第13話 あなたを描く
七日目。会議は最終日。
私がモデルを務めるのは午前中まであり午後は仕上げに集中したいと言われたので、私は
正面に見える本館では、お父様達が
「ねえクラリス、一週間って長いものね。きっとお母様は私に会いたがっているわ」
「奥様だけではなく屋敷の者皆がお嬢様と会いたがっているでしょう。もちろんディラン殿下もです」
「そういえばディラン殿下とこんなにお会いしないのって珍しいわね。ようし、帰ったら
「それは殿下も大変喜ばれるかと」
うんうん、ディラン殿下は私のお菓子が大好きだものね。きっと食べるのを待ち焦がれているわ!
土産話の内容は――、
「土産話の内容はライナスの事で決まりね! 不幸な出会いからどれだけ仲良くなったかを、ドラマティックに語ってあげるわ」
「それは……、お嬢様がよろしいのならそれでよろしいかと」
「? そろそろいったんお部屋に戻って、ドレスアップをしましょう。最終日の
「かしこまりました。西部の雄レンドーンここにあり、と見てもらわねばなりませんからね」
☆☆☆☆☆
部屋に戻った私は、クラリスに手伝ってもらって自慢のパーティー衣装にドレスアップを終え、会議から帰って来られたお父様と合流した。
「会議お疲れ様でしたお父様」
「ああ、レイナはその後ライナス殿とはどうだったかい?」
「もうすっかり仲良しですわ。今晩はその成果をご覧にいれられるかと思います」
「一時はどうなるかと思ったが安心したよ。楽しみにしておこう」
その後叔父様とも合流し、私たちは晩餐会の会場に到着した。
過去数日とは違い、すごい人だかりだ。
グッドウィン王国西部に采地を持つ貴族は、大小含めればこんなにいるのね。確かにこの数の領地の利害関係を調整するには一苦労どころじゃない。
スローライフを望んでいたのにどうして大変なお貴族様に転生を……、ってあのお気楽自称女神のせいだったわね。どうにかして文句を言えないものかしら?
「レンドーン閣下、お疲れ様でございます。ご令嬢も今日は一段と美しく」
お世辞はともかく、今日の私は気合の入ったクラリスによって当社比1.5倍の縦ロールだ。このドリルに貫けないものはないわよ。
それにしてもお父様は凄い。すり寄ってくる貴族たちを
「お集りの皆さま――」
いつの間にか会場前方にいたラステラ伯爵が挨拶を始めた。
「――長き会議、ご苦労様でした。
ラステラ伯爵が挨拶を終えると、盛大な拍手が巻き起こる。
当番制らしいけれど、この会議のホストは大変よね。
そう言えばラステラ伯爵は美術品を飾っていると仰っていらしたわね。
ぴょこぴょこと背伸びをして会場内を見れば、確かに数日前ライナスに見せてもらったギャラリーで見せてもらった品々が会場の隅々に展示されていた。
「これは見事な。大陸の
「あいや、この風景画が影響を受けているのは――」
教養ある貴族達が、口々にそれらの美術品を批評する。こういった教養の披露も含めて貴族の戦いなのだ。
それにしても、図らずもライナスの作品お披露目にはうってつけの舞台が整ったわ。後はそのライナスを待つだけだけど、まだその姿は見当たらない。
☆☆☆☆☆
(ライナスはまだ来ないの……?)
宴は進む、されどライナスの姿はいっこうに現れない。
一体何をしているのかしら。絵の完成が予想よりも遅れているの? それとも土壇場になって緊張した?
「そういえばラステラ卿のご嫡男のお姿が見えませぬな」
「ライナス殿はレンドーンの娘に
「はははっ、なるほど」
ホストであるラステラ伯爵家の嫡子不在に集まった貴族は気づき始めたようだ。
何が“なるほど”だ、ばかばかしい。どうしよう、私が迎えに行こうかしら――、
――バタン。
と、私が思ったその時、大広間の扉が開け放たれた。
「遅くなって申し訳ありません」
入ってきたのは、待ち望んだライナスだ。つい数日までオドオドしていた人物とは思えないほどハキハキとした言葉と強い眼差しだ。両手で布に覆われた絵を持っている。
「ライナス殿がやっと参られたか。でも手に持つあれはなんだ?」
「主催家の者であるならば、早く来て挨拶をするのが筋であろうに」
すでに酔いが回っている貴族達の好奇心と
「レイナ、あれが君の言っていた“成果”かい?」
「ええ、おそらく……」
会場の人込みをモーゼのように割って歩くライナスは、やがて最奥のラステラ伯爵の元へと到達した。
「ライナス、随分と遅かったようだが何か弁明はあるかい?」
「はい父上。皆さまに酒肴をと思い、これを完成させていました」
「では、それを皆さまに見せてくれるかな?」
「わかりました。ライナスの成果をご覧ください」
ライナスはラステラ伯爵と会話を交わした後、一度私の方に真剣な
そして台の上に持ってきた絵を立てかけると話し始めた。
「ご挨拶遅くなりまして申し訳ありません。ラステラ公爵家嫡子、ライナスでございます。今宵私は、皆さまにお見せしようと一枚の絵を描きました」
私も含めて、貴族達はライナスの話を静かに聞いている。
ナイフやグラスを動かす音一つ聞こえはしない。
「私が初めて描いた絵です。
そこまで喋り終えると、ライナスは絵を覆っていた布をはらりと取り払った。
――おお。
現れたのは、美しい少女の絵だ。いや、というか私なのだけど。
絵の中の少女は花のように可憐で、それでいて力強さを感じる。月の光のような優しさを感じれば、太陽のような明るさも感じる。そんな感じの絵だ。
ウヒヒ、まるで私じゃないみたい。でも不思議とあの絵には魅力を感じる。
「ねえお父様、どうですかライナスの絵は。ちょっと良く描き過ぎじゃないかしら?」
そう問いかけた先のお父様は、グラスを落としカランと音をたてた。
その音が呼び水となったように静寂が破られ、皆口々に絵とライナスを称賛し始めた。
「素晴らしい……! 素晴らしい才能だ!」
「気高さと気品があふれている。あれはレンドーン家の令嬢を描いているのか?」
晩餐会の会場は、
☆☆☆☆☆
「それじゃあレイナ元気でね、また会おう」
「はいレオナルド叔父様、いろいろありがとうございました。ごきげんよう」
翌朝、貴族達は皆それぞれの所領に帰るため別れの挨拶などをしていた。
「レイナ!」
「ライナス! どう? もう自分に自信はついた?」
「うん。レイナに薦めてもらって絵を描いたおかげで、自分を変える事ができたと思うよ」
「ウヒヒ。私のおかげ……、というよりライナスの頑張りが大きいわね」
私の
これから徐々にライナスの望む貴族らしい堂々とした男に成っていくだろう。
「レイナ……」
「何、ライナス?」
今度の「レイナ」は
「レイナ、お前はオレの物だってことを忘れるなよ!」
そう真面目な顔で喋るライナスに、私は思わずドキッとしてしまう。
だけど言ったライナス当人は、言い終わる前に顔をみるみる赤く染めていく。
「ウヒヒ、ライナスったら私を驚かせようとして言ったけれど、自分が恥ずかしくなったのね!」
子供らしい可愛いいたずらだ。無理して言って自分が赤くなるところもまた可愛いわね、ウヒヒ。
「それじゃあね、ライナス。今度はレンドーン領に遊びにいらっしゃい。お菓子を作っておもてなしするわ」
「必ず行くよレイナ! 近いうちに、必ず!」
名残を惜しんで見えなくなるまで馬車の中から手を振って、そうして私とライナスの一週間は幕を閉じた。
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