第38話 悪役令嬢だって青春したい

「――というわけでみんな青春しているのよライナス」

「どういうわけかわからんが、レイナは暇になったのでオレの所に来たというのはわかった」


 エンゼリアの庭園。鮮やかな秋の花が咲くこの場所で、ライナスはアリシアと出会ったという。

 遊びに行く予定のなくなった私は、ライナスが絵を描いている横で昨日の出来事を語っていた。


「暇になったから来たのは事実だけど、ライナスに会いたかったから来たのよ。邪魔かしら?」

「じゃ、邪魔なんてボクは言ってま――オレは言っていない。話なら聞くから好きなだけここにいろ」

「そうだよ、レイナは邪魔なんかじゃないさ。ここに咲くどの花よりも綺麗だよ」

「まあ、ありがとうパトリック」


 ここにいるのは私とライナスだけではない。どこからともなく現れたパトリックもいる。


「お前は帰れパトリック。邪魔だ」

「そんなこと言わないでくれよライナスゥ~。僕の所に女の子が押しかけてきて困っているんだ」

「お前が誰彼構わず優しい言葉をかけるからだろうが」

「ダメだよ、女の子には優しくするものさ」

「いいから帰れ。オレはコンクールに出品する絵を仕上げる必要がある」

「ならレイナを連れてどこかへ行くとするよ」

「いや、レイナは置いてお前だけ去れ」


 実は文科系のライナスと実は体育会系のパトリック。

 ウヒヒ、マギキンではあまり絡みのなかった組み合わせだけに新鮮ね~。


「まあまあ、クラブに入っていない者同士仲良くやりましょうよ」

「いや、オレは美術部に入っているぞ」


 な、なんと! マギキンだとライナスは絵を描くのが好きな事を周囲には隠していた。だから美術部には入っていなかった。それがオープンになっているからの入部という事かしら?


「僕も剣術部に入っているよ。模擬試合なんかをするんだ。強い相手と定期的に戦えるから嬉しいよ!」


 このバトルジャンキー!

 マギキンでのパトリックはアデル侯爵との対立から、「剣術? そんなくだらないものより青春だ」の精神により、ひたすら女の子と遊んでいる感じだったわ。


 対立しないとこうなるのね。結果的にキャラ崩壊してないと思っていたけれど、ここまで脳筋のうきん戦闘中毒者バトルジャンキーになっているなんて……。


「うわーん! 二人の裏切り者―! 青春楽しんでー!」

「レイナ、それは罵倒しているのか? 応援しているのか?」

「僕は君を裏切りなんてしないよ! 一緒に戦いの道を究めるかい?」


 いや、戦いの道を究める路線は絶対にないです。

 なぜならここは乙女の理想郷乙女ゲーム。少年漫画じゃありませんわ。


 謎の修行、強敵と書いて友と呼ぶ存在の登場、ピンチに目覚める隠された力。そういったものは存在しない……はずよ。


 あっ、ピンチで目覚める隠された力は欲しいかも。デッドエンド回避的に。



 ☆☆☆☆☆



「……それで落ち込まれていると」

「そうなの。きっと私はみんなから取り残されていくのだわ……」


 夜。自室でお風呂上りに髪を梳かしてもらいながら私はクラリスに愚痴っていた。

 きっとみんな部活に恋にと薔薇色の青春街道を歩んでいくのよ。ただ一人、灰色の青春をデッドエンドへと向かう私を残して……。


「お嬢様もクラブに入ればいいのでは?」

「そうは言っても入りたいって思ったのがないのよねー」


 魔導機研究会は遠慮しておくわ。演劇部も人前でどうこうするっていうのは苦手だし、美術部も別段興味あるわけではない。剣術部は論外だ。


「お嬢様はヴァイオリンやピアノはなかなかお上手じゃないですか」

「うーん。できる事とやりたい事は違うのよねー」


 確かに私は小さいころから習っているからピアノやヴァイオリンはそれなりに弾ける。前世で弾いたことなかったから、結構な努力をしたという自負もあるわ。でもそれを部活で頑張りたいと思っているかは別なのよね。


「運動系はいかがですかお嬢様。別に苦手というわけではないでしょう」

「私遊び以外のスポーツは見る専なのよねー」


 私は別に運動神経が悪いというわけじゃない……と思う。少なくとも決闘で勝てるくらいの身体能力はある。


「はあ、知っていましたけれどお嬢様はわがままですね……」


 仰る通り、私はわがままな悪役令嬢レイナ・レンドーンですわ。

 ……という冗談はおいといて、何事もほどほどにできるタイプだから逆に決まらないのよね。

 もっとこれは得意、これは苦手となると話が早いんでしょうけど。


「私の好きな事ねー。……ん?」


 その時、私の脳裏に偉大なる先人の言葉が舞い降りた。


 ――ないんだったら自分で作ればいいじゃない!


 何を?

 部活よ!


 悪役令嬢だって青春したい。もう誰も私を止められないわ!



 ☆☆☆☆☆



 ・エンゼリア王立魔法学院総則第五章第二条第一項

  健全な学生生活を送るにたると認める活動を、公認部活動もしくは研究会と認める。


 ・エンゼリア王立魔法学院総則第五章第三条第三項

  研究会の発足は、入会を希望する学生四名以上をもって行うとする。


 ――週明け。


 私が目指すのは謎部活じゃない。

 謎部活ブームはとっくに過ぎ去ったわ。また来るのかもしれないけれど。

 

 私はお料理が大好き……というわけで、私が発足を目指すのは”お料理研究会”!


 貴族子弟だらけのエンゼリアでお料理研究会なんて存在しないわ。そこで私はここにお料理研究会を発足し、エンゼリアに美食の風を吹かすのよ!


 それに、みんなが青春しているからただ羨ましくなったという理由だけじゃない。

 このお料理研究会発足と運営の実績をもって私の評判を上げることは、デッドエンドの回避に役立つわ。そして仮に身分剥奪の上国外追放されたとして、料理人として生きていくための布石にもなる。


「ごきげんようディラン、ルーク」

「こんにちはレイナ。何かご用ですか?」


 研究会の発足には四人集めないといけない。

 ルークはお料理好きだし、ディランは私の料理をいつも美味しそうに食べてくれる。これで二人確保よ!


「私、新しくお料理研究会を発足させようと思いますの。お二人とも入ってくださらない?」

「お料理研究会? 面白そうだな、俺は入ってもいいぜ」

「ありがとルーク。ディランは?」


 私の質問に、ディランは「しまった」という様な表情を浮かべている。


 あれ? 即答で入部してくれると思ったのに。


「ああ、ディランはもう乗馬部に入っているんだよ。俺も暇ならってことで今から見学に行く予定だったんだ」


 ……なるほど。そういうわけね。


 エンゼリアでは公認部活の掛け持ちは認められていない。

 別に毎日活動するわけじゃないから掛け持ちでもいいでしょうと思うけれど、決まりなんだからしょうがありませんわ。


「す、すみませんレイナ。グッドウィン王家では伝統的に乗馬部に入るしきたりがありまして……」

「そんなに気に病まないでくださいディラン。試食の時には誘いますわ」

「ああ、はい……お願いします……」


 よっぽど私のお料理が食べられなくて残念と見た。

 しかしディランがダメとなると、最低後二人。残り二人も早く見つけなきゃね。


 私はルークにもメンバー候補を探すようにお願いし、この場を後にした。

 でもルークっていつもディランと一緒にいるけれど当てはあるのかしら?

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