第21話 この国の予算はお嬢様の双肩にかかっている
――
対立する二つに意見がある時に、約束を定めた闘いをもって決すること。
私が前世で生を受けた日本では、決闘罪なるもので禁止されていたはずよ。
しかし、ここは近代文明とは程遠いファンタジーな世界観。決闘というものが執り行われるとしても、なんら不思議ではないわね。
そもそも乙女ゲーや少女漫画では決闘はたびたび登場する。
ヒロインを取り合って、もしくはヒロインの身を護るために決闘に身を投じる男性キャラクターというのは一種の定番ね。もちろん私がプレイしたことのあるゲームや、読んだことある漫画の中にもそういった展開はあったわ。
しかし問題は、
ここは全ての乙女に安らぎを与える乙女ゲームの世界ではないの?
「お父様、詳しく説明して頂けますか?」
「……ああ、わかったよ」
そしてレスターお父様が語ったのは、かくも奇妙ないきさつでした。
☆☆☆☆☆
「それじゃあレイナ、頑張るんだよ。発表会に行けなくてすまないね」
「お仕事だから仕方ありませんわ。明日はお父様に見守られていると思って舞台に立ちます」
ここ一年で急激に立派になった娘の言葉に見送られて、私は王宮へと出仕する。
今日から予算会議だ。ただでさえ厄介なのに、今年は武門の重鎮アデル家からの
「では、本件の予算はご報告の通りで」
「あいや、ちょっと待たれよ」
事件は三日目に起こった。軍事関係の予算について議論していた際、予想通りアデル侯爵からの物言いがあった。
「アデル侯爵、何か異論がありますかな?」
「ああ、異論大いにあるとも。貴公の提示した予算には、魔導機の自国生産や訓練に関する物が大幅に抜け落ちているではないか」
大柄で声の大きいアデル卿の声はよく響く。やや強引なところもあるが、その裏表のない性格と軍事における確かな才能で平民からも人気の高い人物だ。
「魔導機の生産には莫大な投資が必要です。重要性は重々承知しておりますが、今は商業振興の方が重要かと」
「ぬるい! ぬるいぞレンドーン公爵。他国で造られた剣で戦う者がどこにいる!? これは一刻も早く解決せねば大陸列強に
確かにアデル卿の危惧ももっともだ。ドルドゲルスで発明された魔導機は、大陸では急速的に戦場の主役となっているという。
島国である我がグッドウィン王国の貴族にはその能力を過小評価している者もいるが、それは間違いだと私自身もこの一年で考えを改めた。
しかし予算は有限だ。莫大な資金を費やすことになる魔導機の為に、民の暮らしに必要な予算を減らす訳にはいかないのだ。
「我ら財務方としても最大限配慮はしているのです。ご理解いただきたい」
「言い訳だな。貴公は元よりケチなのだ。そのような緊縮のことしか頭にない父を見て育てば、ご令嬢もケチが顔に出ようて」
「失礼な、我が娘レイナは器量良しです」
うちのレイナちゃんは世界で一番可愛い。
「ほう、そう言えば魔法の才能も随一だとか」
「その通りです。レイナは莫大な魔力を生まれ持っています」
「なんでもトラウト家のご子息との
そう言えば料理対決をしてからルーク殿と仲良くなったと言っていたな。もっとも、レイナは一回負けたことを随分と悔しがっていたが。
「いかにも、そう娘に聞いております」
「なるほど。だが、我が息子パトリックの方が(強さでは)上であろう」
「聞き捨てなりませんね、レイナの方が間違いなく(可愛さでは)上です!」
「ならば決闘でもして決めるか?」
「望むところです!」
可愛さ勝負でうちのレイナが負けるものか……あれ、決闘?
「皆様聞かれましたな。
……もしかして、私の愛する娘を大変なことに巻き込んだ?
☆☆☆☆☆
「――という事態なんだよ……」
「……そう、ですか」
あ、頭が痛い!
せっかくパトリックルートは安全確保できたと思っていたのに、まさかお父様に後ろから刺されるとは。普段は冷静なのに私の話となると心を乱しすぎでしょ!?
「さすがに命までは取られませんよね……?」
「当然そうさ。……でも、君があの武芸で有名なパトリック殿と闘うなんて……、ううっ」
まあ当然私がボコボコに負けること想像するわよね……。
降参しますって申し出ようかしら?
いえ、さっきの話を聞く限り、この闘いには予算の可否がかかっているのよね?
……青ざめて泣いているお父様の為にも頑張るしかないかー。
「わかりましたお父様。予算のことも決闘のこともこの私にお任せください」
「私は君が怖い思いをしないなら、予算なんてどうでもいいんだ!」
「そういう訳にはまいりませんわ。レンドーン派や財務方の貴族の皆さまが困る問題でしょう? 大丈夫ですから安心してください」
「レイナ……!」
普段迷惑をかけている分、少しは頑張らないとね。
というかここで断ったらパトリック関係の安全確保が困難になりそうですし。
「クラリス、パトリック様に関する情報をできるだけ集めてちょうだい」
「かしこまりましたお嬢様」
……私が転生しているのって、本当に王道ファンタジーな乙女ゲーよね? ロボット物でもなければ、バトル漫画でもないわよね?
☆☆☆☆☆
あれからアデル家から使者が来て、決闘はちょうど一週間後に行われると通告があった。もはや避けようがない迫るタイムリミット。
そして翌日。私はエイミーとリオを集めて作戦会議をしていた。
「で、どうするんだよお嬢、何か秘策でもあるのか?」
「レイナ様おやめください。レイナ様が傷つくのを私は耐えきれません!」
秘策なんてないし、痛いのは私だって嫌だ。
勝負は木刀を用いて魔法の使用はあり。相手が降参するか戦闘不能になるまで行われる。
一応私だって剣を少しは習っているけれど相手は本職。しかも成長期前とはいえ男の子相手にはねえ……。あのおとぼけ女神に感謝するのは少し
「クラリス、集めた情報を教えてちょうだい」
「はい。パトリック様は武芸に才があり、接近戦ではお嬢様は一瞬でやられるでしょう。得意な魔法は光属性の身体強化魔法。剣技と合わさって、神速と謳われています。半面、遠距離攻撃用の魔法は不得手でいらっしゃるようです」
一瞬……、一瞬ねえ。
遠距離からちくちくとも思ったけれど、そんなに早いならきっとこちらが魔法を放つ前に接近されるのでしょうね。
「わかったわ。ありがとうクラリス。それで悪いんだけれど、マッドン先生を連れてきてちょうだい」
「かしこまりましたお嬢様。すぐにお連れ致します」
この世界の魔法は、光、闇、火、水、地、風の六つの属性に分かれている。
そのうち私が使えるのは火と風の二つだ。付け焼刃でもいいので、あと一つは決闘までに使えるようになりたい。
「エイミー、リオ、魔法の練習に付き合ってくれる?」
「当然ですわレイナ様、私になんでも仰ってください」
「当たり前だろ? 度胸は私が鍛えてやるよ」
「二人ともありがとう!」
いい友人に恵まれたわね。後は対策を考えて勝つだけですわ、オーホッホッホッ!
……このくらい強気で臨みましょうか。
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