第15話 嵐を呼ぶお嬢様

「――ということがあったのよ!」


 波乱の西部諸侯会議から帰ってきて数日後、私は友人達相手に土産話を語っていた。

 内容は当然、私とライナスとの友情の話だ。


「さすがですレイナ様。ライナス様もレイナ様の素晴らしさに心をうたれたのでしょう。あっ、このクッキー美味しいです」


 そう言って私を称えるエイミーの目は潤んでいる。もしかしてこの子、順調に取り巻き路線歩んでない?


「まあお前は破天荒はてんこうだからな。今度は魔法で吹き飛ばすって流れにならなくてよかったな。ああ、このスコーンも美味いな」


 生意気にもそう語るのはルークだ。

 私が他人様のお庭を吹き飛ばしたのはキャニング子爵邸だけでしてよ? そのイメージは訂正してほしいわね。


 部屋ごもりを終えたルークは、こうやってちょくちょく遊びに来ている。料理の腕も魔法の腕も上がったみたいだ。


「……そんな、またライバルが……」


 私の土産話を聞いて何故か落ち込むディラン。

 いつも完璧で笑顔の王子様でも落ち込むことはあるのね。ライナスの絵の才能に対してかしら?


「おいディラン。食わねえならもらうぞ」

「あげませんよルーク! これは僕のです!」

「取り合わなくてもお菓子は沢山ありますわ」


 ウヒヒ、私の焼いたお菓子を美少年が取り合う。眼福、眼福。まあ彼等が将来的に私をビームで消し飛ばす危険がなければもっと素直に喜べるんだけどね……。



 ☆☆☆☆☆



 そして翌日。レンドーン家の裏庭の一画。


「レイナ様、お久しゅうございますな」

「はい、お久しぶりですマッドン先生」


 今日は久しぶりの魔法実技だ。

 実技ならまたお庭にクレーターを作るんじゃないかって? 心配ご無用!


 人にはそれぞれ得意な属性の魔力が存在する。例えばルークなら水属性のとりわけ氷の魔法が得意だ。

 つまり逆に言えば、得意じゃない属性は威力が控えめってことね。


「この爺の見立てによればお嬢様の得意属性は“火”。低級魔法の《火球》あれほどの威力が出せたのが、何よりの証左です。今日は“かぜ”の魔法を試してみましょう」

「はい、先生!」


 風属性の魔法! 熱い夏場にクーラー変わりになったりするかしら? まあ少なくとも火属性みたいな破壊力はないかな。


「まずは私が実践しましょう。この魔法は中級です、ご注意なされよ」


 そう言ってマッドン先生は杖を構える。ちなみに魔法の発動自体に杖は必ずしも必要ではないわ。


「風の神よ! 《風よ吹きすさべ》!」


 すごい! 先生が呪文を唱えるとともに、暴風の塊のような物が凄い勢いで飛んでいき、直撃した標的の丸太がズタズタに裂かれた。見慣れないものが発生して飛んでいくあたり、《火球》よりもすごく魔法的に感じるわ。


「素晴らしいですわ先生!」

「ではやってみましょうか。……ご心配なく、今度はあのような事故はおきないでしょう」


 う~ん、フラグかな? まあさっきの見た感じクレーターの心配はないでしょう。

 クラリスから指示を受けた男性使用人が標的の丸太を入れ替える。準備完了だ。


「それでは。風の神よ! 《かぜきすさべ》!」


 うん。やっぱりフラグだったみたいね。

 私は唱えた瞬間、脳裏に前世で見たカリブ海の国を襲ったハリケーンのニュース映像が思い浮かんだ局地的なハリケーン、レイナが裏庭に発生。私が唱えた《風よ吹きすさべ》の魔法はそんな感じだった――。


 どこかへ飛んで行った標的、ズタズタに抉られた大地。そして勢い余って一部吹き飛んだ裏の林。


「な……なんだ、このおかしな威力の風魔法は……」


 あら、先生ったら今回もすごい驚きようですこと。

 大丈夫。このレイナ仰りたいことはわかっていますわ。


 はいはい。私の魔法の威力がおかしいって、強すぎって意味ですわよね?

 拝啓お気楽女神様、お庭の修繕費はそちらの経費で落ちませんか?

 敬具。



 ☆☆☆☆☆



「うん。それにしてもクラリスや皆が無事で良かったわ」


 例によって、あの後すっ飛んできたお母様により魔法の講義は中止。こうやってお部屋で静かに過ごしているわけだ。哀れ裏庭、あなたのことは忘れないわ……。


「ええ全くですねレイナお嬢様」

「あれ、クラリス。少しお怒り?」

「いえ、……それにしても道理を外れた威力だと思いまして」


 うん、そうよね。私もそう思う。やっぱりこの才能はバトル漫画向きね。乙女ゲーの火力じゃないわ。幸か不幸かマギキンにこの力が役に立つ展開はない……はず。


「お嬢様、ご自分の力にお悩みですか?」


 私の沈黙を悩んでいると判断してか、クラリスが気遣うように声をかけてきた。美人のクラリスに覗き込まれるようにジッと見られると、女の私でも思わずドキッとしてしまう。


「まあ、少しね……」


 少し。ほんの少しだ。本気で「この力に振り回されて悩んじゃう~」みたいなムーブ決めていたら、行きつく先はバトル漫画そのものよ。


 私が目指すのはスローライフ。そしてこの世界は、例え魔導機という不純物があっても神乙女ゲーム、マギカ☆キングダムの世界だ。強力な魔法なんて基本封印で。封印。


「でしたらお嬢様、気晴らしにお祭りにでも出かけませんか?」


 ――え、お祭り? お祭りってあのお祭り?


「お祭り! 行きたいわクラリス。いつ、どこであるの?」

「明後日に王都にてでございます。気晴らしに庶民のお祭りを楽しむのもいいだろう、と旦那様が仰っていました」

「絶対行きたいわ! クラリス、そのように手配して」

「かしこまりましたお嬢様」


 珍しくクラリスが提案したと思ったけれど、お父様の差し金か。グッジョブお父様。きっと最高の気分転換になるわ。ヨーヨー釣りや金魚すくいは……ないかなあ。りんご飴くらいはあるかしら?



 ☆☆☆☆☆



 いよいよ待ちに待ったお祭りの日!

 ……といっても、一昨日聞いたばかりだから二日しか待っていないんだけれどね。


 そういえば、前世の記憶が戻ってから初めての王都ね。今までも王宮や王都のレンドーン家別邸、他家の屋敷にしか立ち寄ったことはないから、こうやって往来おうらいを徒歩で移動するのは初めてだ。


「レイナ様、くれぐれも私や護衛の者から離れないように」

「はいはーい」


 前世なら気楽に歩けたお祭りだけど、今の私は公爵令嬢。国家要人の愛娘まなむすめというVIPだ。当然護衛がつくし、言うほど自由に動き回れない。


「それにしても活気があるわね。お祭りだからかしら?」

「それもありますが、国王陛下が善政を敷いているおかげでしょう。もちろん王国の金庫番である旦那様の功績でもあります」


 なるほどね。この前の会議でも思ったけれど、お貴族様も大変よね。地位ある者の責任だとかで、ただ贅沢して暮らしていけるってものでもないのよね。


「なんでも今日は魔導機も来ているそうですよ。ほら、あちらに人が集まっています。風魔法を利用した飛行実演だとかなんとか」


 それはエイミーが好きそうなイベントね。というか見に来たりしているのかしら?

 この世界にメールや電話は当然存在しない。それどころかそれらに代わる魔法も存在しないので、通信インフラは前世の歴史上のそれと一緒だ。


 お友達と気楽に連絡取れないのは不便なのよね。本当だったら今日もエイミーと回れたら良かったのに。


「あっ、クラリス。私アレを食べてみたいわ」

「フルーツの串に飴ですか……。立ち食いは公爵令嬢として不作法ですよ?」

「えー、お祭りだし良いじゃないの。どこかに座って食べるから」

「仕方ないですね。買ってまいりますから護衛とお待ちください」


 ウヒヒ、異世界りんご飴みたいなのゲット!

 それにしてもクラリスのチェック受けないといけないのは面倒ね……。


 周りを見渡せば、美味しそうな物や気になる物はいくらでもある。でもきっとクラリスチェックを全て通過するのは不可能だわ。私はもっとジャンクな物を食したいのに、これこそ魔法なんかより持つ者の悩みよ。


 ――ん? 賢い私はペカーンと閃いた。……どうにかしてクラリスを出し抜ければ?

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