第50話 午前0時の鐘の鐘が鳴る

「アリシアはどこかしらーっと」


 アリシアが着ていた黄色のドレスをキョロキョロと探す。

 でも黄色のドレスのご令嬢なんて大勢いるわね。


 あらためて感じるこのとんでもない人の数。そりゃパトリックも城を五周するわよ。


 それにしても暑いわ。さっきまでに比べてやたら暑く感じる。

 こう人が多い中探し回ったからかしら?


 あっ、いた。

 人込みの中にぴょこぴょこと動くアリシアを見つけた。


 あれは……、テラスの方へ行ったのかしら?

 サリアは一緒ではないのね。見当たらないけれど。


「アリシアー? どこにいるのー?」


 アリシアを追ってテラスに出たけれど、ううっやっぱり外は寒いわね。

 どこにいっちゃったのかしら?


「あれ? 誰もいない?」


 月明かりに照らされた薄暗いテラスを探してみたけれど、アリシアの姿はどこにも見当たらない。

 それどころか人っ子一人いないわね。見間違えたのかしら?


「そんなはずは――ってええっ!?」


 突如、私の身体は宙を舞った。

 今度は別に柵によりかかっていたわけじゃないのに、


 何、何なの!?

 このお城ボロ過ぎない!?


「う、うわあ! 落ちる――――!!」


 ――落ちる!?


 下は固いレンガ舗装。落ちたら死んじゃう!

 何か魔法を唱えなきゃ。ああ、でも何の魔法を――、


「《影よ縛れ》! 大丈夫ですか、レイナ様!?」

「レイナ様、お怪我はないですかー!?」

「アリシア! それにサリア!」


 私の落下を止めたのは、アリシアの魔法だった。

 魔法によって伸びた影が私の身体を受け止めてくれる。

 た、助かった……!


「ありがとうアリシア、まさか一晩に二回も落ちるはめになるとは思わなかったわ」

「悲鳴が聞こえたもので。今引き上げますね!」

「お願いするわ!」


 アリシアを追ってテラスに出たと思ったらアリシアがいなくて、そのアリシアは私の悲鳴を聞いて駆け付けた?

 

 何かおかしいわね。私の見間違いだったのかしら。


 ――刹那、私の背中に何かぞわりとした感覚が走る。


 何? 誰かに見られているような……。


 それも複数。

 恨み、ねたみ、そんな感じの冷たい視線。それにこれは……私に対する興味?


「ごめんアリシア、何か嫌な予感がするの。早く引きあげ――ってうわっ!」

「レイナ様!」


 私が言い終わるよりも早く、私の身体は再び宙を舞った。

 何かの魔法の干渉でアリシアの魔法が解除された!?


 まだ結構な高さがある。

 それに下は固そう。落ちたらちょっとした怪我ではすまない。


「くっ、《風よ吹きすさべ》!」


 私は意を決して魔法を間近に迫る地面に向かって放った。

 烈風がはじけ、私の身体を大きく吹き飛ばす。

 せめて芝生しばふなんかの柔らかいところに落ちて!


「うっ! いったー、頭打った……」


 吹き飛ばされた私は、妙にクッションの効いたスペースに落ちた。

 身体が痛い。まあでも助かってよかったわ。

 

 それにしてもやけに狭いスペースだけど、ここはどこ?

 いや、なにか見たことある場所のような……。


 ――リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン。


 これが午前0時の鐘の音か……。


 あーあ。キューピッド大作戦は失敗だし、こんなロマンチックのかけらもないような場所で迎えるなんて今日はとんだ厄日だわ。


「レイナ様ー! 大丈夫ですかー?」

「そこにいるのはお嬢なんだろう? 意識はあるかー?」


 この声はエイミーにリオ?

 そして二つの声は、数メートル下の方から聞こえる。やっぱりここって……。


「私は無事よエイミー、リオ」


 私はひょっこり顔を出して二人に無事を伝える。

 顔を出した事で、私がいる空間の全体像が見える。


「ああレイナ様! ご無事で何よりです」

「ああ。お嬢が突然空から降ってきた時はびっくりしたぞ」


 やっぱりここは――、この中は――、


「それにしても伝承の午前0時を魔導機の操縦席で迎えるなんて。レイナ様は生まれつきの魔導機乗りなのかもしれませんわね!」


 ――魔導機の操縦席!


 いえ助かったのは嬉しいのだけれど、何というロマンチックから遠くかけ離れた場所!

 ドタバタの末に行きつく先は魔導機。恋愛ゲーム世界なのにロボ。


 今夜の展開、まるで私の転生人生を象徴しているかの様ね……。



 ☆☆☆☆☆



 私が落下したことはアリシアたちがすぐにディランたちに伝え、心配してくれた私の友人達はみんな私が落ち込んだ魔導機の周りに集まって来ていた。


 幸い私に目立った怪我はなく、小さなこぶも回復魔法ですぐに治ったわ。


「ごめんなさいレイナ様、私の魔法が未熟なばっかりに……。なんで魔法が解除されたのかもわからないんです」

「いいのよアリシア。あなたが助けてくれなければ私はとっくに死んでいたわ」

「アリシア、レイナ様もこうおっしゃっているから泣き止んで」


 涙ながらに謝るアリシアを、私とサリアはなぐさめる。

 アリシアがあの時私の悲鳴を聞いて助けてくれなければ私は死んでいた。


 それに彼女の魔法の腕は、同年代ではかなりのレベルだ。

 しかも闇属性の魔法が力を増す夜での発動。

 となれば、魔法が解除されたのはアリシアのせいではなくて別の要因と考えるのが妥当よね。


「ほんと、レイナ様が駐機させたばかりの〈バーニングイーグル〉ちゃんに落ちてきた時はびっくりしましたわ。でもご無事でなによりです」

「バ……、バニン? ああ、魔導機のお名前ね。ありがとうエイミー」


 一通り失礼に当たらない程度にダンスを済ませたエイミーは、始まる前に宣言していた通り、お目当ての最新機種の魔導機を見に来ていたらしい。リオは付き添いだそうだ。


 今夜は警備用というよりもお披露目用で来ていたこともあってか、レンドーンの名前を出したところなんと試乗体験させてもらえたそうだ。そして試乗を終えて操縦席から降りたところ、私が降ってきたというわけだ。


さらわれたり空から降ってきたり、お嬢は神出鬼没だな。まあ無事で何よりだよ」

「ありがとうリオ。どっちも不可抗力なんだけどね……」


 テラスごと崩壊するって予想できないわよ。

 パトリックと戦った時に空を舞ったのより数段怖かったわ。

 もう少し風属性魔法のコントロール精度を上げて、滞空や飛行でもできるようになるべきかしらね。


「一晩で二度も落ちたんだって? 何か呪われてねえか調べてもらえよ」

「そうねえ……、真剣に検討するわ」


 心底優秀な解呪師かいじゅしを紹介してほしい。

 思えば私は前世でも階段から落ちて死んだ。

 死んだ直後に会ったのは、あのおとぼけ女神だった。

 そしてこの悪役令嬢転生だ。


 気のせいでなくとも私は落ちる系の不幸の星の下に生まれている……?


「レイナ、お前を護れなくて申し訳ない……」

「いいのよライナス。あなたも体調が大丈夫みたいで良かったわ」


 絵という素晴らしい才能があるインドア派なんだから、あまり体育会系の真似事はしなくていいでしょうに。でもライナスの思い描く強い貴族はそうじゃないんでしょうね。


「それにしても一晩で二度も落下事件って、どういうことだいディラン。一回目も僕が間に合わなければ危なかったよ?」

「それについてはパトリック、主催する王家として申し開きのしようがありません。もちろん責任者には厳しく追及しますし、原因を解明するつもりですよ」


 一回目の落下は事故だった、と思う。


 古くなったテラスの柵が、寄りかかった私の重み――いえ、タイミング悪く壊れた。

 このロスリグレス城はかなりの歴史を持つ古いお城ですし、いくつもの部屋がある大きなお城だから、整備が漏れたところがあってもおかしくはないわね。


 でも二回目の落下は不可解な状況が多すぎたわ。


 テラスに行ったようでいなかったアリシア。

 突如崩壊した頑丈な石造りのテラス。

 かき消されたアリシアの魔法。


 それに、あのぞわりと走った感触は何?

 私は誰かに狙われているの?


 公爵令嬢という立場上狙われるというのもわかるけれど、だとしたら犯人の……いえ、視線は複数だったわ。の目的は?


「どうかしたかいレイナ、どこか怪我が?」

「いいえ、大丈夫ですわディラン。オホホ……」


 もしかしたら。もしかしたらだけど、恐ろしい仮定が私の脳裏をよぎる。

 心配し過ぎかもしれない。けれどどうしても今夜の事件は死神の鎌の様に私には思える。


 ――アリシアとの関係だけじゃない、が私に近づいてきているというの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る