第34話 そしてお嬢様の舞台は整った


「火の神よ、《火球》!」


 私が魔法を唱えると、発生した火の玉が的を目掛けて飛んでいく。今回はバランスボールほどの大きさではない。ボウリング球より少し大きいくらいだ。


 中々の速度で飛んで行った《火球》は轟音を立てて炸裂し、まとを破砕する。


「お見事です。だいぶ魔法をコントロールできるようになりましたな」

「ありがとうございますマッドン先生。先生のご指導のおかげですわ」


 ここはレンドーン邸の裏庭の一画――いえ、正確には裏庭の元一画と言うべきね。私が魔法で散々破壊しつくしたこの一画は、完全に私の魔法練習専用のスペースとなっていた。


 今私がエンゼリア入学前の仕上げとして取り組んでいるのは、魔法のコントロールだ。毎回毎回クレーターを作る威力の魔法だったら逆に不便よ。火を起こすのにあのでたらめな火力はいらないわ。


 というわけで、有り余る魔力の放出を調整して、弱い威力の魔法を撃てる練習をしているわけだ。


「このマッドン爺、まさかこの年になって真の天才と出会うとは思いませなんだ」

「オ、オホホ……。褒め過ぎですわ先生」


 マッドン先生は感極まったのか涙を流されている。先生には悪いけれど、この力はあのおとぼけ女神に貰ったものだし、褒められるとなんか微妙な気持ちになるのよねえ……。


 そういえば先生は出会った時にはすでに八十歳を超えていたから、今はもう九十歳近いのよね。感極まってポックリ逝かないでくださいまし……。


「レイナ様、その才能は私をしのぐであろう稀有けうな物でありますが、ここは年配者として最後にを授けますぞ」

「はい、先生!」

「うむ。魔法とは、世界と魂を繋げるものなのです。世界を愛さない者に、ここ一番で魔法は手を貸しますまい」


 う~ん。なんと含蓄がんちくあるお言葉。流石亀の甲より年の功。


 私はこの世界大好きかな。愛しているって言っても過言ではないわ。なんてったって死んだ後の転生先に選ぶくらいだからねー。


 ま、まあ魔導機なんてものが存在したり、望んでいたスローライフじゃなく綱渡り悪役令嬢ライフなのが玉にきずですけれど……。


「次に魔法使いたるもの――」


 ――えっ、次ぃ!?


 次といったかこのご老体は。じゃなかったの?


「あ、あの先生……」

「――魔法を使用する際には……」


 ダメだ! このおじいちゃん何も聞いていない! 長い! 話が長すぎますわマッドン先生。どんないい言葉でも話が長くて聞かれなかったら何も意味ないのですよ……。


 まだまだ熱い日差し降り注ぐ夏の終わり。だらりと汗の落ちる炎天下の中、マッドン大先生の最後の教訓はこの後二時間以上にわたって続いた。



 ☆☆☆☆☆



「二人とも合格おめでとー!」

「ありがとうございますレイナ様」

「ありがとな、お嬢」


 大丈夫だと信じていたけれど、無事にエイミーとリオは試験に合格。これで晴れてゲームの通り三人でエンゼリアに通えるわけだ。合格を祝ってパーティータイムだ。私もお菓子をいっぱい焼くわよ~!


「近づいてきたわね……」

「レイナ様?」

「ううん。何でもないわエイミー」


 ディランら攻略対象の男性たちはすでに推薦で入学を決めている。レイナもゲームと経緯は違うけれど、エンゼリアへの入学は決定している。そしてエイミーとリオも入学試験に合格した。あとは――。


「そういやお嬢、入試の時に聞いたんだけどさ、今年の特待生組に平民出身の子がいるらしいよ」

「私も聞きましたわ。信じられない事ですが、なんでもルーク様に匹敵する魔力の持ち主だそうですよ。もちろんレイナ様の方が凄いと思いますけど」

「へえ、それはすごいわね」


 ――これで揃ったわね。


 間違いない。マギキンの主人公、アリシア・アップトンちゃんの事でしょうね。どういう性格かしら?


 ゲームだと貴族社会や自分の魔法の才能に戸惑う平凡な女の子って感じだったけれど、今までのケースを考える限りそのままって可能性は低いわね。デッドエンド回避の為にはよく対策を練らないと。


 アリシアの噂がこのタイミングまで広まらなかった理由は、エイミーの発言通り“レイナの方が凄すぎたから”で間違いないわ。


 ゲームではそのルークに匹敵する魔法の才能で幼少期から注目を浴びていたけれど、おとぼけ女神にルークすらしのぐ魔力マシマシチートを授けられた私がいるこの世界では、三番手以降になってしまうアリシアへの注目度は下がっている。


 自分で言うのもなんだけれど、その後も私はたびたび事件を起こしているし、平民の子が高い魔力を保持しているって情報がかすんじゃったんでしょうね。


「名門エンゼリアでの生活、レイナ様にお会いす前は夢にも思いませんでしたわ。楽しみですわね」

「そうだよねエイミー。私もつい数年前までは、自分がエンゼリアに行けるなんて考えてもなかったよ」


 エンゼリアに入学すれば、いよいよ『マギカ☆キングダム~恋する魔法使い~』の本編スタート。デッドエンド回避までの三年間の学園生活の始まりね。


 役者は揃った、入学までに可能な限りの努力はした。後は舞台で踊るだけね。

 そしてこのマギキンの舞台を踊りきって、必ずその先の平穏な生活を掴んでやるんだから!


「エンゼリアでの生活、何が起こるかわからないけれどきっと楽しいものにしましょうね」

「はい、レイナ様!」

「ああ、お嬢!」


 来るなら来なさい、世界を歪めた者とやら。デッドエンドとまとめて乗り越えてみせるわ! オーホッホッホッ! 人生強気が大事よ!



 ☆☆☆☆☆



☆魔力

 魔法を使うのに必要な力。一般的に平民よりも貴族の方が、男よりも女の方が生まれつき持つ魔力量は多いとされる。持って生まれる魔力量は様々だが、魔力無しで生まれる人間は存在しない。微弱な魔力量の人間でも弱い威力で魔法を使うことはできる。マギキンのレイナはほとんど魔力が無く、現在のレイナは膨大な魔力量を持つ。

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