第36話 悪役令嬢を以て悪役令嬢を制す

「レイナ様、起きてくださいレイナ様」

「……あともう少し寝かせて……」

「遅刻してしまいますよ」

「んんっ……。おはようクラリス」

「おはようございますレイナお嬢様。朝食の支度は済んでおります」


 授業が始まってしばらく経った。学院での生活にもだいぶ慣れてきたわ。

 もっとも、寮生活というより高級ホテルでの生活っぽいけれど。


 しかも部屋の豪華さは想像以上だった。さすが伝統のエンゼリア。そしてこの部屋を借りることができるレンドーン家の財力。


 ディランら攻略対象のキャラはみんな男子寮の個室。

 エイミーとリオは一般寮なので二人で相部屋だそうだ。私も夕食の時たまに一般寮に顔を出すけれど、あれはあれでにぎやかで楽しそうね。


「今日も元気に授業頑張るわよ―! ってあれはルーク、……とアリシアちゃん!?」


 私の目に映るのはにこやかに会話するルークとアリシアちゃん。この世界ではまだ見たことのない組み合わせね。行き倒れフラグを折った今、特に接点はないはずだけれど……。


 気になった私は、アリシアちゃんが立ち去るのを待ってルークに話しかけた。


「ああ、この前腹減ってぶっ倒れそうな時にな、アップトンが飯をわけてくれたんだよ。いいやつだよな、あいつ」


 な、なんと!


 曰く、その日は前夜から徹夜で研究していて、食事をとるタイミングを逃したルークはふらついていた。


 それが心配で話しかけたのがアリシアちゃんだ。自らの昼食をわけてくれたアリシアちゃんにルークはいたく感謝し、お礼を言っていたというわけだ。


 運命が収束している!

 折れたと思ったフラグすら構築する、アリシアちゃんのなんというヒロイン力。


「ああいう家庭料理もいいもんだな。――ってお前どこ行くんだ? 講義始まっちまうぞ」

「ちょっとお手洗いに!」


 こうしてはいられないわ。これが運命の収束と言うのなら、他の二人も確認しておくべきよ。

 私はスカートの裾を掴むと、廊下を疾走した。



 ☆☆☆☆☆



「アリシア・アップトンか? ああ、話したぞ」

「ええっ! ライナスが強引に迫ったの!?」

「初対面で迫る!? ボクはそんなことしま……オレはそんなことしないぞ」


 ライナスの語るめは次の様だった。


 学院の庭園で絵を描こうとしたら、隠れるように食事をしている少女がいた。それがアリシアだ。


 彼女はすぐに立ち去ると言った。だがライナスは絵を描くだけだから別にいいと返し、それからしばらく絵を描きながら話をした――だそうだ。


「わ、私はあなたのことを応援しているわ! 邪魔しないからね!」

「応援? 邪魔? いったい何を言って……、おいレイナ、どこへ行くんだ?」

「ちょっと急用で!」



 ☆☆☆☆☆



「アリシア・アップトン? もちろん声をかけたさ。彼女良い子だよね」


 パトリックもなのね。というかあなたはゲームと変わらない出会いなのね、アデル侯爵との仲は良いのに。


「平民なのに推薦入学生なんてすごいじゃないか、彼女のような人物と話してこそ視野が広がるというもの」


 恐るべし乙女ゲームのヒロイン。起きないはずのイベントが起き、立たないはずのフラグがどんどん立っていく……。


「――もちろん一番可憐なのは君だけど……、ってもうどこか行くのかい!?」


 どうしよう、アリシアちゃんに接触するべきかしないべきか。

 間違いなく運命は収束している。行きつく先は私のデッドエンドだ。


「レイナ、行かないで僕と話をしようよ」


 彼女と接触すれば私も悪役令嬢という役回りに収束していくの?

 私はアリシアちゃんをいじめるつもりは微塵みじんもない。けれどももし、運命が私を悪役に仕立てようとするのなら――。



 ☆☆☆☆☆



「お嬢ってアップトンさんの事苦手なのか?」


 講義も終わってもうじき夕暮れ時。秋風が少し寒い中寮への道を歩いていると、リオからそんなことを尋ねられた。


「そ、そんな事ありませんわ」

「そうよリオ、あなたも知っている通りレイナ様は身分や嗜好しこうで差別されないお方よ」

「それは知っているんだけど、ちらちら見たり気にしている割には避けているなと思って。まあ、私もあまり話したことはないんだけどな」


 苦手……ではない。避けているのは、まだアリシアちゃんに対する方針が定まらないからだ。


「気になるけれどお話する機会がないだけ……ん? 声?」

「あ、噂をすればあちらにアップトンさんが。それにクラスの方が数人」


 エイミーが差した方向を見ると、道から少し離れたところにアリシア他数人の女子生徒がいた。

 でも、どうにも仲が良さそうには見えない。どちらかというと険悪な雰囲気だ。


 私はビビビと記憶の回路を捜査する。確かこのイベントはマギキンに存在した。レイナたち悪役令嬢にいびられていた主人公を、駆け付けたディランが救出するというイベントだ。


 ……でも近くにディランの姿は見当たらない。


 それに本来のいじめの主犯格の私たちはそろってここにいる。これは運命の収束で代役を使ってイベントが起きたってことかしら?


お嬢?」


 というのは、あの場に介入するかの意味でしょうね。

 アリシアちゃんを囲んでいるのは貴族令嬢。下手に介入すればお家同士のしがらみにまで発展する可能性があるわ。イッツしがらみ案件!


 それにもし運命が収束するのなら、私が割って入ったところでディランが現れて勘違いで私に対する印象が悪化するという事もある。飛躍的な思考かしら? いいえ、可能性として十分あるわ。


「レイナ様……」


 エイミーがすがるように私を見つめる。リオだってそうだ。

 二人とも止めてあげたいみたいだけれど、二人の家の格じゃ難しいかもしれないわね。

 それには、こういう時止めるのでしょうね。


 ――決めたわ!



 ☆☆☆☆☆


 アリシアちゃんをいびっているのは、赤い髪をした性格のきつそうな令嬢他数名だ。

 寄ってたかって……、なんてやつらかしら!


「だいたいあなたは平民のくせに生意気なのよ!」

「そ、そんな……、生意気なんて」

「ディラン殿下に色目を使って、身の程を知りなさい!」

「私色目なんて使っていません……」


 うわー、嫌なやつねー。まあマギキンではレイナのセリフだったんだけど。

 そしてこのあと頬をはたく。アリシアちゃんの頬をはたくせないわ!


「あら? 皆さまごきげんよう。こんなところでどうしましたの?」

「レ、レイナ・レンドーン様? 私たちは指導をしていたのですわ。レンドーン様もこの下賤げせんな者にはお怒りでしょう?」


 指導? ただのいじめなのによく言うわね。

 私はさりげなく令嬢とアリシアちゃんの間に入る。


「下賤な者? 不思議なことを申しますわね。高貴なる私に比べれば五十歩百歩ですわ。ねえエイミー?」


 私はそう言いながらエイミーの方を見る。彼女は心得ていますと頷いた。


「本当ですわ。レイナ様の才能、家柄、優雅さに比べれば木っ端の貴族も等しく下賤な者ですわ」

「な、何を……!」


 これが私の策だ。ここで普通に止めただけだと、以降も嫌がらせは続くでしょう。


 ならば私にヘイトを向けさせれば?

 毒をもって毒を制す。悪役令嬢にはそれ以上の悪役令嬢よ。


「高貴なる私に比べれば皆等しく下賤なのだから、こんなくだらない嫌がらせはおやめなさいな。オーホッホッホッ!」

「レイナ様の前ではいつくばってくつを舐めるのがお似合いですわ。オーホッホッホッ!」


 良い調子よエイミー。さあ、リオも言っておやりなさい。


「ふ、二人とも、何を言っているんだ……?」


 ……何そのドン引き顔。この子何もわかっていないじゃない!?

 私とエイミーが必死に目線で訴えると、わかってくれたのか頷いてくれた。


「そ、そうだあ。お嬢の前ではお前たち皆虫けらなんだあ。お……おほほ?」


 なんという大根役者!

 でも相手には効果ありのようね。


「い、いくらレンドーン様と言えど不遜ふそんな発言ではありませんの!?」

「あら、文句がおあり? あなたは私の異名をご存じないようね?」


 私はそう言いながら、右手を思わせぶりに挙げる。

 もちろん魔力は集めてない。ハッタリよ。


「ぐ、紅蓮の公爵令嬢……! ヒィッ!」


 私の精一杯の悪役令嬢フェイスに恐れをなした赤髪令嬢たちは、蜘蛛の子散らすように退散していった。毒を食らわば皿まで。これで解決ね。


「あ、あのレンドーン様。ありがとうございます」


 か、可愛い!

 少し涙目でお礼を言うアリシアちゃん可愛いわ。さすがはヒロイン。


「私は事実を言ったまでよ」


 多くを語らなくても察してくれている顔だ。これでいい。

 私は悪役令嬢レイナ・レンドーン。役に巻き込まれない為には、この子としばらく距離を開けた方が良いわ。


「レンドーン様!」

「まだ何か?」


 まだ何かあるのかな?

 それにしてもディランは結局現れなかったわね。


「靴をお舐めした方が良いのでしょうか……!」


 前言撤回。この子何もわかっていないわ。

 というかその提案をキラキラした目でって、この娘もしかして天然かしら?

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