第37話 お嬢様は頂点に立つ女

 アリシアちゃん救出、毒をもって毒を制す作戦の翌日。

 結局姿を見せなかったディランが気になったので直接聞いてみた。


「昨日夕方どこにいたかですか? 午後は講義がなかったので、ルークと一緒に馬で遠乗りに行っていました」


 マギキンに比べてルークがアクティブになった結果イベントが上手くいかなかった?


 でもおかしいわね。運命の修正力が働くなら、あの場にルークと一緒に現れる感じに修正されるはずだわ。


「レイナもお誘いすればよかったですね」

「いいえ、殿下。私は馬には乗れないもので」


 私は馬には乗れない。

 貴族のたしなみとして何度か乗馬は習ったけど、どうにも私はお馬さんに嫌われている。


 どうしてだろう?

  前世で動物に嫌われることなんてなかったのに。


「僕が教えて差し上げますよ。乗馬は得意なんです」


 確かにディランには白馬が似合うわ。そんな王子にマンツーマン。ウヒヒ、まるでお姫様ね。でも――、


「ごめんなさい殿下。私どうにも馬を見るとその……、食欲が湧いてしまって……」

「しょ……食欲……ですか?」


 そういえば前世で結構好きだった馬刺ばさしを食べてないわ。

 食文化の違いが辛い。これがホームシックってものかしら?



 ☆☆☆☆☆



 アリシアちゃんに助け舟を出したあの日以降、私は彼女とは話してはいない。

 時折アリシアちゃんが私の方をちらちらと見ているようだけど、触らぬ乙女ゲーヒロインに祟りなしの精神でこちらからの接触は控えている。


 本当はいつも一人でいるアリシアちゃんとお友達になりたい気持ちはあるわ。でもそれがどう転ぶか見当がつかない以上、極力接触は控えるべきよね……。


 アリシアちゃんの方も身分を配慮してか近寄って来ないし。

 というか迂闊に私に近寄らないのは、何もアリシアちゃんだけではない。


 どうやらこのたび私レイナ・レンドーンとその友人のグループは、一年生女子のスクールカーストの頂点に就任したようです。


 前世では普通、どちらかというと教室の隅で静かに過ごしていた地味グループの私が頂点に立つとは……。予想外もいいところだわ。


 魔法の才能、家柄、ディランたち人気男子との親しい交友関係のある私。

 可愛いエイミー、カッコいいリオ、と元々そういう扱いを受けている節はあった。

 そしてが決定的となった。


 “紅蓮の公爵令嬢”健在の噂は瞬く間に学院中を駆け巡り、わずらわしい女子間の駆け引きをぶち抜いて私たちをカーストの頂点に君臨させた。今では廊下を歩くと避けてくる子すらいるわね。大名行列かな? 医院長回診かな?


 ……もしかしてやりすぎたのかしら?



 ☆☆☆☆☆



 今年からエンゼリアにはが追加された。

 それは私を憂鬱にさせ、エイミーの目をキラキラと輝かせる。そしてその第一回目の講義が今日だ。


「この講義も俺が担当させてもらう。が……、よろしく頼む」


 まさかのシリウス先生! 少しやりづらいってのは専門じゃないからかしら?


「この講義では座学と実習を行い、一年の間に乗るところまでいってもらう。一定以上の魔力を内在し、高い学習能力を持つ君たちならできると俺は確信している」


 ――乗る。


 そう、この講義は最終的に何かを乗りこなすことを目標にする講義だ。

 それは、一生の間でもう乗るまいと信じていた例のアレ。


「それでは、魔導機概論がいろんの講義を始めさせてもらう。教科書を開いてくれ」


 ――そう、魔導機だ。


 マギキンには本来存在しないイレギュラー。おとぼけ女神曰く、この世界を歪めた者による異物。


 この六年間、魔導機の評価は急速的に上昇。実用性ある兵器として、このグッドウィン王国でも専任の操縦者の育成が急務となっている。


 でもまさかエンゼリアの講義にも組み込まれるなんて予想外だわ。ノブレス・オブリージュってやつかしらね?



 ☆☆☆☆☆



「本日の講義は以上。魔導機の基礎について初めて聞いた者も多いだろう。各自教科書を読んで理解を深めておくこと」


 終わったー。魔導機、複雑怪奇すぎる。

 でも事前に身構えていたよりずっと優しい内容でしたわね。

 というかエイミーの雑談の方がよっぽど詳しいような?


「疲れましたわ……。ルークは何かわくわくしていますわね?」

「まあ魔法を極めんとする者として魔導機は興味あったからな。学院で講義があるのなら渡りに船ってやつだ」


 世界が違っても男の子はこういうメカ的な物に惹かれるのかしらね。


「レイナはお疲れみたいですね? 乗ったことはあっても知識は別ですか?」

「そうですね、あの時は無我夢中だったもので。ディラン殿下は楽しみですか?」

「ええ、魔導機に乗るは馬に乗るに似るといいます。上手く乗りこなせると気持ちがいいでしょうね」


 そういえば私は前世の知識があるから魔導機の操縦席をバイクのようだと思ったけれど、あれは馬のくらなのね。


「でも先生よりもエイミーの方が詳しく感じたわね。逆にエイミーはつまらない講義なんじゃない?」

「それはお嬢、ここ見てみ」


 リオはそう言って、教科書として使われている本の著者名を指さす。


「”魔導機理解の為の手引き”著者名……、エイミー・キャニング!?」

「そうですわレイナ様。おそらくこの王国で魔導機に一番詳しいのは私ですわ! レイナ様がお望みなら手取り足取り個人授業して差し上げます」


 好きこそものの上手なれというけれど、まさかここまでとは!

 エイミー、納屋でひっそりと趣味に興じていたのが本を出版するなんて良かったわね。そして国の最高の教育機関で教科書に採用だなんて! 


 というか、それならシリウス先生がと言うのも納得だ。



 ☆☆☆☆☆



「エイミー、リオ、明日のお休みにどこかへ遊びに行かない?」


 今週もお疲れ様、私!

 いよいよ待ちに待ったお休みよ。


 どこへ遊びに行こうかしら?

 近くの街に買い物なんてどうだろうか。


「ご、ごめんなさいレイナ様!」

「え!? どうしたのエイミー、明日は何か用事?」

「レイナ様と一緒に過ごしたいのですが、明日は部活がありまして……」


 部活!?

 なんでそんな日本的な物がこの世界に?


 いえ、マギキンは日本開発のゲーム。そしてここはそれに酷似した世界よ。

 今まで疑問に思わなかっただけで、いくつかの文化は日本的なんでしょうね。


 というか部活とかいう設定あったのね。マギキンだと主要人物は誰もしていなかった気がする。


「いいのよエイミー、また誘うわ。ところで何の部活?」


 エイミーは作法良し、ダンス良し、音楽良し、笑顔良しの万能令嬢だ。なにをさせても似合うの間違いなし。


「はい、魔導機研究会に所属していますわ!」


 ――魔導機研究会!?


 いつの間にかそんなのもあるの!? でも良かったわね、魔導機好きな仲間ができて。


「キャニング氏~、明日は部活ですよ~!」

「あっ、噂をすれば。はーい! わかっていますわー! 私、女子一人なんですが皆さん良くしてくれますの」


 …………。

 エイミーは可愛い。社交界では結構な人気者だ。あなたの趣味とお仲間は否定しないけれど、サークラ的な存在にはなっちゃだめよ?


「すまないお嬢。私も明日は部活なんだ」

「リオも!? あなたは何部なの?」


 なんだろう、運動系かな?

 リオは運動神経抜群だ。それに背も高い方だし、前世で言うならばバレーやバスケのイメージね。


「演劇部だよ。部員の人にスカウトされたんだ」


 ――え、演劇部!?


 確かにリオは女の子のファンがいるくらいカッコいい。

 でもあなたこの前は凄まじい大根役者だったわよ? 大丈夫?


「ミドルトンさん! 明日は基礎からみっちり教え込むから遅れないでよ!」

「はい部長! ……ってな感じなんだ」


 なるほど、演劇も体力勝負ね~。努力家なリオならきっといい役者に成れると思うわ。

 講演の日が決まったら教えてね。エイミーと見に行くから。


「二人ともそれなら仕方ないわね。頑張って! また今度遊びに行きましょう」

「はいレイナ様!」

「また今度な、お嬢」


 うんうん。せっかくの学園生活。みんな青春を謳歌すればいいのよ。遊びなんていつでも行けるわ。


 クラブ、いつ入ったんだろう? というか、私は……?

 デッドエンドは迫っている。でも私だけが灰色の青春を過ごすの?


 悪役令嬢だって青春したい。私もマギキンの世界で学園生活を楽しみたい!


―――――――――――――――――――――――

☆ご指摘いただいたので、エイミーが推薦入学生じゃない件の補足☆

作中でレイナが「まさかエンゼリアの講義にも組み込まれるなんて予想外」と言及しているように、カリキュラムへの追加と教科書の選定は結構土壇場(第一章終盤の魔導機テロを受けて専任の操縦士の育成を急務とした為)です。たまたま採用した教科書の著者が入学者でした。


それと逆に推薦者の選定はもっと前から進めているので、エイミーは漏れてしまったしだいです。

他校に入学されていたらエンゼリアの面目は丸つぶれだったので、結果オーライなのが作中になります。

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