第45話 四者四様の想い

 久しぶりに帰って来た我が実家レンドーン家。

 少し離れて生活していただけなのに、久しぶりだとあらためてドン引きするくらいに広い敷地面積を感じるわ!


「お父様、お母様、ただいま戻りました!」

「お帰りレイナ、会いたかったよ」

「レイナさんお疲れでしょう。さあ、こちらに」


 目に涙なんか浮かべちゃって、お父様もお母様も大げさねえ。ウヒヒ。


「ところでレイナ、クラリスからの報告で聞いたんだけれど、お料理研究会を作ったって本当なのかい?」

「はいお父様。おかげで新しいお友達も増えましたの。平民の子なんですけど、とても素晴らしいお方なんですよ」


 私がアリシアを助けるために一部の令嬢と敵対したことは、その場にいなかったクラリスも当然のように知っていた。なので、口止めをお願いしている。


 もしお父様の耳に知れたら私を大切にしているお父様の事だ、きっと相手の家に政治的な報復を行うでしょうね。


 だから内緒にしている。

 学院のことは学院の中で。私が振りまいた火の粉は私の手で消化してみせます。


「それは素晴らしい。ぜひ将来に向けていろんな価値観を知るんだよ。それに組織を立ち上げて運営することに勝る経験はないからね」

「はい、お父様!」


 昔から知っていたことだが、お父様は例え相手が平民でも平等に扱うし優秀なら取り立てさえする。傲慢な貴族も多い中で素晴らしいお方だ。


 ほんとなんでマギキンのレイナはこの両親の下であんなに歪んで育っちゃったんだろう?

 とりあえずお料理研究会の設立は貴族的にアリみたいね。将来のスローライフの為にも頑張るわよー!



 ☆☆☆☆☆



「ところでクラリス、あなた月下のムーンライト舞踏会ダンスパーティーが何か知っているかしら?」


 ルークがつぶやき、みんなの間に緊張感を走らせた単語“月下の舞踏会”。

 あの後帰省の準備なんかをしていたら聞きそびれちゃった。


 ぜひ一緒に踊りましょうってことは私がイメージする舞踏会で間違いないと思うのだけれど、この単語は今まで聞いたことない……はず。


「……月下の舞踏会は存じておりますが、質問の意図が理解できません」

「どういうこと?」

「月下の舞踏会ならお嬢様は毎年参加されているではないですか」

「ええー!?」



 ☆☆☆☆☆



 これはまだ、この国がいくつかに分かれていたころのお話。


 戦乱の中、敵味方に引き裂かれた愛し合う貴族の男女。

 ああ、なぜあなたと愛し合うことができないの。

 ああ、なぜ君を抱きしめることができないんだ。


 月夜の大草原、このお月様の下なら二人を邪魔するものは誰もいない。


「私と踊っていただけませんか?」

「はい、よろんこんで」


 やがて戦乱は終わった。


 男は王となり、平和な時代を築いた。

 女は王妃となり、王を良く支えたと言う。


 お話の中の男とは、乱世を統一した初代国王――つまりディランの祖先だ。


 この伝承にあやかって、毎年年末に月下の舞踏会と称して未婚の貴族の男女が集まり舞踏会が行われている。


 別に伝承に従って屋外なんてことはなく、普通にダンスホールでだ。

 つまり味気なく言えば、官営のお見合いパーティー。


 月下の舞踏会には一つの伝説がある。

 なんでも「午前0時を迎える時に一緒に踊っていた男女は生涯深い愛によって結ばれる」というものだ。


 以上が、クラリスが話してくれたあらましだ。


「ああ、そう言えば毎年この時期にに行っていたわね!」

「国父様の伝説にあやかった行事を、俗っぽい言い回しで表現しないでください。怒られますよ。……ちなみに十六歳からは参加が強制され、必ずダンスを行わなくてはなりません。お忘れなきよう」


 言外げんがいに食べてばかりではダメだと言われているわね。

 しかしあの私的通称「グッドウィン王国大忘年会」にそんな大層なお名前と由来があったとは。全く知らなかったわ……。


「ところでクラリス、あなたこういう乙女チックな話結構好きなのね。ウヒヒ」

「一般教養です。しかしお嬢様は同性のお友達とこういったお話をされないのですか?」


 エイミーの話題と興味はほぼほぼ魔導機。

 リオはルークと同じく小学生男子に近い思考なので色恋話はない。

 そして私。パーティーの記憶はだいたいお食事について。


「全く」

「はあ……、言われてみれば皆様そう言ったお話に疎そうですね」


 ――溜息!?

 姉ポジションのクラリスから見れば私は手のかかる妹なのかしら?

 私の自己評価はしっかり者なんですけど!


「私だってダンスの一つや二つ踊れますわよ」

「それは存じております。あとは心の機微ですね」


 オッケーぐぐるん。心の機微、とは?


「それで、準備は何か必要なのかしら?」

「お嬢様の場合は……、殿方からのお誘いを待てばいいだけかと」



 ☆☆☆☆☆



 僕――ディラン・グッドウィンは月下の舞踏会の伝承に想いを馳せていた。

 自分の先祖の逸話だ、当然知っている。


 今までレイナは、月下の舞踏会ではダンスホールに顔を見せなかった。

 でも今年は違う。十六歳となった今、必ずダンスを行わなければならない。

 それに僕は月下の舞踏会以外でならレイナとは何度も踊ったことがある。後は誘うだけだ。


 だが、レイナは魅力的だ。ライバルは多い。

 なにせ彼女は優しい。惹かれるのも無理はない。

 そこで僕は、その思いのたけを手紙にすることにした。


「必ず僕と踊ってもらいます……!」


 僕の武器は彼女を愛する想いの深さだ。

 その想いを手紙に込めた。


 ああ、彼女は僕の想いに答えてくれるだろうか?



 ☆☆☆☆☆



 オレ――ライナス・ラステラはどうしてもレイナ・レンドーンをダンスに誘いたかった。

 オレを変えてくれた彼女に、月下の舞踏会という最高の舞台で変わったオレを見せたい。


 だが、ディラン殿下を始め彼女を狙うライバルは多い。

 なにせ彼女は誇り高い。その生きざまに憧れるものは多い。

 そこでオレは、彼女への感情を絵にした。


「レイナ、お前はこのボク――オレと踊ってもらう」


 オレの一番得意な――そして唯一の表現は、彼女が昔勧めてくれた絵を描くことだ。

 彼女への強い憧れや敬意をイメージし形にした。


 オレの魂の宿った絵は、きっと彼女の心を射抜くだろう。



 ☆☆☆☆☆



 僕――パトリック・アデルはレイナ・レンドーンという一輪の花を愛でたかった。

 あの力強さと美しさを持った女性と時を過ごしたい。


 だが、どうも彼女に愛が通じていないように感じる。

 なにせ彼女は強い女性だ。その心を動かさねば。

 だから僕は、その愛を剣という形にした。


「素晴らしい剣だ。これなら……!」


 剣を交わしたもの同士は心が通じ合う。

 僕と戦ったことのある彼女なら、この美しい剣に込めた愛を見抜くはずだ。


 午前0時の鐘の音が聞こえる頃、彼女と踊っているのは僕で間違いない!



 ☆☆☆☆☆



 俺――ルーク・トラウトはワクワクが止まらなかった。

 今年は同い年の従兄である王族のディランも十六歳。きっとパーティーの食事も気合が入ったものになるだろう。


 良い料理があったら、お料理研究会で作ってみるのもいいかもしれない。

 あの会長様は料理に対するこだわりが凄い。休み明けの活動は有意義になるだろう。

 だから俺は、その提案をまとめた。


「きっと評判をよぶぞ……!」


 休み明け、今度はもっと大勢の生徒に料理を食べてもらおう。

 インスピレーションを得て、新しい料理を考えるのもいいかもしれない。


 舞踏会の日が今から楽しみだ!

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