第16話 貴族令嬢誘拐事件

「クラリス、今度はアレが食べたいわ!」

「肉の串焼きですか? 却下ですレイナお嬢様」

「えー!」

「駄々こねないでください。いついかなる時も公爵令嬢の振舞いを、です」


 あれからも私とクラリスチェックの死闘は続いていた。

 突破口を開くべく突撃を敢行する我がジャンクフード軍。対する鉄壁のクラリスチェックは、「却下ですお嬢様」の一言で死屍累々ししるいるいの戦果をあげていた。


「もう、クラリスったらそんなに厳しいとお嫁さんの行き先がなくなるわよ」

「あらそうですか。でしたらお嬢様に貰ってもらいましょうか」


 クッ……、軽くあしらわれてしまった。まさか前世のお母さんから受け継いだ私の必殺技が通用しないとは!


 ……どうして? 親戚の叔母さんのこの手の話は、前世の私にあれほどクリティカルヒットをだったというのに。


 しかも道行く男たちのクラリスを見る表情を見る限り、その心配がなさそうなのがよけいに腹立つ。というか私の側付きメイドよ、男共は勝手にジロジロ見るな!


 ――かくなる上は!


「あの、クラリス……」

「今度は何ですか、お嬢様」

「食べすぎちゃったみたいで、その……、おトイレに……」

「はあ、だから言ったでしょう。急いで別邸に行きましょうか」


 そう言ってため息を吐くクラリス。


 ――ウヒヒ、計算通り!


「そこの食堂のお手洗いで構わないわ」

「でもお嬢様、そのような場所では――」

「も、もう危ないから行くわね!」

「仕方ありませんね。警備の者達はその食堂の入り口を固めなさい。不審な者の入店を抑えるように」


 私は慌てたようにお店のトイレに駆け込むと、ひっそりと外を見る。


 護衛は全員男性だったわ。そして唯一女性のクラリスは狭い食堂のトイレにはついてこないで、外から全体の指揮を執るだろうという私の予想は的中した。


 私はひっそりとトイレから出ると、テーブルなどの影を利用して巧みに店の奥へと移動した。今の私は十歳の少女よ。この小柄な身体ならイスやテーブルで十分に隠せるわ。


 そして私の中身は世間知らずな十歳の公爵令嬢ではなくて、10+2X才のレディだ。こういう飲食店の裏手には、食材等を搬入する裏口があるのを知っている。


「悪いわねクラリス。まあお祭りを堪能したらちゃんと戻るから、安心して待っていてね~」


 お店の裏口か出た先は、私の想像する通り薄暗い路地だった。護衛の者達はここまで警戒できていなかったみたいね。


「あの人込みだしそうそう見つけられないわね。ウヒヒ、私の作戦完璧! ……あの人たちは?」


 路地裏を突っ切って行く私の目に、大柄な二人の男が映った。お祭りの日にこんな路地裏にいるとは怪しい人たちね。


 まさか私の追手!? 引き返そうかしら……? いえ格好は違うみたいだし、関係ない街の人?


「――うわっ!」


 前方の男たちに気を取られていた私は、背後から接近するもう一人に気が付かなかった。

 男から何らかの薬品をかがされた私の意識は、急速にブラックアウトしていった――。



 ☆☆☆☆☆



「――起きろよ」


 ……何、もう朝なの? ……あと五分……。クラリスはいつも余裕持って起こすの知っているのよ。あと五分は眠れるわ。というか何かゴトゴトうるさいわね。


「いいかげん起きろってば!」

「うわあ!? クラリス、頬をつねるのはやめなさいよ!」

「私はクラリスじゃないし、あんたが起きないのが悪いんだろうが」

「……あれ? クラリスじゃない?」


 私の目の前にいるのはクラリスじゃない。私と同じくらいの年の可愛い女の子だ。着ている服や言葉遣いからして街の子かしら。


「……というかここはどこ? あなたは誰? 私は……レイナですわ」

「自己紹介ありがとさんレイナ。ここは人さらい共の馬車の中、そして私はカルナだ」

「よろしくねカルナ……って人さらい!?」


 カルナに言われて周りを確かめてみると、私よりも小さい年齢一桁代の子たちが、後ろ手で縛られて転がっている。私と同じように薬品をかがされたからか、ぐったりとしている。


 私、誘拐されたの!? ごめんなさいクラリス、あなたの言う事を聞かない私が馬鹿だったわ……。



「おいレイナ、その服装から見るにあんた貴族だろ? ……というかレイナって名でその髪型の貴族って、あんたレイナ・レンドーンか?」

「あら、私の名をご存じですのね。そうよ、私がレイナ・レンドーンです」

「ひゅー、本当に当たりかよ。噂のレイナなら魔法使えるんだろ? あんたの魔法で拘束を解くなり、人さらい共をぶちのめすなりやってくれよ」


 ――そうか魔法!


 でもコントロールの効かない私の魔法をここで放つわけにはいかないわ。後ろ手に縛られたままもし《火球》でも放とうものならば、私も含めてみんなお陀仏だ。


「ごめんなさい。私の魔法ではこの状況は……」

「あんたもダメか。私も少しは使えるんだが、この状況じゃ役に立ちそうにねえ」

「この馬車はどこへと向かっているかわかる?」

「さあ? たぶん連中のアジトの一つだろうが、そこで男は売られちまうのかな。安い女は……まあ貴族のあんたは身代金みのしろきん目的で酷いことはされないだろ」


 発展途上国の人身売買市場においては、女よりも労働力となる男の方が高価らしい。前世の本で見た知識だ。まさか体験するとは思わなかったわ……。


「どうにかして逃げなきゃ。――そうだわ! 私を探している方たちが見つけてくれるんじゃないかしら?」

「さっきからこの馬車は悪路や斜面を走っている。たぶん山に逃げ込んでんだ。後追いで追っかけても場所が分からないと無理だよ」


 何か、何かないの? 私の居場所をクラリスに伝える方法……!


 あーもう! あのおとぼけ女神はこういう窮地を切り抜けるためのチートを授けときなさいよ。この状況、私の望んでいたスローライフにかすりもしないじゃない!? 楽しかったはずのお祭りがまさかこんなことになるなんて!


「そんなに深刻な顔をするなって。周りのチビ達も不安がるからな。なあ、あんたがさらわれたのはいつ頃だ?」

「えっと……、お昼くらいだけど」

「そうか。もう暗くなってきているし、結構時間が経ってるだろうな。公爵令嬢が行方知れずとなりゃあ大勢捜索隊が出てるだろ。案外見つけてくれるかもな」


 カルナはきっとみんなを励ますために言ってくれているのでしょうね。粗野な物言いだけれど、優しい子だわ。私もしっかりして、どうにかみんなを逃がさないと。


 ――ゴトンッ!


 その時、私たちを乗せた馬車が音を立てて止まった。どうやら目的地についたようね。


「おい、順番に降りろ。騒ぐんじゃねえぞ」


 ほろをめくって髭面の男が野太い声でそう伝える。いかにも人さらいって感じね。私たちは順番に馬車を降ろされ並ばされる。


「お前、貴族の娘だな。名前はなんだ」

「……レンドーン。レイナ・レンドーンよ」

「レンドーン!? こいつは運がいいぜ。王国の金庫番の娘となりゃあたんまり身代金をいただけるってもんだ」


 男たちはそう言ってゲラゲラと下品に笑う。私たちを連れてきたのが三人、ここで合流したのが七人。しめて十人か。隙を伺うには多いわね。


「おい、そっちのガキどもを連れて行け。こいつは別枠だ」


 もう夜空には星が輝いている。クラリス達が私を見つけるのは難しいと思う。ああ、せっかくの楽しいお祭りだったのに。もう何度後悔したか分からないわ。


 ん? 待って、お祭り?


「そうよ! カルナ、ちょっとの間だけ私を支えて!」


 私は言うか早いか走り出していた。これは賭けよ! 男たちの制止する「止まれ!」「動くな!」という声が聞こえる。


「レイナ、解決策が思い浮かんだんだな!? 任せろ!」


 カルナの威勢のいい返事を聞いた私は、彼女の近くに行くと地面に頭突きするような体勢で逆立ちをする。カルナの身体にお腹側を預けているけれど、この体勢は首が痛い。まるで曲芸ね。


「ようし、《火球》!」


 無茶な体勢で放った私の魔法は、男たちを捉えることなく上空で炸裂した。たーまやー。


「なんだあ、ビビらせやがって。というかお前魔法が使えるのか。いたずらできないように少し痛めつけてやろうか」


 髭面の男は腕をバキボキ鳴らしながら、そう言って脅迫してくる。私は起き上がりながらその男を睨みつけてやる。子どもって言ったって悪役令嬢顔よ、迫力では負けないわ!


「あんた達を狙ったわけじゃないわ」

「……何?」

「私がここにいるってサインを打ち上げたのよ!」


 そう、上空に打ち上げたのは私の狙い通り。ここで誘拐犯達に放ったらみんなを巻き込んじゃうからね。あの《火球》を見たら私がここにいるって気づくはずだわ。


「ふふふ、残念だがここは山奥だ。お前の狙い通りにはならんよ」


 地を行く人や騎兵は確かに山の陰になって見つけられないかもしれない。


 ――でも、それ以外なら?


「残念なのはあんた達みたいね! 来たわ!」

「何!?」


 夜空を突っ切って一直線にこちらへと向かってくる巨大なシルエット。人型ではあるが人ではない。このマギキンの世界に紛れ込んだ不純物。


 そう、風魔法で飛行していた魔導機だ。公爵令嬢という要人の娘を探すのに全てを投入していると仮定しての読みだったけれど、当たって良かったわ。


「レイナお嬢様、ご無事ですか?」

「クラリス!」


 魔導機に同乗していたのであろうクラリスがパッと飛び降りて、駆け寄ってくる。


「本当に……、本当に心配しました」

「……ごめんなさい」


 ああクラリス、本当にごめんなさい。私が馬鹿な行動をしたばっかりに。


「クソッ! こんな馬鹿な話があるかよ。ずらかるぞ!」

「逃がすかよ! 食らえ《雷撃らいげき》!」


 魔導機の操縦者が呪文を唱えると、逃げようとした誘拐犯の男達に向かって、魔導機が手に持つライフルのような形状の杖からビームのような雷撃がほとばしる。


 その雷撃によって感電した男達は全員気絶したようだ。


「誘拐犯共を全員捕らえろ、アジトも近くにあるはずだ!」


 遅れてやってきた騎馬隊の隊長が指示を出す。うんうん。こんなやつら皆捕まえてもらわないと。


「子どもたちの安全を確認しろ!レンドーン公爵令嬢とミドルトン男爵令嬢は無事か!?」


 うんうん。被害者の安全確認は大事よね。変な薬をかがされたし、後遺症とか残ってないといいけれど……。ところで、レンドーン公爵令嬢は私だ。じゃあミドルトン男爵令嬢って誰……?

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