第20話 王子様からのお呼び出し

 “第十一回レイナちゃん生誕祭”とお父様に銘打たれたお誕生日パーティーは、つつがなく進行している。


 ディラン殿下にお呼ばれした私は、隙を見て月の優しい光が照らす夜のバルコニーに出た。


「レイナ、やっと二人きりになれましたね」


 先に待っていたディラン殿下は、月の光に照らされて普段の三割増しでイケメンに感じる。

 夜景、イケメン、二人きり。揃ってしまった三本の矢に心が射抜かれれそうだわ。


「ディラン殿下、お呼び出しされたのはどういった御用ですの?」


 私はこの突然の呼び出しを正直警戒している。

 ディランルートに関しては、私がアリシアに手出しをしなければ私の無事が保証されると思って今まで何もアクションはしなかった。ここでディラン側から何か来るのは予想外ね。


「一年前のレイナの誕生日も、こうやって星が輝いていましたね」

「殿下……?」


 わざわざ一年前の話を出してきた!? まさか本当に私の中身に気が付いているというの?


「昔からレイナとは顔をよく合わせているけれど、あの魔力測定の日から君は変わりました」


 ――まずい!


「殿下!」

「何でしょうレイナ?」

「殿下はその……、私の変化がお嫌いでしょうか?」

「まさか。前よりもずっと好印象ですよ」


 セ、セーフ?

 ディランの笑顔を見る限りこれはセーフの反応でしょうか?


「昔はレイナが僕の周りをうろちょろしているのを正直苦手に感じていたけれど、今はそんなことないですよ」


 マギキンのレイナはディラン大好き人間だけど、ディランはレイナに興味ないって設定だった。そりゃ興味ない人間につきまとわれると鬱陶しいわよね。


 でも今ではむしろディランの方から家にやって来ますしね。ほんと良いお友達になれたわ。


「使用人に優しくしたり、料理が上手だったり、友達を大切にする性格だったり、今の方がずっと魅力的だと思いますよ」

「ウヒヒ、褒め過ぎですわディラン。あっ、わかりました! 私の作ったお菓子を食べたいのね。私がしばらくエイミーやリオと遊んでいたから食べられなかったですものね~」


 なんだ。私の変化に気がついてはいたけれど、それもプラス印象。

 ただお菓子が食べたいのをみんなの前で言えなかっただけなのね。恥ずかしがり屋さんなんだから~。今度腕によりをかけてお作りしましょうかね。


「レイナ、僕は……!」

「僕は?」


 真剣なディランの表情が月光に照らされて浮かび上がる。なんでしょう。まだ何かあるのかな?


 その時、バルコニーの扉がガチャリと開いた。


「あっ、いたいたレイナ、探したよ。さっきデザートが出されたよ。食べないのかい?」

「ライナス! え、デザート!? 早く戻りましょう」

「ええレイナ。外は寒いですから、さあディラン殿下も早く」


 わざわざ探しに来てくれるなんて、ライナスありがとう。というか主役の私抜きでデザートを食べ始めるなんてなんて薄情な。


 去り際、ライナスが何かディランに言っていた。「王子と言えどもオレは譲りませんよ」? なんだ、ライナスも私の手作りお菓子が食べたかったのね。さーて、私もお誕生日ケーキを食べますか!



 ☆☆☆☆☆



 素晴らしいお誕生日会から数日後。

 ディランとライナスついでにルークに、食べきれないほどのお菓子を作ってあげた。


「うわ、これもすげえ美味いぜ。さすがは俺の料理の師匠!」

「ウヒヒ、そうでしょう。でも師匠はやめて……」


 師匠って街で呼ばれるのはうら若き乙女には辛い。そのうち料理の鉄人とか呼びかねないから今のうちに牽制しとかないと。


「すごい! 噂には聞いていたけど、本当にレイナは料理上手なんだね!」

「そうでしょうライナス。遠慮しなくてどんどん食べて」


 餌付けでデッドエンドが回避できるなら、私はいくらだってお料理を作ってみせるさ。お料理するの好きですしね。


「そういえばディラン、この前言いかけていたのは何だったの?」

「え? い、いえ、特にたいしたことではないのです!」


 そう? それにしては、いやに真剣な顔だったけど? 他の人には言えないお悩み相談だったりしたのかしら?


 完璧超人っぽく見えるディランも悩みを持つことは、ディランルートをばっちりクリアしている私にはわかる。


「そうですか。何かあったらいつでも相談してくださいね?」

「え、ええ……」


 なんだかライナスがディランに熱い視線を送っているけれど、そういえばライナスは貴族らしい貴族にディランとルークの名前を上げていたわね。研究熱心ですこと。



 ☆☆☆☆☆



 翌週、私たちは一家そろって王都へとやって来ていた。

 お父様は政治的なお話の為。私はバイオリンの発表会で、お母様はその付き添いだ。


 王都には明後日の発表会が終わった後もしばらく滞在する予定だ。

 エイミーも来るって言うしリオと三人でいっぱい遊びたいわね。


「それじゃあレイナ、頑張るんだよ。発表会に行けなくてすまないね」

「お仕事だから仕方ありませんわ。明日はお父様に見守られていると思って舞台に立ちます」


 しばらく財務のシビアな会議があるらしい。なんでも騎士団の予算に関するもののようだ。

 大変な仕事だけど、王国の金庫番と称されるお父様にとっては見せ場でもあるわ。


「レイナ……!」

「うふふ。あなた、遅れますわよ。さあ、レイナさんは明後日に向けて練習をしましょう。クラリス、準備をしてちょうだい」

「はい、奥様」


 涙ぐんでフリーズしたお父様に、お母様が出仕を促す。

 お母様は私の事を“さん”づけで呼ぶあらあらうふふ系だ。


 お母様はこう見えて、温厚篤実おんこうとくじつでお人好しなお父様と比べてしっかり者だ。

 娘である私に甘いのは両親ともに一緒だけれど、良い感じにバランス取れているのよねこの夫婦。こんなに良い両親に被害が及ぶのを防ぐためにも、バッドエンドは回避しなくちゃいけない。


 なお、普段は優しいお母様だが、怒るとすごく怖い。

 怒るとすごく怖い。大事な事なので二度言いました。



 ☆☆☆☆☆



「今日は素晴らしい演奏だったわレイナさん」

「ありがとうございますお母様。緊張したけれど上手く弾けて良かったですわ」


 芸は身を助ける、という言葉を信じて日ごろお稽古を頑張っているおかげもあってか、バイオリンの演奏発表会は何とか乗り切れた。


 今はエイミーとリオを招いて、王都のレンドーン家別邸で祝勝会だ。


「本当に素晴らしい演奏でしたわレイナ様、私感動してしまいました!」

「お嬢ってわりと器用になんでもできるよな。今日の演奏も良かったよ」

「二人ともありがとう。でもエイミーは褒め過ぎよ、ウヒヒ」


 いえいえ、日々頭がパンクしそうな中、懸命に公爵令嬢をやっております。前世の私なんてリコーダーくらいしかまともに吹けなかったし。


 最近貴族の感覚に染まりつつあるような気がするけれど、やっぱり私は根っこの所で庶民派なのだ。ああ、お洒落なスイーツもいいけれど駄菓子が恋しい。


「それで二人とも、明日は何を――」

「――レイナ!」


 私の言葉をさえぎるように部屋に入ってきたのはお父様だった。

 かなり急いで帰ってきたのでしょうね。肩で息をしていらっしゃる。


「どうしたのですかあなた。まだ会議中じゃありませんこと?」


 それまでのんびりとしていたお母様も、立ち上がって疑問を投げかける。

 というか本当に何事だろう。お父様はわりと冷静な方だ。それがこの慌てよう。


 お父様はクラリスから受け取った水の入ったグラスをグイっと一気に飲み干すと、私たちの疑問に答えた。


「……レイナ、落ち着いて聞いてくれ」

「はい?」


 落ち着くのはお父様の方でしょうに。


「レイナとアデル家のパトリック殿の決闘けっとうが決まった」

「そうですか」


 ふーん。決闘ねえ……。


 誰が?

 私が?

 パトリックと?


 え―――――――――――っ!!!

 え、何で決闘!? ホワイ決闘ナンデ!?


「レイナさんが、うーん……」

「奥様!? お気を確かに!」


 あまりの内容に頭がパンクしたのだろう。お母様が倒れ、クラリスをはじめメイド達が慌てて駆け寄る。


 エイミーとリオはどういうことか分からず疑問の顔で私を見ている。

 え、というか私もわからないし、倒れそうなんですけど。……決闘?

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