第39話 二人の少女の交差する運命
メンバー候補を見つけなきゃと言っても、私も当てがないもんなー。
主な知り合いはこれでみんなに聞いたことになる。どうしようかしら?
「お昼時だし、そろそろお食事にしようかしら……」
お腹が空いたわね。お昼は何を食べようかしら?
そんな事を考えながら庭園の付近を通っていると、不意に複数の大きな声が聞こえてきた。
私は反射的に近くの柱の裏へさっと隠れた。
「あら、アップトンさぁ~ん。ここで何をしていらっしゃるのぉ~?」
「私は……、食事を……」
「まあ見てぇ~、貧しい家の出に相応しい家畜の
「そ、そんな、酷い……」
「まるで野蛮ねぇ~。この品格でラステラ様に言い寄ったというのだから呆れますわぁ~」
囲まれているのはまたしてもアリシアちゃんだ。
罵声を飛ばしているのはこの前と違う連中の様ね。
中心人物っぽいのは甘ったるい声で喋るアニメみたいなピンク色のツインテ令嬢だ。
それにしてもなんて酷い言葉の暴力の数々!
というかこの場面もマギキンのイベントにあったはずだわ。
例によってレイナとその取り巻きに嫌がらせを受けている主人公を、
でもたしか、ライナスは作品のコンクール出品の為に王都に言っているはずだ。
きょろきょろと辺りを見渡しても、誰も来る気配はない。
どうするかなー。
助けてあげたいけどデッドエンドの事を考えると接触するのは最小限にした方が……。
それにこの前は、もし相手が逆上して掴みかかって来ても、喧嘩が強いリオがいたしな。
「あなた闇属性が得意なんですって?」
「だからそんなに性格がお暗いのかしら?」
「まあ! それなら私の魔法をお手本に見せて差し上げますわぁ~。《火きゅ――》」
――危ない!
そう言えばこの場面、レイナも魔法を使っていたわ。
マギキンレイナのしょぼい魔力なら火の粉程度だけれど、あの令嬢の魔力は人並み。
そう考えた時には、私の身体は動いていた――。
「《火球》!」
「《水の壁》よ! あなた達、自分が何をしているのか分かっているの!?」
「その髪型! レイナ・レンドーン……!?」
アリシアちゃんに迫っていた《火球》は、私の《水の壁》によってすんでの所で消し止められた。
突然現れた私に、嫌がらせをしていた令嬢たちは驚愕している。
私のこの髪型もますます有名になっているようね。
「私はただ、魔法のお手本にその豚の餌でも燃やそう――」
「豚の餌!? この美味しそうなサンドイッチを豚の餌って言ったのあなた?」
「ひ、ひぃ……!」
「いいわ、魔法のお手本なら私が見せてあげる。先に仕掛けたのはあなた達よ?」
私はそう言いながら右手を天に向ける。
「感謝しなさい、これが私の怒りよ! 《火球》!」
遠慮なしのフルパワーだ。
私の打ち出したバランスボールよりもまだ大きい《火球》は、かつて誘拐された時に目印で放った時と同じく上空で轟音を立て爆発した。
「次はあなた達に向けて撃ったらいいかしら?」
「そ、そんなまさか、本気じゃありませんわよねぇ~?」
私はその質問には答えない。ただじっと相手を睨みつける。
「キャ~! ごめんなさいぃ~!」
そう叫んで、令嬢たちは逃げて行った。
許してほしいなら私にじゃなくてアリシアちゃんに謝る事よ。それにしても「キャ~!」だなんてお可愛い事。
どうやら今回も私の悪役令嬢力が勝ったようね。
私の《火球》を見て逃げ出さなかったのは、脳筋バトルジャンキーのパトリックぐらいのものですわ。
「レンドーン様!」
「アップトンさん怪我はないかしら?」
駆け寄ってくるアリシアちゃん。
ウヒヒ、アリシアちゃんは近くで見るとより可愛いわね。これが乙女ゲーヒロインの良い香り!
「はい、レンドーン様のおかげで! あの……、この前も助けて頂いたし、何かお礼をさせていただけませんか?」
「お礼? 別にいいですわ」
「それじゃあ私の気がすみません! もちろんレンドーン様に満足していただけるようなお金や物品は無理かもしれませんが……」
「そうねえ……」
私は少し考える。
今回のイベントもライナスが出てこないというイレギュラーがあったわ。やっぱりこの世界はマギキンそのものというわけではないのかしら? それとも世界が歪められたせい?
いずれにせよ私が知っている展開と違う方向に進む危険性は大きいわね。ならいっそ、アリシアちゃんの近くで状況をコントロールしたら?
「そうだ、私お腹が減っていますの。なのでその美味しそうなサンドイッチをひとつくれませんか?」
「ええっ!? そんなことでよろしければ。お口に合うか分かりませんが、是非召し上がってください」
「ありがとう。では、いただきます」
私はそう言って、サンドイッチを一つ貰い食べる。
うん、美味しい。
アリシアちゃんに料理が得意なキャラクターという設定はない。
ルークルートでの調理シーンが印象深いけど、それ以外のルートだとお菓子を焼くシーンが繋ぎに何度か出る程度だ。でもこのサンドイッチは本当に美味しい。
「どう……、ですか?」
「すごく美味しいわアップトンさん。特にパンがふわふわもっちりで、中の具材をしっかり引き立てているわね」
「ありがとうございます! そのパン、私が焼いたんです」
「アップトンさんが!?」
「はい! 学院の厨房をお願いして借りて、両親から教えてもらった通りに」
なるほどね。アリシアちゃんがパンを焼くシーンはマギキンではなかった。けれど小さな時からお店の手伝いもしているだろうし、焼けて当然よね。
誘う理由はいくつもある。否定する理由はない。
私たちの運命はここで交差する。
であれば、私の言うべき事ははただ一つね。
「アップトンさん、あなたクラブには入っている?」
「クラブ? いいえ、入っていません」
「なら、私が作ろうとしているお料理研究会に入らない?」
☆☆☆☆☆
「あんな威力の《火球》を放てるのはお前くらいだからな。そりゃ呼び出しも食らうだろうレンドーン」
「はい……」
私が上空に放った《火球》の轟音は学院中に響き渡り、すぐに全校中に知れ渡る事となった。
そして今、私はクラス担任のシリウス先生に呼び出されたわけだ。
「幸い人にも建物にも被害はなかった。放つにいたった詳細はアップトンに聞いているし、何人かの生徒もお前の正当防衛を証明している。心配するな」
「はい!」
「しかしこういった問題にも介入できないとは、歯がゆいな……」
シリウス先生はそう言って悔しそうに下唇を噛んだ。
通う生徒に高位貴族が多く、生徒同士の問題に下手に介入すると深刻な内政問題を引き起こす危険性がある。
その為、エンゼリアでは伝統的に教師不介入の方針だ。それが原作でレイナが卒業寸前まで見逃されていた理由でもあるわけね。
シリウス先生は、マギキンでも主人公の相談に乗ってくれる真面目で良い先生だ。真面目だからこそなおさら悔しいのでしょうね。
「それで、アップトンは入会を決めたのか?」
「ええ、二つ返事で入会を決めてくれましたわ」
「そうか、それなら良かった。俺も気を付けるが、アップトンの事をよろしく頼むぞ!」
「任せてくださいシリウス先生!」
デッドエンドを防ぐためにも、友達としてアリシアちゃんを助けるためにも当然ね!
こうなったらレイナ・レンドーンの総力を挙げてアリシアちゃんを助けますわ。オーホッホッホッ!
「それとレンドーン。同格の相手には力押しだけでは通用しない、格上すぎる相手には小技も通用しない。どちらも勝負の鉄則だ。憶えておけよ」
「? はい、肝に銘じておきますわ」
何かの忠告かしら? シリウス先生は、エンゼリアの教師になる前は王都の警備部隊にいたそうだ。実経験からくる教訓のようなものかしら?
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