第23話 パトリックの開けた道

 前書き

 今回はパトリック視点です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 父上のような尊敬される立派な武人になりたい。それがパトリック・アデルの歩むべき道だと、僕は小さな時から思っていた。


 日々鍛錬に励み、剣と向き合う。厳しい鍛錬の先にこそあの偉大な背中は見えるのだ。

 そんなある日だった。


「パトリック、お前にレンドーン公爵家令嬢の十一歳の誕生パーティーの招待状が届いている」

「レンドーン家、ですか?」


 レンドーン公爵家は王国の金庫番とも言われる財務方の首魁。そして王国本土の西部に大きな影響力を持つ大貴族だ。


 対して我がアデル侯爵家の采地があるのはアンヘイム島で、財務方とよく対立する武門の重鎮だ。接点はまるでない。魔力測定を行う十歳の誕生日でもないし、それほど交流もない相手を招待する理由がわからない。


「大方今度の予算審議の前に取り込もうという腹だろう。ケチのレンドーンが考えそうな事よ」

「では、断ると――」

「いや、行ってこい」

「何故ですか? 理由をお聞かせいただいても?」

「公爵家直々の誘いを断るのは角が立つ。それにお前もいろいろと経験しておくべきであろう」

「はい、父上がそう仰るのなら」


 あまり気が進まないが、それなら行くしかあるまい。パーティーだとか軟弱な物事よりは、僕は鍛錬が好きなのだ。



 ☆☆☆☆☆



 パーティーは盛大な物だった。さすがはレンドーン家といったところか。

 ディラン第二王子やトラウト家のルーク殿など将来を渇望されている者も多く、人脈の広さと派閥の強大さがうかがい知れる。


 しかし僕はこういう騒がしい場は好きではない。ひたすら女性に声をかけ続けている者もいるが言語道断だ。武人たるもの女性は大切にするべきであり、そう非ざる者は武人にあらず。


 会場の隅で大人しく時が過ぎるのを待っていると、レイナ嬢の側付きだというメイドが話しかけてきた。どうやらご挨拶の順番が回ってきたようだ。


「レイナ・レンドーン様、本日はお誕生日おめでとうございます。ご招待いただき望外の喜びです」


 いかに政治的な策謀が裏にあろうと、来た以上は祝意を述べるべきであろう。

 レイナ・レンドーンは想像していたよりもずっと人当たりが良さそうだった。高位貴族の令嬢にありがちな無駄な気位の高さもなく、使用人にも明るく接していた。


「ありがとうございますパトリック様。こうして健康に過ごせるのも周りの方や両親のおかげ。パトリック様はご両親とは仲良しで?」

「? はい。父上は僕の最も尊敬する武人でもあります」

「それはよろしかったですわ。これを機会に仲良くしてくださいね、パトリック様」

「はいレイナ様、こちらこそよろしくお願いします!」


 奇妙な質問をする女性だ。もしかして父と僕の分断を狙っているのか? 


 いや、勘繰り過ぎか。レイナ様の笑みは親子の仲が良くて良かったという笑顔だ。単なる世間話の一環だろう。派閥のしがらみがなければ、少し仲良くしたいと思える方だ。



 ☆☆☆☆☆



 事件はそれからしばらくして起こった。

 午後の鍛錬をしていると、急いで帰ってきた父上に呼び出された。

 父上は予算会議だったはずだ。何事だろう?


「パトリック! レンドーン家の令嬢との決闘が決まったぞ!」

「はい? 決闘、ですか……? レンドーン家のご令嬢と?」

「そうだ。家の誇りをかけて、決闘をおこなってもらう」


 顔を会わせるなり飛んできた父上の発言に僕は混乱した。

 決闘をすることは理解した。しかし、相手がレンドーン家のご令嬢なのが理解できない。


 噂では大層な魔法の才能があると言うが、あのか細い体では僕の一撃を受ければ昏倒するだろう。

 つまり勝負は一瞬で決する。


 そもそも女性と荒事で勝負するなど、武芸を嗜む者として恥ではないのか?


「父上、お言葉ですが女性に剣を向けるのはいかがなものでしょうか?」

「馬鹿を言うな! 家名の誇りを持つ貴族に男も女もあるか。女性当主の家なんぞ多くあるのだぞ!」


 一般的に女性の方が高いと魔力を持つと言われており、女性が当主の貴族なんて数多くある。

 とは言っても、木剣とは言え剣を用いた決闘を女性相手にできようかという気持ちは変わらない。


 ……しかし父上のこの剣幕、勝負は避けられないか。


「わかりました。このパトリックが我がアデル家に勝利をもたらします」

「うむ。……パトリックよ、視野を広く持てよ」

「? はい、わかりました父上」


 戦場を広く俯瞰ふかんせよという意味だろうか?

 まあ相手が誰にせよ僕は剣の道を突き進むだけだ。



 ☆☆☆☆☆



 いきさつを聞いた限り正直戦う前に降参してくれると思ったが、レンドーン家からの使者はなくいよいよ決闘当日となった。


「レイナ様、よろしくって言ったのにこんな再会とはね」

「ええ、パトリック様。このような闘い、私は不本意ですわ」

「僕だって同じさ。しかし父上が強く仰ってね。まあ、僕自身も噂の君の魔法に興味があるかな」


 レイナ嬢はさすが公爵家の娘と言うべきか、笑みを浮かべておられる。それともよほど自分の魔法に自信があるのだろうか。


「そろそろ始めようか。ハンデをあげよう、最初の一撃は君が撃っていい」

「あら? お優しい事ですね」


 ハンデくらいあげてもいいだろう。それに彼女の魔法の才能は、僕も興味がある。


「では、参りますわ。火の神よ《火球》!」


 ――ズドン!!


 魔法は轟音を立てて僕の斜め前方の地面を穿った。外れた? ――いや、外したのか。

 しかし何という威力。これならばレイナ嬢の自信もわかる。


「パトリック様、まだお続けになりますか?」


 美しいが恐ろしい笑みだ。きっと彼女は女傑として名を残すに違いない。だが――、


「武門のアデル家次期党首として、例え恐ろしくても引くわけにはいかないね!」


 剣を握ってこの場にいる以上、僕は負けるわけにはいかない。

 ここで負けるようでは、僕は永遠にあの背中に追い付けない。


「で、あれば仕方ありませんわね」


 彼女はそう言うと静かにうなずいた。

 きっと僕を潰す算段はできているのだろう。恐ろしいお人だ。

 しかし、だからこそこの僕に相応しい勝負だ。


「では、行きますよ。《光の加護》よ!」


 得意の光属性の強化呪文で身体能力を向上させる。

 一撃だ。一撃いれて終わりにしてやる。そう考えながら一歩目を踏み出そうとした時――、


「《水の壁》よ!」

「――ッ!?」


 ――目のまえに何本もの水柱が立ちふさがった。

 いや、これは本当に《水の壁》の魔法か? 僕の知っているそれとは明らかに違う。


「――吹きすさべ!」


 魔法だろうか? 水流の音に邪魔されて聞こえづらかったが、何かレイナ嬢が次の一手を叫んだようだ。


 次の瞬間暴風が吹き荒れ、水柱は立ち消えた。視界が開けるがレイナ嬢の姿はどこにもない。

 どこだ、どこへ行った?


 ――上か!


 そう考えが至り天を見上げるが、太陽の光が邪魔をする。


「……見つけた! あれかっ!」


 懸命に探し、ついに天に目的のレイナ嬢を見つけるが攻撃手段がない。

 ……というか、あの構えはマズい!


「《光の壁》よ!」


 もはや避けることができない距離だ。持てる魔力の精一杯を振り絞って、自分の前に壁を作る。目の前に巨大な火球が迫る。やがて――、



 ☆☆☆☆☆



「勝負あり、でよろしいですわよねパトリック様?」


 膝をつく僕の鼻先に木剣をつきつけて、レイナ嬢はほほ笑む。やっぱり恐ろしい女性だ。


「ああ、降参さ。僕の負けだよ」

「防御魔法と肉体強化を使ってくれて良かったですわ。加減する余裕はありませんでしたから」

「……まったく、あやうく焼け死ぬところだったよ。とんだご令嬢だ」


 そう毒づく僕の目の前に、今度はレイナ嬢の白魚しらうおのような手が差し出された。


「パトリック様、立てますか?」

「何とかね、それにパトリックでいい。剣を交えた仲だからね。しかし、こうも完膚なきまでに負けると父が何というか……」


 武門の家名に泥を塗ってしまった。

 厳格な父のことだ。最悪僕を勘当することもあるだろう。


「パトリック!!」

「ち、父上……」


 父上をまともに見ることができない。怒っているだろうか、失望しているだろうか。あるいはどちらもかもしれない。だが負けた事実は変わりない。言い訳はよそう。


「父上、申し訳ありません。負けてしまいました」

「……負けたことは別によい」

「……へ?」


 負けたことは別にいい?

 正直、武門の家柄に誇りを持つ父からこんな言葉がでたのは予想外だ。僕は思わず顔を上げた。


「お前はこの勝負で学べたか? この剣の実力では比べ物にもならぬ女子に負けたことによってだ」

「はい、それはもちろん! 気を抜いて相手に対したこと、遠距離の相手に対策が少ないことなど、学ぶことは多かったです」


 戦うまでの僕は、はっきり言ってレイナ嬢の事を舐めていた。“武人たるもの女性は大切にするべき”。そう心がけていたが、心のどこかで、目の前のか弱く見えて実は強い心を持った女性を軽んじていた。


「……ならばよし! お前は剣ばかりにかまけて少々視野が狭くなっていた。多くの事を知るのだ! それでお前の道は開ける!」

「……はい、父上!」


 父上の言う通り、僕は剣の鍛錬ばかりで様々な見識に触れることをしなかったようだ。

 自分の武の才能と努力も、広い視野を持たねば腐れるだけか。


「貴公の言う通り、器量良しのご令嬢だな。それに度胸も才能もある。して……」

「して?」


 それにしても父上は上機嫌にレイナ嬢の事を褒めている。よほど気に入ったのだろうな。


「どうだ? これを機会に我が息子パトリックと婚約しては?」


 ……今日の敵は明日の嫁ですか?



 ☆☆☆☆☆



 決闘の日から数日。

 結局婚姻云々は、レンドーン公が猛反対したことによって立ち消えとなった。


 だが父上はレイナ嬢の事を相当気に入られたようで、いつでも嫁に来いと言っていた。

 帰宅後父上からも、「パトリックはあの娘子のことをどう思う?」と聞かれた。


 ――どう思う、か。


 彼女は才能がある。度胸もある。気品や知恵もある。きっと将来は知勇と美貌を兼ね備えた女性になるだろう。今の自分の気持ちを表すなら、好き……かもしれない。


 まだわからない。それを判別するには僕は剣の事しか知らなさすぎる。


「いっそ今までと正反対に遊び回ってみるか?」


 そう思わず口に出るほど、今の僕の視界は開けている。きっと僕の前には多くの道があるのだろう。


 そう言えば面白い話を聞いた。今回の決闘の件を、両家の当主が言いふらして回っていると言うのだ。おかげでレイナ嬢には“紅蓮の公爵令嬢”の異名がつくほどに王都中で話題らしい。


 決めた。とりあえずこのネタでレイナ嬢をからかいに行こう。

 あの勝負で見た芯の強い彼女の新たな一面を見るために。そして僕が新しい道を歩んでいくために。

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