます。これは……、剣ですね」
「剣?」
中から出てきたのは銀色の美しい長剣だった。
精巧な
さすがは武門の大家アデル家ね。
良い鍛冶職人を囲っているわ。
「……これで四人目ね。ねえクラリス、私は今日お誕生日だったかしら?」
「いいえ、違いますお嬢様」
私の元には、お誕生日でもないのに友人たちから送られてきたプレゼントが並んでいる。
一つ目、ディラン殿下からの謎の
くるくると巻かれた紙は、ででーんと伸ばすととんでもなく長い。
あの直江状のように文句が書いてあるわけでなく、書いてあることを要約すると「月が綺麗に見えます」だ。なんだろう、自作の小説でしょうか?
二つ目、ライナスからの絵。
満月の下にいる一組の男女。幻想的な雰囲気ね。
相変わらずライナスは素晴らしい絵を描くわ。屋敷の中に良いところを見つけてぜひ飾りましょう。
三つ目、ルークからの提案書。
それには休み明けのお料理研究会の活動についての提案が書いてある。
流石副会長、素晴らしいやる気だわルーク! マギキンでのあなたを知る私からしたら、とてもいい成長よ。クールキャラは地平の彼方だけれど……。
そして今届いたパトリックからの
なんだろう……決闘のお誘いかしら?
あんなこと二度とごめんなんだけれど。
「嬉しいけれど、いったい何なのかしらね?」
一番意図が明白なのはルークの企画書ね。
でもそれ以外の巻物と絵と剣は結びつく要素がない気がするのだけれど?
「お嬢様、差し出がましいようですが、これらはお嬢様の気を
「私の? なんで?」
「皆さま月下の舞踏会でお嬢様と踊りたいからでは?」
はーん、なるほどね。
たしかに言われてみればディランの手紙は月の輝きが云々と書いてあるし、ライナスの絵は伝承の場面を描いたものでしょうね。さすが乙女チッククラリス、鋭いわ。褒めてあげる。
「でも不思議ね。こんなことをしなくてもみんなと踊るって言ったのに」
「はあ……。これって私が申し上げてもいいのでしょうか?」
クラリスは頭を押さえながら、誰に愚痴るわけでもなく溜息をついた。
疲れているのかしら? お休みが欲しければ遠慮なく言ってほしいのだけれど。レンドーン家はブラック企業ではないのよ。
「ねえクラリス、答えがわかっているのなら教えてちょうだいな」
「……皆さまはお嬢様と0時の鐘が鳴る頃に踊りたいと言いたいのでは?」
「……それって私の事をみんなが異性として好きだってこと?」
「そうなりますね」
私のことを好き?
みんなが?
「オホホ! 確かに私たちは良いお友達だけれど、そんなことはないわよクラリス」
「はあ……、何故そんなに自信満々に……」
運命は収束している。
何故か悪役令嬢襲撃イベントの時に攻略対象キャラは現れなかったけれど、アリシアのヒロイン力はフラグが立たないはずの所からフラグを立ててくる。きっと攻略対象キャラとの恋愛も、マギキンとは違う形で進んでいるはずだわ。
だから今の私の方針は、アリシアとも仲良くなっての最低限デッドエンドの回避よ。そして没落や国外追放の回避を目指さないと。
でないとあんなにお仕事を頑張っているのに、巻き添えで失脚するお父様が可愛そうですものね。お母様も没落に耐えられそうにないし……。
「はあ……、まあお嬢様がそれでいいなら私はそれでいいです……」
「何か引っかかる言い方ね? ――そうだ! クラリスにお願いがあるのだけれど」
「……何でしょうか?」
我ながら良いことを思いついたわ!
これでもっと良い方向へと向かうはずよ。
「――ええっ!? ま、まあ当家のコネを使えば充分可能だと思いますけれど……」
「ならよろしく頼むわね、クラリス」
「かしこまりましたお嬢様。善処いたします」
☆☆☆☆☆
いよいよやってきた月下の舞踏会当日。
今宵の私は一味違う。
お母様とクラリスの主導により新調された、私の瞳の色に合わせた深紅のドレス!
公爵領随一の職人がその技の限りに製作した、大粒の宝石がついたアクセサリー!
そして新調された豪華な私専用の馬車!
頭のツインドリルもいつもより巻いて、全身完璧コーディネイトのパーフェクトレイナだ。フルアーマーレイナと言っても過言ではないわ。
「ねえクラリス、なにも馬車まで新調しなくてもいいと思うの」
「旦那様曰く、試験を頑張ったご褒美とのことです。それに公爵家たるもの見た目から格の違いを見せるのです」
「そういうものかしら?」
「そういうものです。さあ、そろそろ着きますよ。存分に舞踏会で輝きください」
「ありがとうクラリス、頑張るわ。……それで、
「
「任せたわ。じゃあ、行ってきまーす」
月下の舞踏会の舞台はロスリグレス城。
「レンドーン公爵ご令嬢、レイナ様のおなーりー」
案内されてホールに入ると、間延びした
前世の記憶が戻って早六年。常に注目を集める公爵令嬢という立場にはいまだに慣れない。けれど視線に負けずに胸を張る。
目線の大半は羨望の
最上級である私のドレスやアクセサリーに注がれている。
貴族特有のごたごたが私は嫌いだけど、もうこの年になると避けては通れないのよね。
だから高嶺の花である“公爵令嬢”という
「レンドーン様、そのドレスお綺麗ですわ」
「まあ、ありがとう」
「そのアクセサリーもなんという大粒の宝石。きっとお高いのでしょう?」
「オホホ。まあそれなりに」
わっと寄ってきて、こちらを良い気分にさせて取り入ろうとするご令嬢たち。
褒めてもらうのは嬉しいのだけれど、私は派閥形成なんかに興味はないのよね。
お友達になろうという雰囲気と、取り入ろうという雰囲気は違うってわかるんだから。
お父様譲りののらりくらりとした対応で、すり寄ってくるご令嬢方を切り抜けて友人の方へと向かう。
「レイナ様、お久しぶりに会えて嬉しいです!」
「大げさねエイミー、最後に学院で会ってからまだ一週間よ? でも私も会えて嬉しいわ」
「ひゅー! これまた豪華なドレスだなあお嬢。これならどんな相手も一撃だね!」
「リオ、いったい私は何と戦うのよ……。でもありがとう、あなたも似合っているわ」
二人ともこの日の為に新調したのだろう、イブニングドレスに身を包んでいた。
エイミーは優しい雰囲気を与える若葉色のドレス。
女の私でもちょっと見てしまうボンキュッボンなボディを鮮やかに包んでいる。
社交界で人気のエイミーは、きっと今夜もお誘いが絶えないでしょうね。
リオはシャープな雰囲気を増す
スラっと引き締まった身体のスタイルの良い彼女は、可愛い系っていうより美人系だ。
演劇部でも人気みたいだし、今夜も女の子のファンが押しかけるのかしら?
「ところでレイナ様、
エイミーはそう言って一番近い窓を指さす。
あの子? 何か外にいるのかしら? そう疑問に思って覗くと――、
「――あれは、
「そうですレイナ様! あれは我が国初の国産魔導機、KK105〈バーニングイーグル〉ちゃんですよ! お披露目で一機持ってきたのでしょうね」
「へえ、あれがね……」
財務方なお父様を持つ私は、数年前から魔導機開発の為の予算が動いているのは知っていた。
そもそも私とパトリックが決闘をすることになった原因は、魔導機の国産化についての予算だった。
あの時は無理だったけれど、数年単位の計画を経て晴れてここに実現したわけだ。
なるほど。私が戦った工業製品色が強い〈シュトルム〉とも、私が乗ったアスレス王国からの輸入品で曲線が特徴的な〈エクレール〉とも違ったタイプのヒロイックなデザインね。なんかアニメっぽい。
「ペットネームの由来はお嬢らしいよ。何でも“救国の乙女”たる“紅蓮の公爵令嬢”にあやかって火関係の名称を入れたかったってね」
「ええっ、私聞いていないわよ!? というかリオがなんで知ってんの?」
「お嬢が来るまでエイミーから散々聞かされたからな。レンドーン公は了承済みだそうだよ?」
おのれお父様……! まさか自分の知らないところで自分が魔導機に関わっているとは!?
「私はあとで舞踏会を抜け出して、近くでゆっくり見てみます」
「そう、楽しんでいらっしゃい。その時はレンドーンの名前を出してもいいわよ」
「――はい! ありがとうございますレイナ様!」
名前の元ネタなんだから、近くで見物できるくらいの役得はあっていいでしょう。まあそれは有効活用できるエイミーに譲るわ。
目下、私の課題はいかにみんなと踊りつつ、パーティーの美味しいお食事を楽しむか。
いざ月下の舞踏会よ!
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