第22話 いざ決闘でございます

 そして決闘の日。

 場所はアデル家管理の野外演習場だ。見世物というわけではないので、ギャラリーは限られているわ。


「レイナ、何度も言うが降参してもいい――」

「ストップですお父様。もはや避けられぬ事態です。レイナにお任せください」


 私はお父様やクラリス、立ち合いに来てくれたエイミーとリオに手を振り相手の元へと向かう。

 なお、また倒れられるといけないのでお母様は屋敷にて待機よ。


「レイナ様、よろしくって言ったのにこんな再会とはね」

「ええ、パトリック様。このような闘い、私は不本意ですわ」

「僕だって同じさ。しかし父上が強く仰ってね。まあ、僕自身も噂の君の魔法に興味があるかな」


 パトリックは爽やかな笑みを崩さない。

 ああ、今回もお料理対決だったら良かったのに……。このか弱い乙女を呼びつけてバトル漫画展開なんて、いくらその爽やかな笑みでも許されざるですわよ。


「そろそろ始めようか。ハンデをあげよう、最初の一撃は君が撃っていい」

「あら? お優しい事ですね」


 意外そうに驚いてみせるけど予想通りだ。

 パトリックが勝負に乗り気では無い事、女性に優しいことはクラリスがリサーチ済みよ。これも前提に作戦を立ててきているわ。


「では、参りますわ」


 私はそう言いながら、自分から少し離れた場所に向かって右手を構える。

 狙うのはパトリックじゃない、その少し横の地面だ。


「火の神よ、《火球》!」


 ――ズドン!!


 私の手のひらから飛んだ火の玉が地面に当たり、轟音を立てて爆発する。

 舞い散る砂ぼこり、後にできたのはクレーターだ。


「こ、これがレイナ様の魔法の威力……!」


 ウヒヒ。ビビっているわねパトリック!

 これが私の作戦よ。素晴らしきかな抑止力。素晴らしきかな相互確証そうごかくしょう破壊!


「パトリック様、まだお続けになりますか?」


 私はニッコリと令嬢スマイルを向ける。

 バトル漫画展開なんて素直に乗ってやるものですか。ここは乙女の癒し乙女ゲームの世界よ。


 さあパトリックもそんなバトル漫画のライバルキャラムーブしていないで、早く乙女ゲーのイケメンに戻りなさいな!


「……恐ろしい威力だね。流石は噂に聞く才能の持ち主」

「では、降参して下さりますか?」

「……それはできない」

「何故ですか!?」

「武門のアデル家次期当主として、例え恐ろしくても引くわけにはいかないね!」


 ああー! それパトリックルートのセリフ! 私がプレイした時にキュンと来た奴!!


 まさか私が言われるとはね……。ここは引いときなさいよ、この脳筋!


「で、あれば仕方ありませんわね」

「ああ、仕方ない。大丈夫、痛くはしないさ」


 ……パトリックがナンパキャラと知っているから別の意味に聞こえてしまう自分が呪わしい。ゲーム中ではどちらかというとライナスの方が過激だったわ!


「では、行きますよ。《ひかり加護かご』》!」


 呪文と共にパトリックの身体がほのかに光った。光属性の強化魔法だ。


 こ、怖い! パトリックの笑顔が獲物を補足したお顔よ!

 ナンパに目覚めてなくてもハンター的な意味では本質は変わらないのね……。


 私はパトリックが一歩目を踏みしめる前に、地面に手をつき呪文を唱える。


「《みずかべ》よ!」

「――ッ!?」


 《水の壁》は大気中や地中の水分を集めて、自分の前に壁を作る魔法だ。

 それを私のチート魔力で使うと、地中から間欠泉かんけつせんのような水が何本も出てくる。


 パトリックの基本戦術は、自分を強化しての高速接近だ。目の前に水の柱という障害物が出現すると、人間の反射反応で動きが止まる。それも鍛えているパトリックならなおさらよね。


「動きが止まった! 次は、《風よ吹きすさべ》!」


 今度は自分の真下に手を当てて魔法を発動する。

 イメージは誘拐された時に見た飛行する魔導機よ。私はあんな風に繊細な魔法操作はできないから、思いっきり魔法を発動させる。


「うわっ、うわわ!」


 暴風に巻き上げられて、軽い私の身体は上空へと巻き上がる。

 地表では水の柱が治まり、パトリックが私を探して空を見上げる。けれど太陽の陽ざしが邪魔をして、中々見つけることができないようね。


 狙い通り! パトリックに私の魔法を直撃させるにはこの瞬間しかないわ!


「ちゃんと防御魔法張ってよね、《火球》!」


 呪文を唱えると、私の手のひらからバランスボールくらいの大きさの火の玉がパトリック目掛けて飛んでいく。そして直撃。


 ――ズドン!


「《水の壁》よ!」


 重力にしたがって落ちていく私は、地面に水流を発生させてクッション代わりにして着地した。あの高さから普通に落ちたら骨折じゃすまないしね。


 私は素早く立ち上がると、土ぼこり立ち上る中心地に向かう。そして片膝をつくパトリックに木剣を突き付けた。


「勝負あり、でよろしいですわよねパトリック様?」

「ああ、降参さ。僕の負けだよ」

「防御魔法と肉体強化を使ってくれて良かったですわ。加減する余裕はありませんでしたから」

「……まったく、あやうく焼け死ぬところだったよ。とんだご令嬢だ」


 ふう、なんとか勝てた……というより予想に反してこっちが瞬殺しちゃったわね。

 私は無傷、予算も通るしお父様も万々歳。あとは……。


「パトリック様、立てますか?」

「何とかね。それにパトリックでいい、剣を交えた仲だからね。しかし、こうも完膚なきまでに負けると父が何というか……」


 それが問題なのよね。

 この勝負が原因でマギキン作中みたいに親子の反目が起きると面倒になるわね……。


「パトリック!!」

「ち、父上……」


 わー!? 噂をすれば一番に駆け寄ってきたのはパトリックのお父様じゃないの。

 身体大きい、声大きい、さすが王国随一の武人!


「父上、申し訳ありません。負けてしまいました」

「……負けたことは別によい」

「……へ?」

「お前はこの勝負で学べたか? この剣の実力では比べ物にもならぬ女子おなごに負けたことによってだ」

「はい、それはもちろん! 気を抜いて相手に対したこと、遠距離の相手に対策が少ないことなど、学ぶことは多かったです」

「……ならばよし! お前は剣ばかりにかまけて少々視野が狭くなっていた。多くの事を知るのだ! それでお前の道は開ける!」

「……はい、父上!」


 う~ん、何か丸く収まったみたいね。良かった良かった。


「レンドーン閣下!」

「な、なんですかアデル卿!?」


 私の身体を注意深く観察して怪我の有無を確認していたお父様が、突然声を掛けられてビックリする。


「予算の件で無理を言ったこと、ご令嬢に関する暴言を吐いたこと、あいすまなかった」

「……わかっていただければ良いのです」

「貴公の言う通り、器量良しのご令嬢だな。それに度胸も才能もある。して……」

「して?」

「どうだ? これを機会に我が息子パトリックと婚約しては?」


 ――婚約!?



 ☆☆☆☆☆



 決闘の日から数日。

 結局婚約云々は、お父様が「まだ早すぎます!」と猛反対したことによって立ち消えとなった。


 だが、アデル卿に私は相当気に入られたようで、いつでも嫁に来いと言われた。パトリックルートはどうやらゲームとかなり違う展開を進んでいるようね……。


「しっかしお嬢は滅茶苦茶つえーじゃねえか。この際反発する貴族に片っ端から決闘挑んだらどうだ?」

「パトリック様に勝ったのは偶然よ。それに荒事なんて金輪際こんりんざいごめんだわ」


 そうよ。私の歩むべき道はデッドエンドの回避。そして将来的にはスローライフだ。決闘みたいなバトル漫画展開はやめてほしい。


 ここは愛と癒しの乙女ゲームの世界。魔導機とかいうロボットが混じっているからって、そう簡単に血と暴力の世界みたいになられても困る。


「そうよ、レイナ様は優雅なお方。政敵を陥れるにしても謀略を用いるわ」

「う~ん、その路線も歩まないかなー」


 私は政治劇からも遠ざかりたいんですけどね……。

 そしてあの決闘以降、私がこうして王都を歩いていると以前から変化したことが一つある。


「おい、あれが……」

「ああ、あれが“紅蓮ぐれんの公爵令嬢”様だぜ」

「おれも聞いた! なんでも気に入らない相手は魔法で吹き飛ばすらしいぞ!」

「笑いながらパトリック様を瞬殺したらしいな!」


 あの限られたギャラリーの中でどうして広まったのか、私の決闘は王都のトップニュースになっていた。おかげで貴族からも平民からも“紅蓮の公爵令嬢”などと噂されている。


 みんな落ち着いて考えてほしいわ。それは本当に乙女ゲーのライバル女性キャラにつけていい異名でしょうか?

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