第27話 とある令嬢とディランのダイアローグ

 前書き

 今回はディラン視点です。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 “完璧王子”、“笑顔の貴公子”、“万能の天才”――。


 どれもちまたで話される僕――ディラン・グッドウィンの異名だ。正直、耳にすると恥ずかしくなるくらいのベタ褒め。


 でも、いくら褒められようとも僕は第二王子。第一王子のスペアだ。

 兄上は普通に優秀だし、僕を担ぎ出そうという愚かな貴族はいないだろう。

 もしいたとしても、同腹どうばらで信頼している兄上を僕は裏切らない。


 将来は適度に領地を貰って大公家として兄上を支える、そんな人生だろう。その人生に不満はない。


 けれども道が決まっているからか、どうも自分の人生というものに本気になれない。

 笑顔の下は内心、そういう諦めの様な閉塞感へいそくかんが支配していた。



 ☆☆☆☆☆



 今日はレンドーン家ご令嬢レイナ様の十歳の誕生日。


 グッドウィン王国の特に貴族において、十歳の誕生日は人生で一番大事と言っても過言ではないほどに大切だ。この魔力測定の結果は人生を左右する。


 なのでこうやって僕が招待されているわけだ。

 正直来たくはなかったがレンドーン公爵家は王国の要、むげにはできない。


 来たくなかった理由はいたってシンプル。僕はレイナという少女が非常に苦手だ。

 彼女は気位の高い者が多い貴族の子女の中でも、極めつけと言っていいほどの性格をしている。もちろん悪い方の意味でだ。


 使用人に対す態度は尊大、物の扱いは乱暴、平民なんて視界に入れもしない。口を開けば他人の悪口ばかりで、生産的なことは何もしないが常に自信たっぷり。


 それとなく注意したこともあったが、それを理解している素振りもない。

 そんな彼女に僕は気に入られているのか、会うとベッタリとつきまとわれる。本当に苦手だ。


「心配し過ぎですわ、お父様。このレイナ、王子様の前で必ずや最高の結果をもたらします」


 今もそう父親に話をしている彼女は自信満々。まるで最高の結果が出て当然、といった態度だ。

 高い魔力を生まれ持った者は兆候がある。僕や従兄弟のルークがそうであるように。


 けれども彼女にはそのたぐいの話がない。

 彼女が魔力測定の水晶玉に手を置く姿が、僕は彼女の破滅への始まりの序曲ではないかとさすがに少し心配で見ていた。


 ――その瞬間彼女の、もしくは僕の人生のターニングポイントが訪れた。


「素晴らしい魔力と言ったのですレイナ様! 今年一番、いや王国一の魔力量かもしれません!」


 興奮して叫ぶ測定係の声に集まった者達は騒めく。

 ということは、少なくとも彼女の魔力は僕やルークを凌駕りょうがするということだ。


 ルークでも神童と呼ばれるほどなのに一体どれほどなのか。信じられない……!

 しかし、ここは称賛しておくべきだろう。


「驚きましたレイナ嬢。素晴らしい才能の持ち主でいらっしゃいますね!」

「こ、これはディラン殿下! お褒めの言葉ありがたき幸せに存じます……」

「そう硬くならないでくださいレイナ嬢。お誕生日おめでとうございます」


 驚いた。お礼の言える人だったのか。

 普段の彼女ならもっと勝ち誇っているだろう。それがこのしおらしさ。


 その後、エスコートして花火を一緒に見た時はいつもと違い僕の方を見ずに熱心に魔導機を観察していた。その表情は年頃の少女相応に疑問と好奇心に満ちていて、今まで彼女が見せてきた表情とは違うものだった。


 もしかしたら僕は、彼女の事をよく知らなかっただけかもしれない。



 ☆☆☆☆☆



 レイナ・レンドーンが素晴らしい魔法の才能を示したという噂はすぐに王国中を駆け巡った。

 それを聞きつけた従兄弟のルークと一緒に、僕はレンドーン邸へと赴くことになった。


 僕自身もレイナという少女を確かめたいと思っていた。彼女が本当はどういった人物なのか。ちょっとした好奇心だ。


「私とお料理対決をしませんこと?」


 いつものルークの負けず嫌いが発動してこれは長引くぞと懸案していたところ、レイナ嬢が意外な提案をした。


 料理……? レイナ嬢は料理を作れるのか?

 正直僕の知る彼女からは最も遠い言葉だと言わざるを得ない。審査員に任命された僕は、とんでもないものを食べさせられるのではないか?


「うん。すごく美味しいですレイナ嬢!」


 果たして、そんな僕の心配は杞憂きゆうに終わった。彼女の作る見たことのない料理は、素晴らしい味だった。


 ……ルークの作った料理はなかなか刺激的だったが。



 ☆☆☆☆☆



 それから僕は負けず嫌いのルークに連れられて、三日と空けずにレンドーン邸を訪れることになった。彼のリベンジマッチの為だ。


 それにしても、レイナ嬢の作る料理の数々は素晴らしい。一流のシェフの腕というわけではないが、とにかくレパートリーが豊富で飽きがこない。そしてそのどれもが美味しい。


 一緒に過ごす時間が長くなるにつれて、僕たちはお互いに気安い関係となっていった。

 そこで僕は彼女の変化に気がついた。


 使用人に優しくし、他人の悪口は言わず、料理について自慢げに語るレイナ。おおよそ今まで僕が知る彼女と真逆の言動だ。


 もしかしたら別人なんじゃないかと、非現実的な妄想をするほどに――。


「そんな事はございませんわ、オホホ」


 これはレイナが誤魔化している時の笑い。


「まあディランったら、ウヒヒ」


 これはレイナが本当に嬉しい時の笑い。

 いつしかそんな些細な変化に気づけるほどに、レイナの事を見ていた。僕は彼女の料理だけではなく、彼女のことも好きになってきたのかもしれない。



 ☆☆☆☆☆



 しっかり者になったと見せかけてどこかぬけている。そんなレイナの噂はいつも破天荒だ。


 いわく、他家の裏庭を魔法で吹き飛ばした。

 曰く、他家の子息を締め上げて脅した。

 曰く、側付きと護衛の警戒をくぐり抜けて脱走した。


 彼女は貴族としての振舞いや務めを果たしながらも、その破天荒さを失わない。

 彼女の笑顔が、言葉が、行動が僕の抱いている閉塞感を壊してくれると感じる自分がいる。


 ――告白しよう。


 ライバルは多いと思う。ルークだって気づいてはいないようだが、彼のレイナを語る時の顔は好きな女性を語る時のそれだ。


 彼女の十一歳の誕生日。他者に先んじてその日の夜に婚約を申し込むべきだ。


「レイナ、後から少し二人で話したいのですが、いいですか?」

「? わかりましたわ、ディラン」


 こう言えば意識してくれるだろうか?

 寝ずに考えた結果のシンプルな誘い文句だが、こういった感覚が少しズレている彼女に効くかは謎だった。


 なにせ彼女はこの一年間、「レイナと結婚された方は幸せですよね」といったわりと直球な文言をかわし続けている。嫌われているのではないかと不安に思うほどだ。



 ☆☆☆☆☆



 夜のバルコニーに二人きりというシチュエーションは最高だった。雰囲気もまあ悪くなかったと思う。


 しかし何故だ……!?

 僕は失敗した。


 思いのたけは伝えた。でもレイナはよくわかっていないみたいだったので直接伝えようとした。

 けれども「僕は……!」の後がどうしても言えなかった。


 簡単だったはずなのに。「僕は君のことが好きだ。婚約してほしい」と言うだけでよかったのに。

 グズグズしている間に邪魔が入り、ライナスには「王子と言えどもオレは譲りませんよ」と宣戦布告された。



 ☆☆☆☆☆



 そうやって数年が過ぎた。


 あれからたびたびチャンスはあったが、どうも僕はレイナのことが好きすぎて上手く言葉にならない。婉曲的な表現だと彼女に伝わらない。


 建国記念の式典の日、彼女は僕に会いに来てくれた――いや、警告に来てくれたのだ。


 だというのに、僕は彼女が式典前のわずかな時間に会いに来てくれたこと自体に舞い上がっていて、警告を受け止めることができなかった。


 結果が、だ。


 いや、彼女の言う事を聞いたからと言って、あの事件は防げなかっただろう。

 僕が自分を許せないのは、間接的に彼女を危険な目に遭わせたのが僕だということだ。


 僕は“万能の天才”とも称されるが、僕自身はそうは思わない。

 剣術ではパトリックに負けるだろう、魔法ではルークに及ばない。芸術的なセンスはライナスが凌駕しているだろうし、全て高水準なだけで何一つとして一番ではないのだ。


 “万能の器用貧乏きようびんぼう”の僕がレイナを伴侶として迎える為には、ただ一つレイナを愛する気持ちだけは一番でいたいのだ。


 彼女に護られてはいけない、彼女をただ護るだけではいけない。

 彼女の横に並び立ち、生涯を過ごすパートナーとなりたい。いやなるんだ。


 それがグッドウィン王国第二王子、ディラン・グッドウィンの王道である。



 ☆☆☆☆☆



 事件から数日。珍しくレイナの方から訪ねてきていた。

 まさか僕の気持ちに気がついて……? なんて希望的な観測は抱かない方がいいだろう。彼女は“紅蓮の公爵令嬢”と称される、破天荒な救国のレディだ。


「あ、あの……、今日は殿下にお願いがあって」

「なんだい? 遠慮なく言ってごらん」


 もじもじする姿も愛らしい。

 しかしお願いとは……?


「少し、言いづらくて……」

「レイナの頼みならなるべく聞くつもりだよ」

「……では殿下、パンツをください」


 パ、パンツ!?

 パンツってあの? 聞き間違いか? 使うのか……? 何に?

 だめだ、どう聞き返しても下品になる。


「パンツです。下着の。私に一枚ください」


 やっぱり間違いじゃなかったッ……!!!


「それは……、今から脱いだら良いのかい?」

「いえ、洗ったもので大丈夫です」


 そう言った彼女は、使用人から僕のパンツを受け取ると、目的は果たしたとばかりに帰っていった。


 ……本当に行動の読めない女性だ。

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