第12話 お嬢様は壁ドンには弱い

「お前はオレ以外の男見るの禁止な……、どうにも傲慢ごうまんすぎませ――すぎないか?」

「大丈夫です! ライナス様は美形ですし、時にはそれくらい強気で出ることも重要です」


 朝から行っているライナス様への指導は、途中昼食をはさんだ後も続いていた。元が優秀だからなのか、私の教える事をスポンジのように吸収していくライナス様。でも少し疲労の色が見えるようね。


「ライナス様、気分転換に屋敷の中を散歩しませんか?」

「わかりました。でしたらボク――オレがご案内しま――案内してやる」

「ありがとうございますライナス様。それではエスコートよろしくお願いいたしますね」

「はい! ……あ、オレに任せておけ」


 うーん。良い子だから私はこのままでもいいと思うけれど。

 でもそれだと初日の暴挙を正当化できないというジレンマ……。



 ☆☆☆☆☆



 ラステラ伯爵邸、初日も思ったけれど本当に調度品にセンスがあるわね。私はライナス様の説明を聞きながら、そう感心していた。


「それでレイナ様――レイナ、こっちが当家自慢のギャラリーだ。お前だけに見せてやるから感謝しろよ?」

「はい、ライナス様」


 うんうん。少しチグハグな感じもするけれど、アドリブも入れられるようになったじゃない。


 それにしてもギャラリー? ということは絵なんかがある?


「うわあ! これは立派なギャラリーですね!」


 貴族は美術品などを集めて自邸にギャラリーを作る。その目的は道楽であったり、教養の誇示であったりと様々だ。


 ラステラ家のギャラリーは私が過去に見たそれらの中でもかなりの大きさを誇っていた。


 集められた品を見ればわかるわ。これらの品は闇雲に集められた物ではなく、当主が自らの確かな目利きによって集めた物だ。


「レイナ様、ここはボクのお気に入りの部屋なんですよ」


 目をキラッキラさせてそう語るライナス様は素の口調だ。それを咎める野暮さを私は持ち合わせてはいない。


「ライナス様は本当に絵がお好きなんですね」

「わかりますか?」

「ええ。そのお顔を見れば誰だってわかりますわ」


 だからこそ気になる。マギキンのライナス様は絵画を見て楽しむと同時に、自らも描いていたはずよ。


「ところでライナス様は絵をえがかれないのですか?」

「え!? その、描こうと思ったことはあるんですが……」


 ――ここか。


 ここがマギキン本編とのズレを生んでいるのね。


「描こうと思った? 何か書かれない理由があるのですか?」

「……理由というほどではないのですが、我がラステラ領近くの王領にあったひまわり畑を描こうとは思ったことはあったんですが……」

「あった? そのひまわり畑今はないのですか?」

「ええ。今年から魔導機の演習場になってしまいまして……」


 ――魔導機!


 またあれが原因ね。エイミーには悪いけどやっぱりこの世界の異物だわ。

 絵を描く。これがライナス様の人格形成のキーになっている気がする。


「ねえライナス様、絵を描いてみてくれませんか?」

「絵を……、ですか? それはレイナ様の指導に関係あるのですか?」

「はい。そうですね……最終日、七日目の夜に皆さまに披露できるように頑張りましょうか」


 七日目の夜。会議の全日程を終了しての晩餐会ばんさんかいは、ひときわ盛大に行われる。


 その晩餐会の場でライナス様の絵をお披露目し、多くの称賛を得る。そうすることでライナス様に自信をつけていただき、本人が望む強気の性格への第一歩としていただくのだ。ウヒヒ、完璧な作戦ね。


「明後日ですか!? それは難しいのではないでしょうか……」

「簡単なデッサンでもよろしいのです。大丈夫、ライナス様ならできます」

「レイナ様がそう仰るのなら……。でも題材は何にしましょう?」


 題材ね……。描いてくれれば何でもいいと思うけれど、ひまわり畑に代わるような強い動機づけが必要になるのかしら? そうだったらライナス様ご自身が描きたいと思う題材でなければダメよね。


「そうだ、レイナ様を描くというのはどうでしょう?」

「私をですか!?」

「はい、レイナ様を描いてみたいと思ったのです。ダメですか?」


 ……私?

 ――私!?


 私に絵の題材は荷が重いでしょう! でも描いてもらえればライナス様との和解を演出できるかしら? うーん……。


「レイナ!」


 え、壁ドン!?


「オレが描いてやるんだから感謝して受け入れろ。お前に拒否権はない」

「ひゃ、ひゃい!」


 こ、これがライナス・ラステラ様の本気……!

 こうして私は絵のモデルとなった。……完璧な作戦、早くも破綻したんじゃ?



 ☆☆☆☆☆



「出来上がりはどういった感じになるのでしょうか?」

「動かないで」

「は、はい!」


 絵を描くというのは私が提案したことだが、モデルというのはどうにも辛い。いつも微動だにしないクラリスが偉大に感じる。そんなクラリスは、今も変わらず部屋の隅に直立不動だ。


「す、少し小腹がすきませんか?」

「動かないで。休憩時間は後にちゃんととっています」

「は、はい……」



 ☆☆☆☆☆



「レイナ様、今日は終わりにしましょうか」


 日が沈むころ、今日の作業の終わりを告げるライナス様の言葉がかかる。

 カチコチに固まった身体が痛い。すっかり主導権を握られている気がするわね……。


「今日の晩餐会はレイナ様も出ら――お前も出るんだろう?」


 そうだ、謹慎が解けたということは晩餐会にも出られる!


「ええ、出席いたしますわ。ではライナス様、夕食の席で」

「はい――ああ。では夕食の席で」



 ☆☆☆☆☆



 会議も四日目となれば、晩餐会には出ずに自室で食事をとる出席者も多くなる。

 となると、晩餐会に出るものの多くは有力者に少しでも顔を売っておきたい者達になってくる。


「これはレイナ・レンドーン様、この度はご災難でしたなあ」

「私の短慮たんりょと不幸な行き違いです」

「ラステラに対するご用命あればいつでもお呼びだてください」

「問題は解決しました。口賢くちさかしい噂話は無用にお願いします」


 レンドーン家は参加貴族の中でとびきりの有力者だ。お父様と叔父上がお部屋で夕食をとっている今晩は自然と私に人が寄ってくる。


 レンドーンにすり寄る派閥貴族がいるなら当然その反対もいるわけで、


「あれが件の問題児か……」

「ラステラ家もレンドーンの犬になったか」


 聞こえているのか聞かせているのか。まあ前世のパワハラ禿上司に比べればお優しいものね。心地よい小鳥のさえずりのようにさえ感じるわ!


 ――そう言えば食事の前にするべきことがあるわね。


「クラリス、ラステラ卿にご挨拶に行きます。ついてきなさい」


 私の呼びかけに、クラリスは静かに頭を下げて頷きついてくる。

 初日から自室で謹慎していた私は、ラステラ伯爵に謝罪も挨拶もしていない。謹慎の解けた今、するべきでしょう。


 伯爵は、ライナス様と一緒に居られた。四日目ということもあってか、周囲には他に挨拶に訪れている人物はいない。


「初めましてラステラ伯爵様。レンドーン公爵家長女レイナです。この度はご子息への愚挙、誠に申し訳ございませんでした」

「ああ、初めまして。その件についてはライナス本人から解決したと聞いています。あなたの父上や叔父上からも十分謝罪を受けました。もうお気になさらないでください」


 そう言って鷹揚に頷いたラステラ伯爵は、お父様より少し若く知的な風貌の紳士だ。


「寛大なお言葉感謝いたします。……口賢しき者達がしきりに噂をしておりますが、その件についてもお気を悪くしないでいただくと助かりますわ」

「心得ていますよレイナ嬢。ライナスも今日は楽しく過ごせたようだし、今後も友人として仲良くしていただくと私としても嬉しいですね」

「――はい! それはもちろん喜んで!」


 こちらとしても願ったり叶ったりだ。何せライナス様は私の運命を握っている人物の一人。仲良くさせて頂きますとも!


 その前に、明日もモデル役に耐え抜く為に栄養補給ね……。



 ☆☆☆☆☆



「まあ、今日もいいお天気ですわね」

「動かないで」

「は、はい!」


 五日目。ライナス様はすっかり絵を描くのに集中しておられる。そして私はすっかり物言えぬ石像の気分だ。


「どんな感じか見せてもらっても――」

「だめだ」

「どうしてですか?」

「それは最終日の完成を楽しみにしていろ」

「それもそうですわね」


 ほとんどが絵を描く時間、少しを私の言葉遣い指導。そんな感じで五日目は終えた。



 ☆☆☆☆☆



「ライナス様の絵、楽しみですわ」

「ボクは不安です。でもモデルのレイナに恥をかかせるわけにはいかないので、精一杯頑張ります」


 六日目。いよいよ明日で会議は終わりだ。


 ライナス様の言葉遣いは、丁寧なお坊ちゃま風半分、マギキン基準俺様系半分といった状況。まあ絵を書いて自信を持ってくれれば変わるでしょう。


「きっと素晴らしい物が仕上がると思いますよ。自信を持ってください」


 マギキンではライナス様の絵の腕は中々のものだった。この世界では初めて書くことになるけれど、良い物が出来上がるだろうと私には予感めいたものがあった。


「気休めでも嬉しいよ、レイナ」

「ふふっ。レイナって呼び捨てで呼んでくださるようになりましたね」

「ええっ! ご、ごめんなさい」

「謝らなくていいのです。仲良くなれたってことでしょう、ライナス」

「そうだね、レイナ」


 ウヒヒ。そう言って顔を朱に染めるライナスは可愛らしい。

 初日の妙な違和感はどこかへと消え去り、もはやこの丁寧語お坊ちゃまのライナスに私は親近感すら湧いていた。


 もうお友達になれたし、初日の私の暴挙の正当化も必要ないだろう。でも本人の望みは強い貴族なのよね……。

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